第5話 視聴者参加型雨(現代ファンタジー)

 最近ハマっているVTuberがいる。

 名前は自称「天候系」の闇野ミツハ。

 ……天使系でもなければ地雷系でもない。「天候系」だ。

 ヤミノと書いてクラノと読むらしく、挨拶は毎回それが入る。青を基調とした巫女のような服装で、滴型のアクセサリーや装飾をつけた雨の巫女という設定だ。髪色は紺色にこれまた明るい青の差し色が入っていて、跳ねたくせっ毛を上の方で左右二つに結んでいる。3Dモデルもけっこう可愛い。

 彼女が自分を「天候系」といって憚らないのは、彼女の動画内容にある。闇野ミツハの変わっているところは、翌日が雨の予報の時だけ動画投稿を行うのだ。生放送の時もある。だから晴れが続くとまったく動画を出さなくなる。とはいえ日本全国同じ天気とは限らないし、たとえ南のほうで雨が降っても北は晴れ、なんてことはままある。そういうわけで、だいたい全国的に六、七割がた雨、という時だけ動画を上げるのだ。


『はーい、みなさんおはみつは~! ヤミノと書いてクラノ! 天候系VTuber、闇野ミツハだよ~。見えてるかな~? 今日も張り切って明日のお天気いっちゃうよ~!』


─…─…─…─…─…─…─…─…─…─

 セルさん:はじまった!

 ビス:まってた

 K.Sou:おはみつは~!

 ガンガンいこうぜ:おはみつは~

─…─…─…─…─…─…─…─…─…─


 今日の配信は生だった。

 突然の配信だったにもかかわらず、結構な人がコメントしている。

 きっともう明日の天気を確認済みなのだろう。


『明日の天気はね、沖縄から九州はがっつり雨だよぉ。そこから雲が広がってるから、大阪・京都あたりにかけて細い雨がちらつくかも~。北陸と東京のあたりでも雨が降りそう。中部は愛知と岐阜のあたりだけ部分的に晴れるよぉ。東北と北海道は午後から雨になりそう~』


 これがまたよく当たる。

 こういう風にミツハが明日はどこそこで雨といえば、たいてい雨になる。

 部分的な晴れもそうだ。

 当たるのだ。

 天気予報というのは最近は精度が上がってきたとはいえ、外れる時もある。それなのに、ミツハの予報は絶対に当たる。例えテレビやネットの天気予報で晴れと言っていても、ミツハが雨が降ると言えば雨が降るのだ。おかげで精密な天気予報代わりに使っている人もいる。動画を見るまでどこで雨なのかがわからない、ということを除けば、便利なのだ。


 ここまでくると、もしかすると天気に詳しい人――つまり気象予報士だったとか、本人でなくとも気象庁に関係のある人がプロデュースしてるのではないか、という話もあった。

 とはいえ本人といえば。


『ミツハは雨の巫女さんだから当ててるわけじゃないんだよ~?』


 ……とまあ、設定以上には踏み込ませてくれないのである。

 もちろんVTuberの中身に興味があるわけじゃないが、あまりにも詳しい。まあそっちのほうの人なんだろうという推測で成り立っている。


『それで、今日はね~。ちょっといつもとは違った事をしてみようかなって。せっかくこんなVTuberとかやってるんだから、明日の雨量を視聴者さんに決めてもらおうかと思います!』


 雨量って。

 思わず笑ってしまう。

 明日の雨はまあ全国的に雨だけど、まあまあ普通って感じだ。


─…─…─…─…─…─…─…─…─…─

 ミツハちゃん推し!:せっかくなんだからガンガンいこうっっwwww

 ガンガンいこうぜ:ガンガンいこうぜ

 ゆめ:これ本当に雨量変わるの?w

 K.Sou:ガンガンいこうぜ!!

─…─…─…─…─…─…─…─…─…─


『ガンガンいこうぜさんのためにある言葉だよね、ガンガンいこうぜ。でもみんなほんとにこれでいいの~? これ、百年に一度レベルの台風並みだよ~。さすがに一日で降っていい量じゃないと思うけど』


 視聴者の悪ノリもヒートアップして、日本を沈没させようとか、御社を沈めて休みにしたいとか、一年分を降らそうとかいう奴までいる。でもそんなのは可愛い方で、田舎で降らせて不要な老人を殺そうとかいう奇抜を通り越して危ない要求まであった。

 とはいえそんな事を言い出すのは、結局みんな本気じゃないからだ。遊びの一環だからこそ、きっと攻撃的な要求まで出来るのだ。


『ふ~ん。でもね、特定の人をピンポイントっていうのは出来ないなあ』


 そんなちょっと危ないような要求にまで、ミツハはさらっと流していた。

 意外に場数を踏んでるのかもしれない。

 もしかしてVTuberをやる前にもこういう活動をしていたのかな。それとも中の人は転生組、つまり以前にも別のVTuberの中身として活躍していた人かもしれない。


『アンケートもとってみようか~。まずは期間からね。とりあえず一日、三日、一週間、一ヶ月にするよ』


 動画サイトの機能を使って、次々にアンケートもとっていく。

 これで、ミツハが自動的に選んだわけではないことが証明されてしまった。


『じゃあ、本当にこれでいいんだね?』


 ミツハは一つ一つ、決まった事を読み上げていった。


『明日から一ヶ月。規模は日本全国を。雨量は百年に一度の台風並み。これは警報級だよ。死にたくなかったら、変に外に出たりしないでね。川の近くには絶対に行かないこと』


 まるでそれが決まった事であるように、ミツハは言った。

 他にも注意事項を読み上げて、ミツハの生放送は終わった。暗くなった画面の横では、チャット欄でまだ話している人がいる。

 明日の雨は、本当だったら九州から愛知くらいを覆う雨だ。東京でも影響を受けてポツポツと降る、という予定だった。


 ……なんだか、いやな予感がする。

 本当にこれ、大雨になるんじゃないか。だっていままで、ミツハの予報は外れた事がない。

 ……いやいや。

 だって、ここから急に変わるわけなんかないじゃないか。ミツハの動画から、別の動画でも見ようとメインページに戻る。普段の視聴傾向のせいなのか、他のVTuberの動画もオススメに表示されている。


 その日の夜、気象庁から緊急発表があった。

 後々、ニュースキャスターがまとめたところによると、「明日からの雨量がとんでもないことになっている。百年に一度レベルの雨が続く事になるから、不要不急の外出は控えて、川の近くなどには絶対に行かないでくれ」という事だった。

 かくして翌日、大雨が降った。

 一ヶ月ほどの雨量が一日で降った。都市部はともかく山間部は一気に川が増水し、荒れ狂う滝のようになった。


 慌てて、今日放送されているはずのミツハの動画へとすっ飛んでいった。


『この雨はね、ちゃんと一ヶ月のあいだ降り続くよお。だって、みんなが選んだ結果だからね』


 ミツハはそう言っていた。

 不謹慎だ、と言っているコメントもあったが、おおむね不気味がっている人が多かった。


『でもそのおかげでこの一ヶ月は雨も降るし、ミツハちゃんにも会い放題だよ!』


 ……。

 そういえば。

 日本神話において、雨や灌漑、井戸の神として信仰されている神は、クラミツハノカミとか、クラミズハという名前だったな――動画を見ながら、そんなことを思い出していた。

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