第23話 闇スクロール

必要なものを買いそろえながら商店街を進んでいく。いつしか三人の両手は荷物で埋まりつつあった。荷物の中には牛乳など重いものもあり、さらには長時間歩き続けている状態だが、意外にもあまり疲れてはいない。昨日見た目に反した膂力りょりょくを発揮していたこの体であるが、持久力にも優れているらしい。空をぼんやり眺めながらそんなことを考えていると、青かった空にいつの間にかオレンジ色が混じってきていることに気がついた。時刻は14時といったところだろうか。視線を前に戻すとまだ先の方ではあるが商店街の終端が見える。あと寄れそうな店はどれ位残っているかと辺りを見渡すと路地裏に露店を見つけた。露店商の男は目深にフードを被っており顔が良く見えない。こんなやつが本当に居るのかと思うくらいに怪しい身なりである。商品を見ると遠目からであるから詳細は分からないが丸めた羊皮紙ようひしのように見えた。




「あれってスクロールか?」


俺は男からは見えないように控えめに指をさして小声で言った。




「その様だね。しかも異様に安い。確かスクロールというのは希少で高級品だと聞いていたはずだ。」


ルーナエがいぶかしんで言った。まぁ誰だってあの店構えを見れば不審に思うだろうが。というか薄暗くてここからかなり離れた場所にあるのにあんな小さな値札の文字まで見えるのか。




「闇スクロールとでも言いましょうか。ああいったスクロールは魔法の威力や効果が弱かったり、酷いものでは聞いていたものとは違う魔法が封じられていたりするのですわ。」


質の悪い粗悪品か詐欺商品ということか。確か昨日聞いた話ではスクロールの質は魔法を封じた術者に依存すると言っていたはずだ。




「スクロールの品質や真贋しんがんを見分ける方法は無いのかい?」




「鑑定の魔法を使えば可能ですわね。誰でも使えるというわけではありませんが鑑定屋に立ち会ってもらえばこういった露店でも見分けることができるでしょう。勿論相応の費用が掛かりますが。」




「ということはこの商品はまともなスクロールを買えない貧困傭兵向けの商品ってことか。」


話の内容から察するにお金のある人は信頼できるルートでスクロールを得るか、あるいは信頼性に欠けるルートでも鑑定屋の手を借りれば品質の確かなスクロールを得ることができるという事だ。つまりこんな怪しいものを買うのは貧困層、とりわけ需要がありそうなのは高いスクロールを使うと採算が取れないような依頼をこなしている貧困傭兵だろうと考えられる。




「ご明察の通りですわ。悪徳業者が何でも構わないので魔法を使える人間から格安でスクロールを買い叩いて、それをお金のない傭兵向けに売っている商品ですのよ。魔法職は貴重でパーティーに雇おうとすると高くつくことから、安かろう悪かろうでもいいと思う層に売れるらしいですわね。」


ちょっとした魔法が1つ2つ使える人間はまあまあいるが、魔法を中心に戦闘ができるほど卓越たくえつした人はあまりいないという事だろうか。




「魔法を封じていないスクロールが売られていることはないのかい?」


確かにそれが売れるなら態々わざわざ魔法を使える人間から買い叩く必要もなくて効率的に思える。




「一定以上の魔力を帯びているものと接触している状態だと淡く光る石が簡単に手に入るのでただの羊皮紙かスクロールかは鑑別できますわ。所詮その辺に落ちているような石ころなので詳細な魔力の量は分からないですし、スクロールに何の魔法が封じられているかも特定できないような代物ですけれど。」


羊皮紙に宿る魔力が閾値いきちを超えてさえいれば中身の魔法が何であれ関係なく商品になるという事か。悪徳ビジネスがこういったギリギリのラインを攻めるのが上手いというのはどこの世界も共通らしい。世界を超えた普遍性ふへんせいが詐欺まがいに宿っているというのも嫌な話だ。




「とりあえず私達にはいざというときに朝貰った転移のスクロールがあるし必要なさそうだね。」


俺達には転移のスクロールに加えて妖精固有の能力もある。ルーナエの言う通り怪しげなスクロールに頼る必要はないだろう。もし読んだら自爆するスクロールなんてあったら恐ろしいし、切り札をそんな不確定なものにしたくはない。




「そうですわね。お買い物も済んだことですしお家に帰りましょう。」


俺たちは商店街を抜けて家路につく。露店の横を通るときにスクロールを買っている人影が見えた。妖精である自分たちより小柄な背格好からして子供のようだった。

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