楽しい塔登り?4
脚を《全力稼働》……筋肉が断裂する勢いで地を蹴り、コンクリートの柱を遮蔽にしながらマーダーへ接近。
弾丸のように懐へ飛び込み、コア目前まで潜り込む。
そして圧縮結晶を解凍し、切り札を取り出した。
アーマー用リボルバーハンドガン、LOTUS 45c……通称「レンコン」と呼ばれる普及品。使用弾薬は定番の45級弾。オーソドックスな拳銃型兵器を軽量・短銃身化、グリップも折りたたみ式フレームにしたモデルで、予備武器としての携行性が極めて高い。
リンピアに購入してもらったそれを、俺はずっと圧縮したまま持ち歩いていた。
アーマーに撃たせるためではなく、俺自身が使うためだ。
「《接続・発射》」
心臓からナノメタルを介して
直撃。人間が扱うにしては規格外の火力が、一撃でマーダーのコアを破壊した。
衝撃波と破片が降りそそぎ、俺の肌を切り裂く。鬱陶しい。痛みはどうでもいいが、血を無駄にしたくない。肌をナノメタルでコーティングする。
ヂヂヂヂヂ と他のマーダーが唸る。動揺しているのか、それとも誤射防止識別によって俺を攻撃できないことに苛立っているのか。
その隙を逃しはしない。
リボルバー砲を強化筋力で振り回す。アーマー用の小型拳銃は、人間が持つと冗談のようなサイズの
機械的な素早さでリボルバーカノンを照準。
次のマーダーを撃ち抜いた。飛び散る破片がナノメタル鎧をガンガン叩く。
射撃反動を抑え込む。人間など軽く吹き飛ばす衝撃を地面に逃がす。体中にナノメタルが入ったせいで体重が数倍増加しているが、それでも飛びそうだ。抑えきれない分は無理に逆らわない。後方へ跳んで回避行動へ転用する。
敵マーダー、残り2体。
ようやく俺を捕捉しはじめたが、遅い。
アーマーの火力を持ちながら人間のサイズで動き回る俺を、全く捉えきれていない。足元まで潜り込んでくる相手への思考処理は用意されていないのだろう。
コンクリートの柱へ垂直に着地、三角飛び。
再び誤射範囲内にもぐり込み、砲撃──撃破。
見失うマーダーの装甲上に立ち、撃ち下ろす──撃破。
全機沈黙。
だが周囲警戒を続行する。
こいつらの駆動音は覚えた。もう不意打ちなどさせない。耳をすませて聴覚神経信号を解析。
新手は……
足音。だがこれは、人間のものだ。
「ジェイ無事か、大丈夫か」
リンピア。小型生物。識別は、
戦闘終了と判断する。
↵
俺はようやく人間に戻った。
戦闘状態からクールダウン。警戒機能を残して思考速度を通常状態へ。
「おいどこか痛いのか? 見るからに……」
「リンこそ大丈夫なのか、怪我は?」
「私はなんでもない。ちょっと箱とぶつかって、アゴにいいのをもらっただけだ。勝手に置いていくな」
そうか、箱を固定するのを忘れていた。あんな機動をしたらコクピット内を跳ね回るに決まっている。俺のせいだ。
「おまえ、こんな銀まみれになって……これはくっついているのか? 甲殻?」
「これは装甲だ。自分でやった。そのままにしてくれ」
人間の身で中型機械の戦闘に耐えるため、リボルバーを抱える右半身を中心にナノメタルの鎧に覆われている。
体内にはナノメタルの金属筋肉が混入している。痛いどころではない。とっさのことだったので主要筋肉を強引に貫通しており、動くたびに肉と銀繊維が摩擦しあっている。ブレインエディタで痛覚フィルタしなければ耐えられたものではなく、それでも不快な神経信号が脳をかきむしる。
だがこの程度安いものだ。俺の失敗を取り戻すためなら。
「……おいジェイ、こっちを見ろ」
急にリンピアが両手で俺の頬を掴み、強引に目を合わせた。
瞳が至近距離から覗きこんでくる。
「おまえ……もしかして落ち込んでいるのか?」
落ち込んでいる。そうなのかもしれない。前世では馴染みの感情。この世界では地上初日にニールさんとヴィン婆さんを犠牲にしてしまったとき以来の沈鬱だ。
「おまえもこれくらいの事で落ち込んだりするんだな」
「だって、かなり危なかっただろう。今のは」
「たしかに少し手強かったな」
「少しか」
「この程度のアクシデントなど、ディグアウトならよくあることだ。攻撃的すぎる兵器クラスだったが……まあおまえは倒したじゃないか。ヘンテコアーマーで1機倒すどころか、生身で4機相手を制するなど、緋金勲章にすら余る武勇だ」
「ひきんか。そうか。」
リンピアは小さな手で俺をパンパン叩いた。触診……いや、俺を励ましているのか。
「ふむ、ハンドガンを生身で放つとはな。まるでおまえがアーマーそのものではないか。ほら、自分自身がアーマーになった気分はどうだ」
「俺がアーマー……」
「とある都市では義肢技術が発達していて、腕の機械化や武器化が人気だと聞いたことがある。そこへ行ってみるのも楽しいかもな」
「そうか、俺自身がアーマーか……」
ドシンドシン と足音がした。
一瞬警戒するが、壊れかけの鈍重なアーマーの音だ。カニ型砲撃マーダーのものではない。
『おふたりさん、お元気でっか?』
ボロボロのタコアーマーと箱だ。俺の簡易命令で逃走させていたのが戻ってきた。箱はアーマーを動かせたのか。いや、整備用の徐行機能で歩かせているようだ。
リンピアは飛び降りて走って俺のところまで戻ってくれていたんだな。
「ほら、おまえの相棒も戻ってきたぞ」
タコアーマーはボロボロだ。6脚の後ろ脚はほぼ損壊。関節を限界解除した多関節腕はビロビロに伸び切って千切れかけ。工業用アームは戦闘に耐えられずショートし煙をあげている。
だが意外にも丸い胴体は軽傷だ。コクピットが歪むほどの砲撃を受けたはずだが……修復された形跡。自動修復力が高いのか? 直撃を受けても耐えていたし、防御力と修復力に特化した重量級ということなのか。優秀なパーツなのかもしれない。
「ほら、ここにはお前の大好きなアーマーパーツがたくさんあるぞ。好きに組むといい」
そうだ。兵器クラスの中型マーダーを5体も倒した。公園の不思議生物なマーダーではない、兵器らしいマーダーだ。ちゃんとした武器パーツもある。内装パーツにも期待できる。
もしかして、組めるのか──ちゃんと戦えるアーマーが。
↵
カニ型砲撃マーダーからは有益なパーツがいくつもとれた。
まず胴パーツ。平べったい形をしている。戦車を横に広くしたようなイメージだ。幅はあるが薄いので、分類としては中量級。平凡だが必要十分な物理装甲型だ。正面面積が小さいのは、射撃戦での被弾率を低下させるという点で優秀だ。
砲台が乗っていた上部が頭部ジョイントになった。左右の脚が生えていた場所は腕部ジョイント。両肩から左右へ脚が生えていたせいでカニの見た目をしていたらしい。未使用だったが脚部ジョイントも下にあった。
重要なのは、この胴の中に
脚パーツ。1体から2脚パーツが2つもとれた。分類は中量級。とてもシンプルな見た目をしている……悪く言えば雑魚ロボットの脚。それでも最低級よりはるかにマシだ。
重要なのは『脚部スラスタ』がついていたこと。脚部スラスタとは胴体のメインブースターとは別に、脚に埋め込まれている小型ブースターだ。これが有るのと無いのでは機動力が段違いだ。主に姿勢制御やブレーキ・着地のためのものだが、熟練者なら推力に上乗せして利用できる。最下級にはこれが付いていないから非常に辛かった。
そして武器パーツ。マーダーが頭として載せていた砲は、『武器腕』になった。
武器腕は腕と武器を一体化した特殊パーツだ。腕部フレームを省いて武器を直接胴体につけることで軽量かつ大火力を実現する。反面、関節が減るため照準性能が下がり、腕部装甲も消えるぶん耐久性低下。ゲーム内ではハイリスクハイリターンの玄人向け装備という扱いであることが多かった。
この武器腕は両腕あわせて二連ライフル砲となった。使用弾薬はロングソードライフルと共通。ナノメタルから炸薬を精製して追加装填し、強装弾として撃ち出す機構となっている。連射力も高く使い勝手が良い。手持ちの弾薬が使えるのはとても助かる。
回収できたものと合わせてライフル弾は約1200発になったのでどんどん撃ちまくれる。追加炸薬の素材として消費するナノメタルも、マーダーから回収して補充できたので在庫十分だ。
もう我慢ならない。さっそく組み立てに取り掛かろう。
リンピアと箱は新しくマーダーが寄ってこないように欺瞞工作をしてくれた。もう使わない最下級脚に箱が欺瞞信号をほどこして、地下鉄の路線のはるか彼方へ自走させた。『人間の気配』を撒きながらキャパシタが尽きるまで動き続け、囮になってくれるらしい。
元相棒の下半身がスタコラと闇のむこうへ去っていくのを敬礼して見送りつつ、俺は新たなる相棒の転生作業を進めた。
↵
そして小一時間後。
「できましたよ。新機体『ガンボール』でございます」
なんということでしょう。あの丸々とした胴体を支えていた骨のように貧弱な脚は、質素ながらも確かな健脚に変わりました。もう膝の痛みに悩まされる生活とはおさらばです。
丸々とした胴はそのままですが、ジェネレータとブースターという必須装備が揃いました。操作性、生存性、機動力はもはや別物です。
ビロビロと無駄に長く伸びていた腕も、強装ライフル砲へ早変わり。これでもう、手の届かないところから一方的に撃たれるということはありません。
腕部装甲の補足としてナノメタルによる『肩当て』を追加しています。これで側面からの攻撃が胴体を直撃することは避けられるでしょう。砲身も覆っているので攻撃能力を保護する役割も期待できます。
「なんというか……丸い砲台だな」
「そうですね、目玉オヤジにちょっと似てます」
「それは知らないが。まあこれでもマシか」
「お気に召しましたかリンさん」
「ん? 私?」
「はい。これがあなたの新しいお友達ですよ」
これはリンピアを搭乗させるために組んだアーマーだ。防御力の高い丸胴パーツは断固としてリンピアに使わせる。今までは1機に二人乗りしていたが、2人のドライバがいるのにそれぞれに機体を用意しない道理はない。
「……そうなのか。……そうなるのか」
「好き嫌いはいけませんよ?」
「……わかった。だが、せめて頭パーツを付けてくれないか。同調が難しくなる」
「あいにく頭パーツは無つからず……」
『そんならな、カメラやセンサーをそれっぽくまとめて、頭部ジョイントから接続したらえーで。それで認識が通るはずや』
「マジで?」
壊れて使えなかった武器や胴体から、照準センサーや内蔵カメラ類を引き抜き、ナノメタルでひとまとめに固めて、胴体上部のジョイントにつなげた。なんとこれで頭パーツになってしまった、らしい。
頭部は元からアーマーパーツとして製造されたもの以外は、手作りされることが多いのだそうだ。言われてみればたしかに『ロボットの頭です』というパーツはマーダーの体からはあまり見つからない。
……どうにも、アーマーパーツというのは『アーマーとして組み立て可能な機械』ではなく、『人間がアーマーとして操作認識できる機械』と言うほうが近い気がしてきた。まあ今は細かいことはいいか。
うーんしかしさっきまでは『丸っこい砲台』というフォルムでカワイイ系に見えなくもなかったのだが……
『頭』を乗せると、とたんに『デブ腹』のイメージが強くなってしまった。
リンピアも「なんか見た目悪化したな……」という顔になっている。
「おまえのほうはどんな機体をつくったんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。ご覧ください。デスパレードでございます」
マーダーが乗ってきたコンテナの上に、3機のアーマーが座っていた。使用可能なパーツを全て使用して組み上げたものだ。胴パーツが平らなカニ胴である他は、リンピアに渡したものとほぼ同じ。軽量脚と武器腕。頭パーツは無い。
脚を折りたたむと体高がとても低くなり、胴が直接コンテナ車両に乗っているように見える。
「……私のとは胴が違うだけか。しかし3機も作る必要はあったのか?」
「ノンノン、これは3機まとめて1つの作品でございます」
「なに?」
「ゴー、デス・パレード《死の行進をゆけ》」
レールの上でコンテナ車両が動き出した。
その上のアーマーがグリングリンと腕砲を動かす。
それはまるで列車に搭載された砲塔だ。合計6門の高火力ライフル砲搭載車両。
「
「ほう。3機同時に操縦しているのか?」
「いえいえ、私が操作しているのは上半身だけ。さすがに3機は無理でございます。しかし『砲台3基』であればこのとおり」
「ふうん……でもこれ、レールの上しか移動できなくないか?」
「あー……いえいえ、このとーりこうしてですね、ナノメタルで新しい路線をつくって、ですね。そう、これが無限軌道……無限軌道ってこれで意味合ってるっけ?」
「それに結局、またアーマーから脚を踏み外したな」
「戦闘列車はロマンだ。それになんかあったら立たせて普通のアーマーとして戦わせるのもできるし。3機分持ち運んで予備として使えるんだぞ、便利だぞこれ。移動基地からの発進だよ発進」
フフ、とリンピアが笑った。
「元気は出たようだな」
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