第6話 能力の応用
「ほんとに凍った…」
俺は目の前で起きた現象に驚愕する。
「モチーフは雪で正しかったようだね。でも雪といったら普通は降らせるようなイメージになりそうなものだけどどうして氷なんだい?」
ルーナエが不思議そうに問いかけてくる。言われてみればもっともな疑問だろう。
「死因のせいかな。思いの外印象が強かったのかもしれない。」
「なんだか不思議だね?でも雪も氷の一種だし案外おかしくはないのかもね。その技を応用して先のとがった棒状の氷を作れるかい?」
「やってみる。」
先程と同じ要領で氷を作り始める。地面からだんだんと高さを伸ばしていき最後に先端を尖らせれば氷の槍の出来上がりだ。
「できた。意外と応用が効くんだな。」
「モチーフになっている自然と関連性があれば意外と幅広くできるみたいだよ。」
ルーナエの言葉を聞き自分の能力が怪我の治療に応用できないか考えてみる。
「考え込んでるようだけどどうしたんだい?なにかいい案でも思いついた?」
「いや、何とかしてこの傷を治すことができないかと思ってな。」
俺は脇腹の傷に手を当てながら答える。止血や防腐ならまだしも凍らせることで治療する方法なんて思いつきそうもない。
「そうか…その傷じゃ脱走するのも難しいかもしれないね。2人でなら逃げられるかもしれないと思ったけど仕方ないかな。」
ルーナエが落胆の表情を見せる。
「ごめんね、回復の魔法が使えたらよかったんだけれど、この体になって体質が変わったせいか今は光の矢の魔法くらいしか使えないんだ。」
「ルーナエは魔法が使えるのか?」
異世界の可能性が出てきたと思ったら今度は魔法の存在が明らかになった。いよいよファンタジーの世界に迷い込んだことを実感した。
「妖精になる以前にいた場所では珍しいものでもなかったからね。ここではちょっと珍しいらしいけど君のいた場所でもそうなのかい?」
「珍しいも何も俺のいた場所では魔法なんて創作物の中にしかないものだったぞ?魔法が使えるなんてすごいなルーナエは!」
先程自分でも魔法のような能力を使用したが、やはり本物の魔法というのがどんなものであるか気になるところだ。興味を隠せていないのが態度に現れてしまっている。
「褒めても何も出ないぞ?本当は君を治療してあげたいところだけれどね。」
少し照れ臭そうにルーナエは微笑んだ。そうだ、ルーナエの能力で直してもらうことはできないだろうか。そう思い方法を探してみる。暫く考え込んだのち1つの方法を見つけた。
「ルーナエ、君に頼みがあるんだ。」
「聞こう。」
「欠けた月が再び満ちるイメージで俺の怪我を治すことはできないか?」
エジプト神話に出てくるホルス神の左目、月の象徴であるウジャトの目の権能で失われたものを元に戻すというものだ。月の精であるルーナエになら可能かもしれない。
「できるかどうかは分からないがとりあえずやってみようか。」
そう言ってルーナエは俺のそばに寄ると右脇腹に手をかざす。ルーナエがイメージを始めると隠れていた左目が淡く輝き始めた。暫くして痛みが消え去ったところで包帯を外してみると傷跡一つない腹部がそこにはあった。さらには気分も幾らか回復している。失われた血がある程度戻ってきたのかもしれない。
「本当に出来るとはね。私も驚いたよ。君はなかなか想像力が豊かだな。」
「ありがとう、でもさっきの発想は俺が元居た場所の遠い外国の神話に出てくる能力だから俺が考え付いたわけじゃないけどな。」
小さい頃に神話が好きだったことで覚えていた知識だ。まさかこんなところで役に立つとは思ってもみなかったが。
「異国の神話の知識とはマニアックだね。記憶が曖昧なはずなのに良く覚えていたものだ。」
確かに言われてみれば不思議だ。そういえばさっきから元居た場所の知識を前提に会話をしていた。という事は、知識はちゃんと頭に残っているということになる。
「そのことなんだが俺たちが断片的にしか覚えていないのは思い出だけなんじゃないか?ほら、知識はちゃんと残っているだろ?」
ルーナエは今までの会話を思い返すような素振りを見せる。
「なるほど、確かにそうかもしれないね。」
ルーナエがそう言ったときである。けたたましかった車輪の音が比較的静かになったことに気が付いた。
「この音…」
ルナーエの方に向き直り目を見合わせる。
「ああ、どうやら山道を抜けたようだ。」
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