第14話 優雅な朝

「朝ですわ、起きてくださいまし!」


誰かが自分の体を揺さぶっている。キッチンの方からはガリガリという音となんだかいいにおいがする。ちょっとうるさいがこの心地よいまどろみの中にとどまり続けたい……。




「そこで眠り続けられると布団がしまえませんわ!」


そういやここ押し入れの前だったな……。今晩からルーナエと場所替わってもらうか。




「淹れ立てのうちにコーヒーを飲まないかい?」


自分の体を揺さぶる手が増える。




「今日はやることも多いですわよ!」


布団をはぎ取られた。寒い。日本で言えば秋くらいの気温だろうか。朝のエンジンがかかっていない体には堪える寒さだ。




「やっと起きたね。」


重いまぶたをこじ開け、薄目を開けると綺麗な顔が二つこちらを向いている。かわいい。変なTシャツ着てるけど。




「銀花は朝が弱いのですね。」




「昨日は疲れたせいか今日は特にな……。」


むしろ何で二人は平気そうなのだろうか。窓から外を見ると少し白んでいることから明仄あたりの時間帯とみえる。時計を見るとまだ朝の5時だ。だるい体を引きずってしぶしぶスリッパを履き洗面所に向かう。口を濯ぎ、顔を洗ってから洋室の椅子に座る。2人は先に席についてコーヒーを楽しんでいるようだ。ルーナエを見るとコーヒーにミルクとガムシロップをドバドバと注いでいる。ヘルベラは何も入れずブラックで楽しむようだ。コーヒーの飲み方一つをとっても個性が出る。




「銀花はコーヒーに何か入れるかい?」




「ミルクだけ入れるわ。」


そういうとルーナエがミルクの入ったピッチャーを渡してくれた。随分と軽くなってはいたが。自分のコーヒーにミルクを注ぎながらコーヒーを口にするルーナエを横目に見る。砂糖の粘性によるものだろうか、なんだかドロドロとしている。もっとも、本人はなんてことはない、いたって普通のコーヒーだといった顔で飲んでいるがどれ程甘いのだろうか。




「ルーナエ、あなたの飲んでいるそれ、一体どれ程甘いのです?」


ヘルベラも同じことを考えていたらしい。やっぱり気になるよな。代わりに聞いてくれた。




「一口どうぞ。」


そう言ってルーナエはヘルベラにカップを手渡した。




「……ものすごく甘いですわね。」


やはり尋常じゃないほど甘かったのかヘルベラは顔をしかめている。




「俺にも試させてくれないか?」


ルーナエの同意を得てヘルベラからカップを受け取りコーヒーらしき液体に口をつける。




「……。」


思わず言葉を失った。飲み続ければ一か月後には糖尿病になりそうな甘さだ。コーヒーを飲んで喉が渇くというのは初めての体験である。




「どうしたんだい?」


意図せず顔をしかめる俺達にルーナエは疑問の眼差しを向けた。




「……いや……ありがとう。」


言葉に詰まったのでとりあえずお礼を言ってルーナエにカップを返すことにした。




「そういえばこのコーヒーとかってどこで手に入れてきたんだ?」


ふと気になったので聞いてみる。




「コーヒー豆は行きつけのコーヒーショップで選んできたものですわ。今日行くところの一つですわよ。」




「コーヒー豆を買いに行く、というわけではないよね?まだあるし。」


戸棚を見るとコーヒー豆の絵が描かれた袋が置いてあった。




「ええ、そのお店のマスターがこの家の家主……というか管理人さんなのです。3人で住むことになったのでご挨拶に伺おうと思いまして。」


ここの管理人か……いったいどんな人だろうか。




「牛乳については昨日市場で買ったもの、ガムシロップはワタクシのお手製ですわ。」




「ヘルベラの手作りなのか。」




「ええ、ガムシロップを作ったことはありますか?」




「いや、無いな。」




「初めて作ると驚きますわよ。少量の水に大量の砂糖が溶け込む様子に。」




「簡単に作れるのかい?」


ルーナエが興味を示した。やはり甘いものが好きなのだろうか。




「ええ、水に砂糖を溶かして火にかけるだけですわ。」


話を聞く限り単純そうで自分にも出来そうだ。




「それじゃあ結構使ってしまったし作って足しておこうかな。」




「その間に昨日の服を洗濯しとくか。」




「ルーナエの分も2人でやっておくので頑張ってくださいまし。」




「いいのかい?ありがとう2人とも。」


ルーナエはお礼を言うとキッチンでガムシロップを作り始めた。


自分たちも洗濯を始めるべくたらいを持って庭へ向かう。冷蔵庫、自動湯沸かし器はあっても洗濯機は無いらしい。仕方がないので手もみ洗いで浴衣ゆかたを洗う。白い浴衣に赤黒い血糊がべったりとついていて全然落ちそうにない。み抜きが出来るクリーニング屋を探す必要がありそうだ。そういえば矢で空けられた浴衣の穴がふさがっている。確かウジャトの目は失ったものを回復させる能力だったか。それじゃあ何故浴衣の穴や傷は完全に回復しているのに血液は一部浴衣に残ったままなのだろうか。元の状態に戻りやすさの基準が何かあるのかもしれない。




「こんなもんでいいか。」


一通り洗い終えた洗濯物を物干しに干す。昨日は夜で良く分からなかったがこの家の庭は意外に広い。明らかに家の面積に対して不釣り合いだと周りを見渡しながら思う。庭を眺めていると何か建物が建っているのが目に入った。




「なんだあれ……くら?」




「多分そうですわ。この家の敷地内にあるのでおそらく家主のものでしょうけれど…。」




「ヘルベラは入ってみたことはあるか?」




「ありませんわ。カギがかかっていて入れませんの。」




「まぁ当然か、とりあえず洗濯終わったし部屋に戻るか。」




「ルーナエの様子も気になりますしね。」




たらいを片付けキッチンに戻るとそこには怪訝な顔をしたルーナエがいた。


テーブルを見るとそこには透明なシロップではなく代わりに薄い琥珀こはく色の塊があった。




「うーん……。」


テーブルの上のものを見てルーナエがうなっている。




「これは………あめ、ですわね?」


ヘルベラがかけらをつまんで言った。


砂糖と水から出来る単純な飴ならべっこう飴だろうか。俺もかけらを一つ手に取り口に放り込む。素朴そぼくで甘い味がする。




「美味しいぞ。」


難しい顔をしているルーナエの口に飴を投入する。


ルーナエは固い顔のまま口の中に無造作に放り込まれた飴を転がしていたが、しばらくすると顔の緊張がほぐれてきた。


「……甘い。」


飴は飴で楽しめたようだ。ガムシロップはまた今度に作ることにしよう。

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