第4話 メディカル雨(SF)

 スーパーエリクサーと呼ばれる物質が発見されたのは、いまから百年も前の話だ。

 エリクサーとは錬金術において飲めば不老不死になれるといわれる万能薬のことだが、その名前がつけられたのはゲームの中の万能薬である「エリクサー」からとられたらしい。

 とにかくそのスーパーエリクサーは、人体を活性化させて健康にさせるという代物だった。これがまたちゃんとした科学的根拠とやらがあったのだというから驚きだ。

 研究は最初の十年ほどはゆっくりと進んで、二十年目からは高額だがきちんとした医療品として使えるようになった。三十年目になると金持ちだけでなく一般にも使えるようになった。この頃からエリクサーはナノマシンだとか政府の陰謀だとかいう人たちや、偽物が出回るようになったが、それでもだんだんとごく当たり前のものになり、これを日常的にとるにはどうしたらいいかという話になった。

 さて四十年目になった頃のこと。

「このエリクサーを日常的に接種できるようにするには、どうしたらいいのか」

 研究者たちは首を捻った。

「既に日常的に接種はしていますよ。これのおかげで介護や肉体労働は格段に楽になりましたからね」

「だからこそだ。現状は薬を売り出してはいるものの、金を払えない者たちの平等に欲しいという声はやまない」

「政府も将来的には国民に配るつもりみたいですけどねえ」

 どうすれば国民に平等に行き渡るのか。

 かつての公共放送のように、テレビを持っている国民から少しずつ徴収すればなんとかなる。だが一斉に配るにはなかなか手間がかかる。

「それに、味も問題だ。このスーパーエリクサーは単体ではどうにもしょっぱすぎて」

「しょっぱいなんてもんじゃないですよ。辛いでしょうが」

「水に混ぜて浴びるぶんには味とか関係ないでしょう。水分と混ぜて降らせてしまえば楽でいいんですけどね」

「……おい、いまなんといった?」

「えっ。すいません」

「違う、なんと言ったか聞いているんだ」

「水分と混ぜて降らせてしまえばいいって……」

「それだ!」

「ええ?」

 それから研究者たちは頭を突き合わせて、このエリクサーを雨に混ぜて日常的に浴びられるようにしたらいいという結論に達した。毎日決まった時間にスーパーエリクサーを混ぜた水を空から降らせて、そのあいだに勝手に浴びてもらうのだ。

 学者たちは十年の歳月をかけて、この研究を完成させた。

 そうしてスーパーエリクサー発見から五十年の月日が経ったころ、スーパーエリクサー入りの雨がはじめて降った。人々はそのときもまだ懐疑的だった。水に混ぜたら効果が薄くなるんじゃないかという人もいた。だがそんなことが三年も続くと、薬を飲むよりも雨を浴びた方が楽、ということに気づきはじめた。雨として浴びても効果は変わらず、人々は健康的に暮らすことができていた。その頃には既に「スーパーエリクサーは毒だ!」などと言う人は皆無になって、むしろ「この雨はスーパーエリクサーなんか入ってない、政府の怠慢だ!」と言う人にすり替わっていた。

『午後六時より雨の予定です。住民の皆さんは雨を浴びてください』

 アナウンスが流れるのと同時に、人々は早足に建物の外へ出る。

 これらはメディカル雨とも呼ばれた。

 メディカルとは本来、医学の、とか医療の、とかいう意味だ。

 なんでも治せるスーパーエリクサー入りのメディカルな雨ということだ。

 そんなことがまず十年続いた。

 それから更に十年が経った。

 更に十年が経つと、既にメディカル雨は日常的なものになった。そのころになると子供たちは決まった時間に雨を浴びるのが当然のことになっていて、特に疑問にも思わなくなっていた。どうして雨を浴びないといけないのか、学校でその真相を知るという風になっていた。

 すべては順調だった。

 ところがそこからまた十年が経った頃、研究者のひとりがふと気がついた。これだけスーパーエリクサー入りのメディカル雨が日常的になったのに、また老化で介護が必要な人が増えたり、先天的な障害を持って生まれてくる人が増えたり、鬱になったり、体力や運動の面で優劣がつきはじめたのだ。これじゃあ、スーパーエリクサーが発見される前と変わらない。

 研究者はそこで、恐ろしい事に気がついた。

「大変です!」

「どうした?」

「メディカル雨のことですが……」

「システムはちゃんと起動しているだろう?」

「システムじゃありません、それが人々に及ぼしている影響のことです」

 研究者は首を振った。

「人々が常に接種するようになったことで、基礎的なところは底上げがされました。力持ちになったり、頭が働くようになりました。でも全員が同じように底上げされたので、結局スライドしただけになっているんです」

「……。し、しかし、だからといって何か問題が……」

「問題はそれだけじゃないんです。どうやらメディカル雨に入ったスーパーエリクサーの力は地球全体に行き渡っているんです。つ、つまり、この地球の大地や生きものすべてに、スーパーエリクサーの入った状態になっていて……」

 そこまで言われて、もうひとりの研究者はぞっとした。

「おい、なにが言いたいんだ!」

「つまり我々は、結局何も変わっていないんです!」

 あらゆるものが強くなり、霊長類の最強にのぼりつめたはずの人類は結局、毒や動物に勝てなくなっていた。それどころかメディカル雨に慣れきってしまうと、それが普通になってしまって、雨を浴びても浴びなくても同じになっていた。流された雨の水はただただ巨大な湖に流れ込み、そうして残ったのが、このやたらと塩っ辛い海だけだったということだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る