第13話 お人好し

「さて、お話をしましょうか。」


冷蔵庫の扉を開けてコップにお茶を注いだヘルベラがキッチンから戻ってきて言った。




「まずはあなた方の今後について提案がございますわ。」


コップを片手にヘルベラが布団に座り込む。真剣な面持ちで重大な話を切り出しているようだがどこか緊張感に欠ける。ほら、Tシャツもなんか……いや、失礼だな。そう思い直し、えりを直して向き直る。Tシャツに正す襟はないので気持ちの話だ。




「提案?どのようなものなのかな?」


俺がTシャツに意識を取られている間にルーナエが問いかけた。




「ええ、提案というのはワタクシと一緒に傭兵稼業ようへいかぎょうをやらないかというものですわ。」


どういうことか、という表情を浮かべる俺達を見ながらヘルベラは話を続ける。




「私と同じ転生者という事はあなた方も根無ねなし草なのでしょう?そうなれば仕事と住居が必要なはずですわ。仕事を得るにはギルドに登録して傭兵になるのが最も効率的です。3人でならこなせる仕事もそれなりに多いですわよ。住居の問題もここで一緒に暮らせば解決ですわ。」




「ありがたい話ではあるが君のメリットが薄くないかい?仕事仲間なら他の傭兵でもいいはずだ。」


ルーナエが疑問を口にする。確かにヘルベラにあまりメリットがあるようには思えない。




「それがそうでもないですのよ?傭兵というのは自分の利益を第一に考える集団ですわ。適当に組んだ一時的なビジネスパートナーと寝食しんしょくを共にする仲間、命を預けるならどちらの方が良いかは明白ですわ。」


そう言われればメリットも多いかもしれない。ヘルベラが言ったもの以外にもいくらかメリットがありそうだ。互いによく見知った仲間同士であればお互いの動きに合わせることもできるだろう。同じような依頼を何度もこなすのであれば毎回動きを決めて行えば安定して消化できるとも考えられる。




「それはそうかもしれないけど、私たちはまだ会って数時間の中だろう?君の信用を十分に獲得できているとは思えない。」


もっともな指摘だと思う。ヘルベラの立場からすれば、一度預けた背中を攻撃されなかったとはいえ、それはそうするだけのメリットが無かったからだとも考えられるだろう。にも関わらず家に泊め、さらには仲間に引き入れようというのだからお人好しがすぎるのではないのだろうか。




「……そうかもしれませんわ。」




「それでもワタクシは貴方がたの力になりたいのです。」


ヘルベラは堅い意志を宿した眼差しで言った。




「なんでそこまで俺たちに親身になってくれるんだ?」


どうやら彼女にはなにか深い訳がありそうだ。



「私がこの世界に来たときの話ですわ。あのときワタクシは頼れる人もお金も一切ありませんでした。そして遂には精根せいこん尽き果ててこの王都で行き倒れておりました。そんなワタクシに食事を、家を、そして職を与えてくださった方がいらっしゃいました。だから、人の善意で生かされた命ならば、善意で人を生かすために使いたいと思うのです。」


ヘルベラは俺の、そしてルーナエの目を真っ直ぐに見据えて言った。彼女の発言に嘘や誤魔化しがあるようには見えなかった。




「……だから自分が危険な目に遭う可能性があっても俺たちを助けたいってか?」




「……そうですわ。」


彼女の考えは少し危なっかしい。




「ちょっとばかし自己犠牲ぎせい精神が過ぎないか?いつか身を滅ぼしかねないぞ?」




「あら、ワタクシは犠牲になるつもりはありませんわよ?貴方がたが本当にワタクシを害そうとする方々ならこんなにもワタクシのことを心配してくださるとは思えませんわ。」


確かに自己の利益のためだけに信頼を得ようとしている人間が、自身のことを信頼に値しない存在であるかもしれないと警告する道理はない。




「それはそうだが…‥それでも君の考えが危なっかしいのには違いないだろ?」




「確かにそうですわね……。」


ヘルベラも自覚はあるようで頭を抱え唸っている。




「それなら私と銀花が過剰な献身けんしんをしそうになったら止めよう。それなら安心だろう?」


ルーナエに視線が集まる。




「それってつまり……!!」


ヘルベラは相好そうごうを崩し目を輝かせた。




「ああ、これからもよろしくね。」


ルーナエもそれに笑顔で答える。




「銀花も納得していただけましたよね!?」


ヘルベラが詰め寄る。にこやかで可愛らしい顔にそう詰められると断れない。我ながら残念な性格をしている。




「わかったよ。でも本当にいいのか?もうこの質問をするのは最後だぞ?」


せめてもの抵抗に最終確認をする。もう形だけのものだが。




「もちろん、これからもよろしくお願いしますわね!銀花!ルーナエ!」




「ああ、よろしくな、二人とも!」


共同生活を止める側で話していたものの、正直言って嬉しい。


誰も知らない異世界で生きるのは俺も心細かった。








これから3人での生活を始めることを誓い合うとそれぞれ布団に入って眠ることにした。




「ルーナエどの布団で寝る?」




「今真ん中に敷かれているのがワタクシのいつも使っているものですわ。」




「それじゃあ押し入れ側と洋室側のどちらかだね。私が洋室側でもいいかい?」




「いいぞ。じゃあ俺が押し入れ側だな。」


「ではおやすみなさいませ。」


「おやすみー。」


「おやすみ。」




……マジで友達とお泊り会をしている感じだな。

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