第28話 克己

周りの音はもう聞こえなくなった。辺りを見渡すと真っ白な空間が続いている。冷たい風が吹いているようだ。しばらくして風が凪いでくると、目の前に人影が見えた。その奥にもなにか居るようだ。あれは……熊だ!体長は3mを優に超えている。明らかに普通のツキノワグマの大きさを逸脱したサイズだ。眼の前の人影は今にも倒れそうな傷を負いながら熊と対峙している。 見上げた小さいはずの背中は、大きく頑強な壁のようだった。


「ここで……僕が倒れるわけにはいかない…………。君を守れる自分に……生まれ変わって見せる……!」


目の前の人物はかつて命懸けで俺を助けてくれた。今度は俺が仲間を助ける番だ!








「目ぇ覚めたか!」


目を開けると知らない顔が2つ、俺の顔を覗き込んでいた。鎧の男性とローブの女性である。今回の救出対象の2人だろう。




周りを見ると今俺は通路の中にいるようだ。通路はすぐ行き止まりになっている。どうやら通路ではなく窪みだったらしい。




「あとは隙を見て3人にこっちに来てもらう必要があるけれど……難しそうなのよねぇ。」


魔道士の女性が怪訝けげんな顔で言った。女性の視線の先を見るとヘルベラ、ルーナエ、エコーがドラゴンの相手をしている。ドラゴンの攻撃はいまだ苛烈かれつであるが、反対に3人は体力を消耗している様子である。戦線を離脱して合流するのも難しいが、このまま戦っていてもジリ貧になり、いつかは攻撃を食らってしまう状況だ。




「転移のスクロールのことを知っているのか?」




「ああ、透明化した妖精が倒れたお前を俺達のところへ運んできたときにな。6人で合流して転移するんだろ?」


気を失った後、ルーナエが俺を運んでくれたようだ。呼吸時の胸の痛みも消えていることからウジャトで治療してくれたのだろう。羽も修復されている。




「そうだ。そのためには6人で合流して、尚且なおかつ転移する隙を作る必要がある。でもそれが難しい。状況はこんな感じだな?」




「ああ、6人で転移しようとすればドラゴンがフリーになるからな。転移発動までの間に攻撃され、転移可能範囲からはみ出て1人ここに取り残されでもすれば今度こそ終わりだ。」




「なら逆にドラゴンを転移させるのはどうだ?こっちには同じ魔法を2度使う手段がある。ドラゴンを飛ばすのにスクロールを使っても脱出できる。」

上位魔法である転移の魔法を山彦出来るかは分からない。だがもし可能なら有用な手段だろう。



「エコーの山彦の秘術のことよねぇ?ワタシもそれは考えたわぁ。でも2つ問題があるの。」


ローブの女性がうつむきながらダウナーな語り口で言った。そういえばもともとエコーとパーティーを組んでいたのだから能力についても知っているはずか。




「1つは発動までドラゴンの近くに張り付き続けなければいけないこと。そしてもう一つはドラゴンの転移先の問題よぉ。」




「王都近郊に飛ばせば危ないのはわかる。だがどこか遠くの海やあるいは地面の中に飛ばせないのか?」




「難しいわねぇ。距離や質量は問題ないけど、密度が高い空間は転移先に選べないの。アクシデントで転移者が壁や土に埋まらないように転移の魔法が作られているせいね。」




「空はどうなんだ?」




「行ったことのある場所なら可能よぉ。妖精さんなら飛べるし心当たりもあるかしらぁ?」


そう言われて転移時の森上空を思い浮かべる。……いや、あそこは街道と近いか。やはり危険だ。ヘルベラやルーナエも転移して日が浅いのでこの世界の土地勘には期待できない。




「……無いな。残念だが……。やっぱなんとかして転移の隙を作る必要がありそうだ。」




「オレも同感だ。だが有効打が無ぇ。今戦っている3人も、さっき戦っていたオレたちもヤツにはまともに攻撃が通らねぇ。……オレたちはジワジワなぶり殺しにされていた。」


鎧の男性は拳を握りしめながら悔しそうに言った。




「戦力差は圧倒的だったわぁ。アイツ、ワタシたちのこともてあそんでいたのよ。殺すのはいつでも出来るけど、抵抗できなくなるまでいたぶってやろうって目でね。」




「……。」


遺跡の防衛プログラムと思っていたが、やつには明確な悪意がある。俺達のことを玩具か何かのように思っている。仲間たちの決死の戦いも、あの邪龍にとっては壊れるまで玩具で遊んでいるのに過ぎないというのだろうか。……許しがたい話だ。


待て、何か引っかかる……!もう少しだ!違和感の正体に気が付きそうなんだ……!

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