第3話 真夜中、誰かが-A

『何が目的なの。るいに手を出すつもり? ライカン』


 ――五年前。

 妖精保護条約の施行後、狼男のライカンとは幾度となく争った。あの日は、るいが建てた私設図書館『尾裂堂おさきどう文庫』の屋根で、ライカンの姿を見つけたのだ。


『世の中、ふざけてると思うだろう、リリウム』


 青白い毛をなびかせて、ライカンは嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべていた。二メートルほどの頑健な肉体は、再生能力を持ち、たいていの傷はすぐに治ってしまう。


『ふざけているのは、あなたよ』

『昔は、光の妖精は善いもので、ディザイアは悪者。それが、いまや逆だ』

『光の妖精を裏切って、ディザイアについたあなたが、何を言うの』

『そもそも、暴力を振るって正義だ愛だと、魔法少女なんてタチの悪いジョークさ』


 あの日も、満月の夜だった。

 五角形で五階建ての『尾裂堂文庫』。周囲を広葉樹に囲まれており、明かりと言えば月の光のみだった。風に揺れる葉音と、犬の遠吠えが時折響く。


『正義の味方は、正義か? 真面目に生きた人間は、報われるか? 罪を犯したら必ず裁かれる? 国は個人を守るのか? 俺たちは、のか?』


 言葉を無視して、は屋根瓦を蹴った。音にも近い速度で駆けた勢いそのままに、振り上げたの拳は、ライカンの直前で止まる。


「――さくらっ」


 ライカンが持つスマートフォンに、花の魔法少女、由乃の娘、さくらの映像が映っていた。電波塔の頂上に括りつけられており、気を失っているのか、ぐったりとしている。

 縄で結ばれており、風で不安定に揺れていた。


『選べばいい。俺の邪魔をするか……子供を死なせるか。どちらがお前の正義だ?』


 耳障りな笑い声をあげて飛びのくライカンに、が歯噛みした瞬間。


『行け、かの子。累の問題は、累が解決する』


 月明かりを、巨大な鉄の塊が塞いだ。

 まるで城のような威容を誇る、雷の魔法少女の疑似使い魔。空に浮かぶ、その巨体の肩から、物集女累が屋根へと飛び降りる。黄色いボディスーツの上に白衣を纏い、帯電しているせいか、その癖っ毛はふわふわと浮かんでいた。クマの濃い目をへ向けて、


『このまま、ここにいるのなら、累は、かの子も逮捕せざるを得ないぞ』


 そう言って、累はライカンに向き直る。


 電波塔へと急ぎながらも、私は二人の様子を観察し続けていた。


 累が両腕を伸ばすと、巨大な疑似使い魔がライカンへと襲い掛かる。瓦屋根が砕け、粉塵があたりへ舞う。片腕がちぎれたライカンは累へと跳びかかるが、電撃の餌食となった。


『何を血迷ったか知らないが、ここで累が終わらせる』

『があっ、あ、な、なあ、天才ちゃん。最後に教えてくれよ』

『……なに?』

沙摩経典儀さあまきょうてんぎ』ってなあ、なんなんだ』


 累の眼の色が変わり、電撃は威力を増す。辺りを稲光と粉塵が包み、爆発によって私の視界も届かなくなった。気になったが、は電波塔へ向かうことを優先した。


 それが五年前。それから、ライカンとは会っていない。


噂では、ライカンは妖精郷で捕らえられたとか、狂気に染まった、とか、裏社会では様々に言われていた。累との戦闘によるものなのかはわからない。いずれにしろ、真偽は。


――そして、現在。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る