楽しい塔登り:3 レベル上昇

 貧弱な脚、丸々と太った胴、ビロビロの腕。

 俺はそれを工業用アームで強化することにした。

 ここにいる殺人機械マーダーからは武器パーツを回収できず、身体フレームパーツだけで戦っている。体当たりや蹴りが主兵装だ。しかしそんな派手な動きをすると脚がすぐ折れてしまう。

 だから脚を増やした。

 前進アクセル後退ブレーキ用に1本ずつ生やしたことで、6脚型になった。

 あと、なぜか右腕のパーツしか手に入らないので、左腕も工業用アームで作った。

 結果、丸々とした胴パーツに細い手足が増えて、タコの成り損ないのようになってしまった。小学生の図画工作かな?


「これは……アーマーと呼べるのか? おまえはこんなものでも満足できるのか?」

「それを言われると辛い」


 さすがにこれはアーマーと呼べない。素材不足から苦し紛れに産み出された何かだ。キモかわいいとすら言い難い。

 だけどなあ。この階層にいるやつら、そもそもまともなパーツを持って無さそうなんだよな。二脚ノコギリ、ビロビロイモムシ、ゴロゴロ転がるやつ……それだけしかいない。

 唯一まだ手に入っていないもので有用そうなのは、二脚ノコギリの頭部のノコギリ。だがその肝心なところにマーダーコアがあり、コアを破壊するといっしょに壊れて使用不能になってしまう。これまで会ったやつら全員そうだった。

 こうなっては仕方ない。


「よし、早く上層へ向かおう。尊い人命を救わなくては。エレベーターにトライだ」

「いきなりやる気になったな」


 とっとと上層に進み、新しい敵から新しいパーツを奪う。これしかないだろう。

 これがゲームなら序盤の敵から低確率でドロップする強パーツを夢見てマラソンし、小数点以下の確率を追い求めるのもやぶさかではないが、ここは現実。リンピアを見つけて一段落した気分になっているが、まだ2チームが行方不明のままだ。

 B級ディグアウターが複数人で固まっているだろうからなんとかやっているだろうが、無駄に待たせるのも良くない。

 

 ↵


 上層に移動可能なエレベーターは巨大ロードローラーに守られている。

 こちらの機体が力不足である以上、まともに戦闘して撃破することはできない。

 なんとか隙をついてエレベーターに乗り込むしかない。脚力を増設したアーマーならそれも不可能ではないだろう。

 問題は持ち場から離れないというヤツをいかにして刺激し、誘導するかだ。

 ……と、思っていたのだが。


「こいつ……敵対してこないのか?」


 試しにいつでも離脱できるよう慎重に接近してみたのだが……

 近づいても、こちらを見もしない。

 エレベーターのある太い柱の周囲を、ぐるぐると回りながら整地しているだけだ。


「セキトで攻撃したときはこちらを認識していたが……」

「攻撃しなければ反応しないのか? どういうマーダーなんだコイツ」


 すると箱がピカピカ光って言った。


『どーやらこの子は、普通の機械みたいやね』


 普通……そうか、マーダー化していないのか。

 改めてよく見ると、巨大ロードローラーにはどこにもマーダーコアが無い。

 流体金属アメーバのような寄生体も、融合した別の機械も無い。キレイなロードローラー単品だ。


「というか、マーダーってどうやって生まれてくるんだ?」

「生産施設そのものが異常化していることが多いから、最初からマーダーとして生まれてくることがほとんどだ。普通の機械も取り込んでいくから、街の外で機械を見たらマーダーと思え。正常なヤツは珍しいな」


 巨大ロードローラーにはこの階層の雑魚マーダーでは歯が立たず、侵食されずに正常なまま生き残っていたというわけか。

 見ている間にも、地面を無意味に削ろうとしていた二脚ノコギリに急接近して踏み潰し、平らにしている。地面を均すということだけに執心しているようだ。荒らすような真似をすれば敵対してくるのかもしれない。

 できればこの巨体からアーマーパーツを頂戴したかったが、無闇に刺激するのはまずい。ここの階層では機体強化が叶わなかった。デスワーム戦のときのようにメタルガシャドクロを造れば倒せはするだろうが、工業用アームを大量消費するうえに俺が力尽きる。スルーすべきだ。


 2人と1箱でタコアーマーに乗り込み、できるだけ静かにエレベーターへ向かう。

 整地されている範囲内に踏み込むと、ロードローラーのカメラが回転し、こちらを見た。

 緊張。丁寧に丁寧にアーマーを歩行させる。地面を傷つけないように。

 くそ、アーマーと工業用アームを同時操作するのは負荷が重い。制御系が異なっているせいだ。2つのコントローラーで1機を操作しているようで混乱する。……いや、アーマーの脚をメインに動かせばいいのか。工業用アームの脚はあくまで補助と体重分散。バランスをとるだけと考えよう。

 ついにエレベーターに到着。

 内部に入ると、ロードローラーのカメラは興味を失ったようにそっぽを向いた。

 ふうやれやれ。スルー成功だ。

 ゲーム序盤ではまず倒せない敵をどうにかして倒してしまう、というのも楽しかっただろうが……まあ仕方ない。良いゲームならちゃんと報酬が用意されているが、現実は徒労に終わるだけだろうし。自分を納得させた。


 ↵

 

「ルーちゃん、どうだいけるか?」

『制御権を一部奪取。いけるで。ひとつ上までの片道切符やけど』


 エレベーターは広かった。アーマーでも余裕で入れる大きさだ。

 ゴウンと動力音がして、重力を感じると同時、滑るように上昇を始める。

 どれくらい時間がかかるだろうと思っていたら、突然、壁が透けた。ただの柱だと思っていたエレベーターシャフトだが、内部からは外が見えるらしい。薄暗い巨大公園が一望できる。サービス精神旺盛だな。

 上から見ると、あのロードローラーが整地している範囲がよくわかった。マーダーによって荒れているエリアと整地されているエリアは線を引いたように一目瞭然で、範囲内は神経質なほどなめらかに平らにされている。なぜか『檻の中の熊』を思い出した。檻に閉じ込められて育ったとある熊がいて、大人になってから広い外に出されたが、グルグル同じ場所を歩き回るだけ。踏みならされた地面はかつての檻とピッタリ同じ大きさだったという話だ。どこで聞いたんだったか。

 またここに来ることがあったら、アイツを破壊しようか。それともこの階層すべてのマーダーを破壊して更地にしようか。なんとなくそう考えた。


『そろそろ上に着くで』


 外が見なくなった。公園階層の天井──上階の床に入ったのだろう。

 速度が緩まり、浮遊感が生まれる。駆動音が低音になり、そろそろ停まりそうだ。


「なあ、これエレベーター降りた瞬間って危なくないか?」

『大丈夫やで。エレベーター周辺は重要保護対象になっとるから、機械をとりこんだマーダーも影響を受けて攻撃はしてこんはずや』

「へぇ、そうなのか」

「私の経験でもそうだな。移動施設の周囲をうろつくマーダーはいるが、移動手段そのものを破壊するようなマーダーは見ない」


 それは助かる。こんな逃げ場のない空間に待ち伏せされてはキツイ。

 それでも警戒はしておく。

 現在、タコアーマーに2人と箱が乗っている状態だ。戦闘モードは起動できていないので防御力は胴パーツに頼るしか無いが、素早く降りることはできる。なにかあったらアーマーを盾にして逃げるのが最善か。

 まあ念の為のプランだ。俺はもう2度と相棒を犠牲にしない。


『チーン』


 箱が自分で到着音を鳴らした。

 エレベーターが完全に停止し、扉が開いていく。

 この階層はビルなどの建造物が多いようだ。

 

「ここは……居住エリアみたいな?」


 タコアーマーが1歩、外へ踏み出した瞬間だった。

 ズドンと音がして、アーマーが揺れた。

 コクピットが歪む。衝撃で全身がシェイク。攻撃。撃たれた。

 砲撃だ──

 遠距離攻撃を受けている──


「《装甲・解凍・補強》ッ!」

 

 俺は一気に回路を全力起動した。脳内に火花が飛び散る。口の中に鉄の味が広がる。

 損傷した胴パーツに表面装甲。ナノメタルタンクから放出された銀が外部装甲を鎧のように上書きしていく。内側も補修だ。俺の腕からナノメタルが大量出血のように噴出し、コクピット内へ蜘蛛の巣のように柱を多数交差して強度回復を図る。

 並行して、工業用アームを垂直方向で何本も解凍。攻撃方向へ対する障害物とする。ナノメタルで繋ぎ合わせて壁にする。

 ガツン──もう一発もらった。かすり傷だ。

 バキンバキンと、工業用アームの壁が砲撃を受ける。何発耐えられるか。 


「くそ……エレベーターだ、エレベーターを盾にしろ! エレベーター本体は攻撃できないはずだ!」


 リンピアが叫んだ。確かに攻撃を受けたのは外へ出た直後。扉が開いた瞬間、内部にいる時ではなかった。エレベーターは巻き込まないはずだ。信じるしかない。

 ぐるりとエレベーターの後方へ逃げ込む。

 しかし、悪寒──

 つい先程かすかに感じたもの。

 センサー照射だ。射撃兵器のセンサーを向けられている。

 別の敵──それも、複数いる。


「リン、伏せ……」


 衝撃。被弾した。

 やばい。逃げるしかない。

 周囲はエレベーターの柱を中心とした広場だった。周囲にあるビル群の中へ逃げなくては、狙われ続ける。

《機械信号:全力稼働》

 タコアーマーの後ろ脚がミシリと音を立て、制限以上の脚力で地面を蹴った。

 ガツンガツンとまた被弾。直撃ではないが、コクピット内がミシミシと嫌な音をたてる。

 ビル群隙間の道に転がり込んだ。

 ドシンドシンと重量物がジャンプする音がする。ブースタの噴射音もだ。追ってきている。


『地形解析! むこうに地下いける穴あるで!』

「でかした!」


 とにかく狙い撃ちされ放題の状況から抜け出さなくては。

 都心のビル街のような光景。そのなか、地中へ続く通路があった。地下鉄への入口に似ている。そこへ滑り込んだ。

 暗い。この胴パーツにライトは……あった。点灯。


「ここは……地下の操車場?」

 

 地下空間は地下鉄に似ていた。だが横に広い。いくつもの路線が走っている。

 コンクリートのぶっとい柱がいくつも立っていて……

 その影から、ヌッと姿を現した。

 敵。マーダーだ。

 背が低く横に広い。カニのような見た目だ。肩からは腕ではなく大型射撃兵器が生えている。砲撃系の中型……明らかに兵器用だ。 

 ここにも敵。

 だが1機だ、やるしかない。

 撃たれる──

 瞬間、再び《全力稼働》。後ろ脚がベキリと壊れる。

 脚を犠牲にして爆発的に接近。このアーマーは格闘しか攻撃方法が無い。

 腕が届くにはまだ足りない──だから届かせる。

 関節延長ボルトロックオープン……ビロビロ腕に設定されていた強度確保のための稼働上限を解除。ズルリと伸びる。

 胴パーツも制限解除。操縦者同調のための角度上限を無視して、腰からグリンと上半身を回転。

 多関節腕をムチのように振り、ぶち当てる。マーダーが体勢を崩した。


「まだまだァ!」


 見えた、コアだ。背部、カニのケツのような場所に銀の心臓。

 さらに攻撃。残った4脚の後ろ脚で立ち上がり、前両足で体重を乗せた蹴りを放つ。マーダーが完全にひっくり返る。平らな身体のせいで、もうまともに身動きできていない。

 アームの腕で止めを刺す。銀の心臓が潰れ、マーダーは停止した。


「やっと……」

『ジェーやん、また来るで!』

「マジかよ!」


 幾本もの路線が連なる広大な地下鉄。

 闇のむこうから、レールに乗ってコンテナのようなものが走ってきた。

 こちらに接近しながらコンテナが開いていく。

 そこには4体のマーダーが乗っていた。たった今倒したヤツと同じ機体だ。

 厳しい。倒せるだろうか。アーマーは耐えてくれるだろうか。いやいける、俺と相棒なら──


『りっちゃんもヤバイで!』

「えっ」


 その時、俺はようやく、気づいた。

 リンピアが負傷している。

 頭から血。目が虚ろだ。失神している。

 俺はやっと理解した。俺のせいだ。俺の操縦のせいだ。アーマーを激しく動かしすぎたせいだ。配慮しなかったせいだ。操縦に集中しすぎたせいだ。急加速のせいだ。胴を回転させたせいだ。乱暴すぎる操縦がリンピアを傷つけたのだ。

 俺が戦いを楽しんだせいだ。

 頭のどこかで、芯が冷えた。

 切り替える。


「箱、リンピアを守れ。《行け》」


 俺はアーマーを。リンピアと箱を残して飛び降りる。

 アーマーには簡易命令を与えた。

『レールに沿って走れ。コクピットを振動させずに』

 ボロボロのアーマーが逃げていく。新手が来たのとは反対の方向へ。

 見送ってから、敵に向き合う。

 カニのような砲撃型マーダーがコンテナから降り、こちらを見る。

 悪寒。予兆。射撃センサーが照射される感覚。

 俺は切り札をきった。

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