塔登り楽しい:7

「なあルーマちゃん、評価せよって言われたんだけど」

『なんやて?』

「いま、マーダーに聞かれたんだよ。評価せよって」

『はあ? ほんまに? ……うーん、知らんけど、バグやないかな? そいつさんは大昔の警備ロボかなにかで、顧客先からの満足度調査とか……変な機能がたまたま起動しとったんやろ。無視したほうがええで』

「グッドゲームって答えちゃったよ」

『いらんことすなや』


 叱られちゃったので、おとなしく俺の仕事をすることにする。

 強敵を倒したあとは、嬉しいご褒美タイム。戦利品剥ぎ取りの時間だ。 

 マーダーを倒せば、その中から適合するパーツを再利用できる。狙撃兵はアーマーに近い身体をしていたので期待が大きい。損傷したものやマーダーコアに侵食されたものは利用できないが、マーダーコアがあった胴体だけを集中攻撃して撃破したので、残りのほとんどが使えるはずだ。

 その場に工業用アームを解凍──床に突き立てて解体開始。俺の機体は腕がライフル砲になっているので作業に向かない。片腕を工業用アームに換えようかと思ったが、また強敵が来たら不安だ。なのでアームを使い捨てることにした。圧縮結晶の在庫はまだまだあるし。

 狙撃兵はレーザービーム砲と大型アンテナを装備し、全身の各パーツも上等な部品の、隊長機のようなマーダーだった。全身どこが使えても嬉しい。


「ほっほ、大漁大漁」


 結果は上々。

 まず、俺を苦しめたレーザービーム砲がそのまま獲得できた。とてもおいしい。俺の身体からナノメタル触手を伸ばして、軽く回路を読み取ってみたが、戦闘で感じたとおり長距離攻撃が得意な大口径タイプの光熱兵器のようだ。要求EN量が多く、弾薬は必要としないが、消耗する砲身の修復とレーザー触媒のためにナノメタルを消費する。火力を考えるとコスパは許容範囲。一撃の強い武器は便利なので助かる。


 次に、頭部パーツ。カメラやセンサーが高級そうな見た目で、実際性能も良いらしい。情報収集機器は操縦感覚や火器ロックオンなどに影響するので重要だ。保護装甲が頭の形になっていて、旋回のための『首』もある。これまで塔のなかで入手できなかった、ちゃんとした頭部パーツだ。リンピアが欲しがっていたので喜んでくれるだろう。


 両手両脚も回収成功。やや軽量寄りのパーツで、それでいて各所に装甲もある。足首や膝の関節があって人間に近い。雑兵カニ型砲台マーダーに比べると、一回り高性能。完全な上位互換だ。


 次、メインブースタとジェネレータ……半壊していたのだが、ギリギリで修復機能が間に合った。これが回収できたのはデカい。本当にありがたい。

 解析すると、今まで使っていた雑兵マーダー製とくらべて倍以上のスペック差がある。ただ移動さえできれば良い最低限の推進器と、戦闘機動用の差ということか。移動力は戦闘の要……これもリンピアに使わせるべきか? 愛機の赤兎セキトは高機動タイプだったから、使い勝手が近くなる方がいいだろう。


「いや、美味しすぎるな。ほぼ完璧じゃないか?」


 某狩りゲーで例えると、初見撃破でレア素材も基礎素材もザクザク剥ぎ取れて、武器防具ひととおり作れちゃったレベルの幸運だ。

 再利用できなかったのは、破壊した胴体そのものと、大型レーダーアンテナだけだった。アンテナが使えればまた不意打ちをくらう確率を減らすことができただろうが……まあなんとかなるだろう。狙撃兵のノイズは覚えたので、俺が注意していればいい。


 ↵



 狙撃兵と戦ったビル屋上から、ひとつの機体が飛び降り、着地した。膝を曲げつつボシュンと逆噴射して衝撃吸収。完璧なヒーロー着地だ。かつての失敗をもとに大きく改善され、力学的にも美的にも高精度になった機体制御である。


「待たせたな」

『ほう、いい機体になったな』


 俺は新たな機体を操縦してリンピアの場所まで落下してきたのだった。

 この機体、見た目はほぼ狙撃兵そのまま。胴体だけが平たいカニのような雑兵マーダーのものだ。『服』は手に抱えて運ぶよりも『着て』しまったほうがはるかに楽。解体作業をしたその場で換装アセンブルして降りてきたのである。もとのパーツは同じものがいくらでも手に入るので、惜しまず捨ててきた。


「てわけで、はい、コレ」


 俺は機体からストンと降りた。


『……いいのか?』

「雇用主様へのプレゼントだ」


 この機体はリンピアが乗るものとして組んだ。新しく手に入った強いパーツがすべてリンピアのものという偏った結果になったが、平等に分け合うのが最適解というわけでもないだろうし、まあいいだろう。

 そもそもリンピアが愛機としていた赤兎セキトは高機動型なので、やむなく別物に乗っている現状はストレスが大きいだろうということ。だから高性能なブースターをリンピアに使わせたい、ので、軽量高性能な腕脚もあわせ、かつ、新ジェネレーターも使わせ、すると、ビーム砲も新ジェネでなければ運用できないので持たせ、そして、射撃のために頭部も上等なほうが……


 なんだろう、俺、心配性なのか? 最近、リンピアに対してやけに過保護な気がしてきている。実際、あぶなっかしいところもあるヤツではあるのだが。


 しかし機体構築に関しては間違っていないはずだ。とくにこの塔にいるうちは、甘いことを言っている余裕はない。新パーツは新パーツ同士で組み合わせたほうがまとまりが良いのは明らか。そしてリンピアの腕は十分な性能のアーマーでこそ十全に発揮できるものだ。

 俺は現状の半砲台アーマーでも満足している。これはこれでというヤツだ。いざというときアーマーを捨てて逃げるのも、肉弾戦に挑むのも、俺なら可能。まあ最悪の場合にしかやりたくないけど。なんでアーマーという素敵なものがあるのに別の手段で戦わなければならないのか。


「べつに遠慮してるわけじゃない。戦力的にはこれが正解だろ」

「感謝する……『ああ、やはりがあるのはいいな。肩がこって仕方なかったんだ』


 リンピアは笑顔を見せたかと思うと、びっくりするほどの素早さで新機体に乗り込んでしまった。よほど気に入ってくれたらしい……いや、前のが劣悪すぎたかな。頭がただのカメラ台だったからな。

 この世界のアーマーは普通なら神経同調によって動く。操縦者は機体を己の肉体として感覚するが、それゆえに人間の身体との差異が大きいと違和感があるらしい。特に四脚タイプなんかは操作にコツが必要で、慣れないと尻の肉が攣りそうになるんだとか。

 神経同調無しで直接機械操作している俺にとっては無関係なので、やはりリンピアが乗って正解だ。

 

「ホントは、まんまる胴も使いたかったんだけどな」


 下層から持ってきた丸い重装甲の胴体パーツは、防御力と修復力が非常に高く雑兵胴よりも優秀だったのだが。


『いや、胴はこれが正解だろう。機動力が削がれると中途半端な機体になりかねない』


 狙撃兵ベースの機体はやや軽量寄りで、高性能なブースターと長距離武器を備えている。移動しながらロングレンジ戦をしかけるのが基本となるだろう。そこに重量級パーツを入れてしまうとバランスが崩れる。


「そうなんだよな。じゃ、俺が1番機として使うか」

『私が乗っていたのをそのまま使うといい』

「それが手っ取り早いか」


 ということで機体交換となった。

 入れ替わりで乗り込んだコクピットは、リンピアの髪の匂いがする。同じ安物の石鹸を使っているはずなのだが、自分の身体とはこんなに違う匂いになるのは何故なんだろうか。


『なんや、ドキドキしよって。ルーマちゃんの魅力に気づいたか?』


 箱がいた。びっくりした。そういやリンピアの機体にいたんだった。


『ノイズデータはどうなったん? ちゃんと記録しとかんとお金もらえへんよ?』

「ああ、これだけど……」


 箱に手をつけてリンク許可。頭の中でナノメタルが働き、記憶データが参照されるのがわかる。

 俺達のもともとの任務は、危険なマーダーを産み出し続けるタワー型遺跡の機能掌握。もしくは破壊。

 だがマーダーのデータ収集もサブ目標としてあり、新種マーダーのノイズデータなどを提出すれば、ギルドからの報酬が増額される。同型マーダーのノイズは似通っていることが多く、記録しておけば別の場所で似たマーダーが現れたときに探知することができるようになるらしい。


『うーん、まあなんとかなるかな。頼れるルーマちゃんが使い物になるように解析しといたるわ』

「よろしく」


 ↵


 武装トレーラーが爆走する。

 ビル階層は遠くを見渡しても端の見えない異常な広さだ。カニ型砲台マーダーは組織的な追跡こそしてこなくなったが、いまだに大量にいて徘徊している。あてもなく放浪するには危険だが、目的地はあった。ルーマによるハッキングが進んだことで、この階層のマーダーの本拠地が判明したのだ。役立つ箱である。


『さっきの指揮官機からサルベージできたで。どうもこの階層には『工場』があるみたいや』


 俺も機械にナノメタル触手を刺して制御するような真似ができるが、目に見えるものを『動かす』ことができる程度だ。その過程で構造の把握などはできるが……データキャッシュや通信網の解析するようなことはできない。箱が居なかったら今回の任務はどうしようもなかっただろう。


「工場……つまりそこを潰せば、ここのマーダーたちも少しは減らせるか?」


 ここのマーダーからはパーツがよくとれた。マーダーコアの浸食が少なく、無事なパーツが多かった──マーダーの素体となった機械が製造されて間もなかったということだ。工場から大量生産され、次々と俺達へ送り込まれていたらしい。どおりで倒しても倒しても減らないわけだ。


『せやね。あと上につながるエレベーターの場所もぶっこ抜けるんちゃうかな、重要拠点やから手がかりあるやろ』

『それは助かるな。もうここはうんざりだ、広すぎる』

『次元屈折して積層しとんやろな』

「屈折?」


 次元屈折というのは圧縮技術の同類らしい。圧縮が『縮小』であるのに対して、屈折は『折りたたむ』……このビル階層は、およそ4つ分の階層が螺旋階段状につながって広大な空間になっていると推測できるそうだ。縦長のタワー型遺跡なのに、やけに横長な階だと思っていたが、ねじれて丸まっていたのか。


『つまり、ここを抜ければ一気に登れるということだな』

「……へー、そうか、がんばろう」


 たまに忘れそうになるが、俺達は遭難状態の2チームを救出しなければならないのだ。がんばろう、貴い命を救おう。


 ↵


 工場は極太のビル──というより巨大なビルが横に倒れたような見た目だった。この階層はコピペのようなビルばかりだが、工場まで似ている。

 ここに到達するまでには多数のマーダーを相手にする必要があった。やはり重要な拠点であるためか、警備するかのように一定範囲内を巡回するマーダーたちがいたのだ。

 だが、性能の上がった機体を駆るリンピアの相手にならなかった。


『なかなか良いな。セキトとは違う高機動型だが……インファイトではなくロングレンジのヒットアンドアウェイか。これも悪くない』


 マーダーの一団を倒し終えたあと、リンピアが冷却熱で陽炎をまとうビーム砲を構えながら言った。


『これなら塔の攻略もはかどりそうだ。ジェイ、この子の名前は?』

「んー、じゃあ『ピアサー』で」


 ピアサーの全体性能は、ジャンク街基準で言えば中の上。安全性の低い軽量機は不人気だが、俺の愛機ロックフェイスよりも高値をつける店もあるだろう。特筆すべきは大口径ビーム砲、大容量系ジェネレータ、高推力系ブースター。軽量フレームなのもあって、移動しながらの狙撃を繰り返す長距離戦機としてまとまっている。現状、ビーム砲以外の装備が無いのが寂しいが。

 リンピアは新しい機体を何の問題もなく使いこなした。1射につき必ず1匹以上を仕留め、ブーストジャンプで身をくらまし、再び砲撃……その繰り返しであっさりと警備陣を壊滅させた。俺はリンピアが動きやすいように前に出て撹乱していただけだ。


『だが、ここから先は屋内戦か。ピアサーの強みが封じられることになる。どう攻める?』

「そうだな……」

 

 機嫌の良いリンピアはひとりでも制圧してしまいそうだったが、俺に意見を求めてきた。

 うーん、ここって工場なんだよな。敵地ではあるが、内部まで警備がギッシリということはないだろう。いるとしても少ないはずだ。

 工場かあ。

 俺、工業製品が製造されていく過程の動画とか、好きなんだよなあ……


「よし、リンは待機して休め。俺が潜入調査してくる」

『うん? まあいいが……ずいぶん慎重だな』

「当然だ。情報は作戦の要。石橋は叩いて割ってダムにしろ。あの工場の中はでっかいパーツがゴウンゴウン動いているはず、危険だ。アーマーにもなるマーダーの部品がガシャンガシャンと作られているのだろう……巨大な鉄の塊が計算された秩序のもと整然と並んで構築されていく……危険極まりないな……隅から隅まで調査してすべての秘密を暴いてやらねば……」

『……早く戻れよ。寄り道はほどほどにな』


 リンピアはため息をついて、機体に待機姿勢をとらせた。


 ↵


 リンピアと箱を置いて、機体を降りた俺ひとりで迅速に工場へ。

 正面玄関。長方形のシンプル建造物の中央にある扉から入ると、内部は質素ながらも普通のエントランスらしき空間だった。ほかのビルは空っぽの骨だけだったので、中身があるのは少し意外だった。人間が座るような受付カウンターなどは無いが、オートメーション化の進んだ無人施設と言われれば前世地球でも納得しそうな雰囲気だ。照明もついている。

 どこから行こうか悩む間もなく、近づくものがあった。


『ようこそ、見学者様ですね。お待ちしていました』


 それは美しく愛想のよい女性……の顔をディスプレイに映したドラム缶のようなロボットだった。

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