第3話 麗しき月の妖精
「へへ、観念しな嬢ちゃん。」
回り込んできた男の一人がそう言った。
当然捕まるわけにはいかない。
俺は男達がいない方向へと逃げ出した。
しかし、抵抗むなしく男たちから逃げ回っているうちにいつの間にか先ほどの湖まで追い込まれていた。
俺を取り囲む男たちの手に握られた刃物が月光に照らされて輝いている。
「ここまでだぜ。おい、とっとと捕まえろ!」
リーダー格の男が部下たちに指示を出す。
それとともに俺を取り囲んでいた男達が向かってくる。
このままここに立っていても取り押さえられてしまうだけだ。
せめて得物があれば剣術の心得を活かして戦えるかもしれない。男の一人から刃物を奪い取ってみるか?……いや、仮に奪い取れても恐らく数的不利であっけなくやられてしまうだろう。
それなら真っ暗な夜の湖に飛び込むのはどうだろうか。潜水には多少の自信がある。少し肌寒いが凍えて死ぬような水温ではないだろう。無謀な賭けには変わりないがそのまま立っていることや武器を奪って戦うよりかはいくらか希望があるはずだ。
そう思って地面を蹴って湖に飛び込もうとした時だった。
なんと、背中の羽がはためくとともに体が浮きあがる感覚があったのだ。
力学的にはとても飛べるとは思えない大きさと構造の羽が体を浮かせていたのである。
これならば逃げ切れるかもしれない。
飛行能力は街を見つける上でも大きく役立つだろう。
そう思ったのも束の間、矢が右の脇腹を貫いた。
「っ……!!」
猛烈な痛みが走るのと同時に羽の動きが止まり真っ逆さまに水面へとたたきつけられた。
脇腹から湖へと血が流れ出ていく。
俺の意識は湖に溶けてゆくようにだんだんと薄れていった。
俺の体を湖から引き上げに来た男達の会話が聞こえる。
「おいバカ!大事な商品、それも希少な妖精に何てことしてくれたんだ!あぁ?」
「スンマセン…矢を撃たなきゃ逃げられちゃうかな~って…」
「だからって腹に風穴空けたらくたばっちまうだろうが!意外と傷は小さいな…回復魔法使える奴はいるか?」
「そんな奴いたらもっとまともな職に就いてますって。スクロールとか積んでなかったか?」
「回復魔法のスクロールはないな。とりあえず止血して帝都に連れていくしかないか。」
「そうだな、どの道もう一匹の妖精売りさばくのに帝都へ向かう予定だったしな。」
「逃げた獣人のガキはどうします?」
「高値で売れる妖精が優先だ、もう放っておけ。」
「うっす。」
この会話を最後に意識は完全に途切れた。
うすぼんやり意識が戻ってくる。
舗装されていない山道を走る馬車ががたがたと大きな音を立てている。
時折車輪が凹凸の上を通ると大きく揺れ、そのたびに頭が硬い床に打ち付けられる。
何度目かの頭に走った痛みで俺の意識は覚醒した。とりあえず幸いなことに死んではいないらしい。
薄暗くてよく見えないがどうやら俺は移動中の馬車の中にいるようだ。
馬車にはシートが掛けられており外の様子が確認できないが、板の隙間から入ってくる光を見れば恐らくまだ夜だろうと推測できる。
自分の状態を確認すると、右の脇腹には包帯が巻かれており止血がされているようだった。
手をつき体を起こそうとすると上体が伸び、矢で貫かれた脇腹が痛んだ。失血したせいか頭も痛むし気分は最悪だ。
そうこうしているうちに目が慣れてきたので周りを見渡してみる。
馬車の中に載せられているのは自分のほかに1人だけだった。
背中に羽が生えた少年とも少女ともつかない見た目をした人物だ。
金髪のショートヘアで左目は隠れている。こちらから見える右の瞳の色は赤色である。瞳の色合いもそうだが、瞳自体も吸い込まれるような不思議な魅力を感じる特徴的な様相を呈している。
さらにはワイシャツにベスト、スラックスというきれいめ、というより最早モードな格好をしている。奴隷商と思わしき集団の馬車にはおよそ似つかわしくない彼(彼女かもしれない)の風貌は異彩を放っていた。
背中に羽が生えているという事は自分と同類なのだろうか。
確か男たちは妖精とか言っていたはずだが……。
……しかし、美しい。あまりに顔がいい。
思わず見とれていると彼と目が合った。
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