第6話 雨の向こう側(SF・雨のやまない世界)
雨が降っている。
やむことの無い雨が。
二年前からベッドに寝たきりの伴侶の視線は、窓の外に注がれていた。
飽きもせず、ずっとこうだ。
この忌々しい雨が降り続いてもう五十年ほどになる。いや、それ以上だっただろうか。日付をつけ?のはとうの昔に諦めてしまった。
既に人類はこの雨に敗北して等しく、人口はかつての1パーセントにも満たない。もはやそれだけの人間が残っているのかどうかでさえ定かではない。誰も彼もが残った瓦礫の下で、終わりを待っている。すべてを終わらせるのが戦争でも自滅でもなくやむことのない雨だとは、誰が想像できただろう。
いったいどうしてこんなことになったのか、誰も知らない。
ただ、ひとつの実験がすべてを狂わせた。
それは天候を操る実験だった。
もともとは砂漠などの乾燥地帯や日照り、あるいは湿気の少ない時期の火事防止などの理由で機械は作られた。機械のサガというものか、それらは気象兵器として使われる可能性もあった。実際にそうした批判もあった。元から天候を操っていたのがバレかけたから公開したのだという陰謀論を一笑に臥し、天候機械は完成した。
当初は人工的に雨を降らせる程度。もっと進めば、雨をやませたり、台風やハリケーンを中和できるはずだった。
研究は進み、やがて二十七号機が完成した。これがくせ者だった。単純に言えば暴走したのだ。
そうして、やむことの無い雨が空から降り注いだ。
暴走は当初は楽観視されていた。しかしその間に雨量の増加による土砂崩れや雪崩、川の増水から浸水までありとあらゆる事態を引き起こした。田舎や山だけの問題ではなくなると、低い地域はあっという間に水中に沈み、高層ビルも安全ではなくなった。地下の電気制御室が沈んで使い物にならなくなるのはいい方。湿気でカビの温床となり感染症が蔓延り、あるいは建物そのものにガタがきたりと散々な事になった。
海水を巨大なバケツで掬い、地上へとぶちまけたような雨――。
わたしは、湿ったベッドの伴侶へと視線を向けた。
「この雨は、やむと思うか……?」
幾度となく繰り返されてきた問いだ。
それは最初のうちは攻撃だった。マスコミによる市民の声の代弁という名の攻撃だ。
機械の作製者の自殺が報じられる頃と同時期にマスコミは意味を成さなくなった。
次には不安と怒りになった。ネットワークで繋がった人々の話し合いだった。
時に陰謀論者が、時にまともな人々が、そして時に怒りに駆られた人々の言葉が混ざり合った。
次には諦めになった。残された人々による、もはや雨はやむことはないという諦めだった。
伴侶はゆっくりと視線をこちらに向けた。
この湿気に勝てずに寝たきりになった伴侶。
「機械なら、いつか壊れる。だからいつかこの雨はやむ」
本当だろうか。
本当にそんな時が来るのか。
そのいつかとは、いつのことなのか。
子供の頃、雨の切れ目を見た事があった。
降っていた雨が、ちょうど道の先からはまったく降っていなかった。不思議に思って、思わず立ち止まった。
雨の降っていないところへと足を伸ばし、一歩踏み出す。傘から雨の音がしなくなった。
一歩戻る。
傘に雨の音が復活した。
ここが雨の切れ目なのだと気がついた。
雨のカーテンから先に出るようで、自分一人が微笑んだ。
雨の向こう側。
わたしはそう呼んでいた。
あの時のように傘は無いが、私は瓦礫の下から雨が降っているのを見ていた。
いつか晴れるだろうか。
晴れるのか。
機械が雨によって自壊し、やがて人類が、あるいはこの地にまだ残る動物たちが、元の空を取り戻すそのときが――。
遠くに見える暗い雲の間に、わずかに雨の向こう側が見えた樹がした。
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