第6話 藪の中
――月影の魔法少女こと、
『
背の曲がった老人は、
『この地下書庫は、立ち会いなしでの利用は禁止されているんだ』
『遅くまで、すみません。……あの、磯野さんは言語学には詳しいでしょうか』
『一通りね。この地下書庫の蔵書は、現在使われていない言語も多いから』
私設図書館『
南北朝時代に活躍した文観上人が著したという『
聖徳太子の口述筆記とされる『
沖縄最古の天文学書という『
いずれも時代の異なる古書だが、共通点がある。それは、サンスクリット語でも漢語でも琉球の言葉でもない、発音さえ困難と思える単語が随所にみられる点であった。
『……ああ、これは、コプト語だ』
抜粋した単語を由乃が見せると、磯野はそう言った。
『コプト語?』
『アラビア語よりも古い、古代エジプトの言語だよ。これらは、その構成に近い』
『でも、この三冊は、いずれも日本で著された本のはずです』
『恐らくだが』
地下書庫には、ほとんど照明がなく、閲覧室にだけランタンのような明かりがある。書籍の劣化を防ぐためであるが、磯野の表情さえ、確かには見えないほどの照度であった。
『これらの古書は、実際にはアラビア語よりも古い時代に著された書物の写本じゃないかな。翻訳不能な箇所はそのままにして、現代まで伝えられてきたのかもしれない』
千年以上前の本の、さらに元となった本がある、と磯野は言う。
『累ちゃんは、どうしてこれらの本を集めたのでしょう』
『共通点があるということは、そこにヒントがあるとは思うね』
『……ここにコプト語の書籍というのは、あるのでしょうか』
累は在学中、稀覯本を管理するために多くの本をデータ化していた。磯野は『現在、蔵書にはないが、データ上に残っているかもしれない』と話し、演算室へ案内した。
パソコンにはロックがかかっている。
累の誕生日……エラー。
由乃の誕生日……エラー。
なゆたの誕生日……エラー。
かの子の誕生日……エラー。
全員の誕生日を並べたら……解除。
ディスプレイに、パピルス紙によってつくられた巻物の画像が表示される。由乃には読むことが出来なかった。しかし、データベースには書名が表示されている。
『
ふいに、照明の明かりが消え、あたりに液体窒素が満ちはじめた――
「どうして来たの? 由乃」
飯縄病院を抜け出した私は、軽自動車の助手席に座っていた。スーツ姿の由乃は、前を向いたまま返事をする。
「かのちゃん、魔法少女が狙われているって、話しましたよね」
「話したわ。でも」
「誰が狙っていると、思いますか?」
「それは、ディザイアや他国の……」
由乃は首を横に振る。
「かのちゃんも、それが気になって、最初に会いに行ったんですよね」
「…………」
「光の魔法少女を殺せるとしたら、同じ魔法少女が不意を打つくらいです」
「そうとは限らない。殺す理由もないわ。それは、早計よ」
「先日、私が飯縄大学付属図書館の地下書庫に居た時、防災システムが作動しました」
地下書庫の防災システムは、20年前、累から聞いたことがある。火が出たら気密状態にして液体窒素を充満させるという、人命よりも本の保護が優先されたシステムだ。
「魔法で切り抜けましたが、あそこのシステムを管理しているのは累ちゃんです」
「そう……」
「累ちゃんが行ったのなら、何か理由があるはずです。確かめたいですし、もし」
「分かっているわ。もし、そうなら……私が背負うから」
車を山道付近で止めると、由乃は魔法少女に変身した。赤いドレスをまとった少女の姿は、20年前のままだ。私は由乃と視線を交わし、累の研究室を目指す。
糸神山の地下深くに広がる研究施設。通風孔から忍び込んだものの、そこは人の気配が感じられないほど、ひっそりとしていた。以前は、累をはじめ様々な研究者たちが行き来していたが、今は誰の姿も見かけない。
累の研究室は最も広く、深夜の地下鉄のホームのようであった。
「かのちゃん、これを見てください」
由乃は累のパソコンを起動し、ディスプレイを見せる。
「累ちゃんは多分、妖精郷との接触が、こちらの世界を歪めると考えていたと思うんです」
「歪める?」
「これまでの科学の前提を、魔法は壊します。新たな技術が発展していくはずです」
「それは、これまでの技術発展もそうではないの?」
「科学は、自然にあったものです。でも、魔法は……」
「なんにしても、累に会わなくてはならないわ。彼女の居場所はわかる?」
パソコンに、研究施設の建設計画が映し出される。それは、谷戸浦市から少し離れた離島で、ここよりも更に広い施設を建設する計画だった。
「きっと、この
轟音が研究室に響いた。足元が揺れる。
研究室中央の床が左右へと開いていき、その下から、鈍い音を立てながら巨体がせり出してくる。両目に当たる部分が光り、そのサーチライトが私と由乃を捉える。
雷の魔法少女による魔法機械『エクスマキナ』。
「由乃、避けて!」
エクスマキナの胸部が赤熱する。大気中の水分が蒸発し、唇が渇きを覚える。チャージは瞬く間に完了し、そこに居るだけで燃えそうなほど、周囲に膨大な熱量が膨れ上がる。
太陽のような輝きが、辺りを包んでいった。
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