塔登り楽しい:6

 指揮官機が狙撃砲を放った。

 狙いは俺の機体。リンピアよりも装甲が薄く、しかもパーツ回収中で油断していた。

 俺はとっさに『転倒』した。肩部の姿勢制御用ブースターを最大出力で噴射し、自分から倒れたのだ。射撃の直前、ほんの一瞬前に照射された照準補助センサーを知覚して、ブーストを無理やり噴射……メインブースターで全身を動かしていたのでは間に合わなかった。


 激しい閃光。光熱ビーム兵器による攻撃だ。


 前世地球で実在したビームは『強い光』を照射することでミサイルやドローンなどの脆い目標を破壊するものだったが、この世界のレーザー兵器は全くの別物だ。映画などに出てくるような『レーザービーム』。光速ではないが実弾よりも高弾速で、爆発に似た破壊現象を引き起こす。

 ビームはさっきまで俺のアーマーがいた空間を貫き、光の爆発を起こした。


「あっぶね!」

『狙撃か! 隠れろジェイ!』


 倒れた俺をリンピア機が蹴り飛ばす。ビルの影へ逃がしてくれたのだ。腹這いのままメインブースターを噴射し、地面をガリガリしながらなんとか遮蔽位置まで転がり込む。

 リンピア自身も蹴った反動で別のビルへ移っている。こういう行動を咄嗟にとれるところを見ると、改めて彼女の実力の高さを実感する。


『まったく、この遺跡は異常だな。山のように敵が押し寄せてくるだけでなく、雑兵を囮にした狙撃兵まで出てくるとは。戦術が高度すぎる』

「普通はこんなじゃないのか?」

『キメラもマーダーも、基本は獣だ。準備さえ万全なら遅れを取ることはない。そのはずだった』


 なるほど初めての遺跡探検でいきなりハードモードやらされてるわけか。まあ程よい難易度だからいいけど。


「じゃあ切り替えよう。対人想定だ。挟み撃ちでいこう」

『了解』


 アイツ……人型に近いマーダー狙撃兵はなかなかの強敵だ。まず武器が強い。あのレーザービームの火力は、俺の機体なら一撃で致命的だ。リンピアの機体の胴は重装甲だから大丈夫だろうが、それでも他の部位に命中して壊されれば戦闘能力を失う。狙われながら換装修理作業をするのは難しい。モタモタしていれば他のマーダーも増援に来るだろう。

 手強いからといって無視して逃げるのも駄目だ。おそらくヤツは司令官機。俺達をストーカーして執拗な襲撃をけしかけていた元凶。さすがに鬱陶しくなってきた。ついに姿をとらえた今、倒しておきたい。

 つまりは、あの強力なレーザーを一撃もくらわずに接近し、必ず撃破しなければならない。

 

「目眩ましをしかける……今!」


 ライフル砲だけをのぞかせて近くのビル上部を破壊。破片と粉塵が飛び散り、視界を妨害する。

 俺とリンピアは同時に遮蔽物から飛び出した。このあたりの連携は野盗狩りをこなしたおかげでバッチリだ。

 レーザービームが飛んでくるが、ビルが多いので遮蔽物には困らない。

 2機でフェイントをかけながら狙撃兵へ接近する。仕留めやすそうな俺を優先的に狙うことが分かっているので、逆にリンピアは大胆に挑発しながら接近。相手からしてみると、俺を優先したいのにリンピアが狙いやすい動きでどんどん近づいてくる図だ。そしてリンピアのヘイトが高まったところで、今度は俺が急接近していく。


「なるほど、『高度』だな……」


 少し関心する。ヤツの攻撃には『人間味』を感じる。『焦り』や『戸惑い』や『見切り』……単純な機械的判断ではない。あの狙撃兵には高度な知能がある。

 たとえば対戦ゲームにおいて、相手が肉入りプレイヤーなのか、ただのCPUなのかは肌で分かるものだ。高度なAIなら人間と見間違うような動きをすることもあるが……少なくとも、ほかのマーダーや低級CPUとは段違いに高度な情報処理能力を有していることは確かだ。


 とはいえ、俺とリンピアの連携に対抗できるほどのものではない。


「そのビームはもう読めた」


 一瞬、ビルの屋上が光る。

 それが合図だ。

 直後、ビームが飛来する。俺はそのタイミングを把握した。光熱兵器の射撃にはエネルギーをリロードするためのチャージ時間が必要で、実弾兵器と比較して連射できないものが多い。ゆえに発射間隔が弱点となるため、そのタイミングを掴みさえすれば対処は可能だ。この機体の、高性能とはいえないブースタでも回避できる。

 しかも、あのビーム砲撃は単発火力型のようだ。強力だが、発射直前には砲身に強い光が宿る。SFモノで見るようなビリビリバチバチ……つまり攻撃の前兆が読みやすい。

 もうリンピアと連携して翻弄する必要も無いかもな。


『ちょい待ち、信号検知や! 増援が来とるみたいやで!』

「もうか? 早いな」


 ビル街のむこうで粉塵があがるのが見える。増援部隊のマーダーたちがこちらに急行してきているようだ。


『ふむ……ではジェイ、狙撃兵はおまえに任せる。私は雑魚掃除を担当しよう』


 俺がヒョイヒョイとビームを避けるのを見て、リンピアは役割分担を提案した。もはやこの階層の通常マーダーは複数相手でも苦戦しないが、狙撃兵と連携されると厄介だ。ビーム砲撃に慣れつつある俺がそのまま狙撃兵を担当し、リンピアが雑兵を排除するのが合理的。

 

『片付け次第合流する。無理はするなよ』

「オーケー、行ってくる」

 

 ビルを蹴りつけて三角飛び。

 省エネしつつ狙撃兵のいる屋上へ接近。

 そして一気にブースト噴射して近距離戦闘をしかける。遠距離攻撃タイプは機動戦に弱いのがお約束のはずだ。


「はじめまして、新種くん」


 狙撃兵は、アーマーに近い見た目の全身構成だった。

 両腕と両脚があり、胴体のうえに頭部のようなパーツがのっている。膝や肩に装甲がついていてメリハリがあり、かなり見た目が良い。この遺跡の他のマーダーとは段違いだ。ジャンク街でアーマーとして売られていても違和感が無い。

 最大の特徴は大型のビーム砲。ロケットランチャーのように右肩に担いでいて、エネルギー充填と冷却のためにバチバチと放電している。


『ジジ……ジジゼゼザザザザザザ……!』


 マーダーが鬨の声のようにひときわ大きなノイズを発した。

 同時、ビームの光が襲いかかる。

 俺はまた難なく躱した……つもりだったが、機体に違和感。


「なにっ」

 

 確認すると、脚部パーツが高温状態。どうやらビームを至近距離ギリギリで回避し続けたことで余波のようなものが蓄積し、電子レンジのように熱されてしまったらしい。

 これはマズイ。俺は回避時、地面や壁を蹴りつけることで機動力を確保している。ブースタの性能が低いので回避距離の水増しをしなければならないのだ。省エネも兼ねている。その脚部が損傷してしまうのはマズイ。予備はトレーラーの中にあるがさすがに戦闘中に交換は無理だ。

 

「ちょっ! あぶっ! ウオッ!」


 ビームを大きく避けなければならない──大げさな回避を強制される。

 動きの無駄が多くなり、それだけ敵に時間を与えてしまう。攻撃にうつることができない。

 狙撃マーダーは大きくブースタを噴射し、飛び上がってしまった。ENを使い切る勢いの大跳躍だ。ブースタの性能が良いらしく、速い。狙いをつけるのは難しい。

 距離をとるつもりだ。自分の有利なレンジを確保して仕切り直し。時間が経てば再び雑兵の増援も来るだろう。この鬼ごっこを繰り返されるのは危険だ。

 いい判断だ──絶対にここで仕留めなければならない。

 

「逃さん!」


 俺は両腕ライフル砲を連射した。

 やけっぱちになったかのような乱射。だが、もちろん意図はある。

 ライフル砲弾は狙撃マーダーの着地しようとしたビルへ着弾していた。もちろんビルごと崩落させるほどの威力は無い……が、屋上は穴だらけとなる。

 着地したマーダーは足をとられて転倒し、俺を狙うどころではなくなった。


「くらえオラァ!」


 ブースタを《最大効率》《限界稼働》で噴射。機体がビル街上空をかっ飛ぶ。

 一直線に接近して、ライフル砲を連続発射。胴体のど真ん中へ叩き込む。マーダーの本体は特有のノイズを発する。俺の耳はノイズの発生源をおおよそとらえていた。

 狙撃マーダーの装甲は雑兵と比べて厚かったが、集中攻撃に耐えられるほどのものではなかった。

 ビーム砲の放電発光が消えて静かになる。そして頭部カメラアイの光が──俺をとらえていた攻撃用センサーの気配が消えた。

 機能停止。手強いヤツだった。


 ↵


「こちらジェイ、狙撃兵は倒した。そっちはどうだ?」

『ひとりでやったか。私も一掃したところだ。問題ない』

『ジェイはん、トドメは待ってや、ノイズの解析しときたいやで』


 箱はリンピアの機体の中で一緒にいるようだ。マーダーコアが発生するノイズを記録しておくと敵探知などに役立つから、そのデータが欲しかったらしい。


「無茶言うなよ、生け捕りなんて無理だった。ノイズなら俺がだいたい聞いたから、あとで聴覚データを……」

『んもぅ、又聞きじゃだめやねん、機体マイク越しやろ? せめて直接知覚したのが欲しいんやけど』

「ふうん、じゃあ今からでも聞いておくか」


 俺は機体を開いて外に降りた。

 荒れた穴だらけの屋上。そばには狙撃兵マーダーが横たわっている。

 危険はほぼ無い。すっかり静かで雑兵マーダーのノイズは近くには聞こえないし、狙撃兵マーダーの動力ジェネレータもほぼ止まりかけている。ここから息を吹き返すということは有り得ないだろう。

 狙撃マーダーは破壊された胴体からバチバチと火花を散らしながら、今まさに完全停止しようとしているところだった。

 マーダーノイズはもはや蚊の声だ。こんなので有用なデータはとれるだろうか。


「よう、何か言い残すことはあるか?」


 俺は耳をすませて集音しながら問いかけた。

 ただなんとなく聞いてみただけだった。

 だから、まさか返答があるとは思わず、驚いた。


『……評価せよ』

「おえっ?」

『……評価せよ……評価せよ』 


 消えかけの、無機質な声だった。ノイズと同じ場所から響いている。

 アンケートにご協力ください、とでも言いたいのか? イマイチ場違いだ。

 うーん……

 シンプルに答える。


「グッドゲーム」

 

 かつての青春の日々、熱闘のあとには必ず捧げていた言葉だ。 


『……』


 俺の返事は聞こえていたのだろうか。

 マーダーのコアとジェネレータは完全に沈黙し、ビル街には俺の機体のアイドリング音だけが残った。

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