楽しい塔登り:2
ちょっと張り切りすぎた。
4体1の戦闘が過負荷となったようで、相棒が致命傷を負ってしまった。脚と胴と腕、3パーツのうち3パーツが壊れてしまったのだ。全身強打だ。
「相棒!! 生き返ってくれ!!」
戦闘の結果手に入れたパーツを傷口にあてがい、必死の蘇生を試みた。幸いなことに、使えるパーツが3つも取れたのだ。
破損パーツを捨て、新しいパーツに取り替える。つまりは全身交換なのだが。
相棒は再び動き出した。先ほどまでと全く同じ、ブサイクな姿だ。
「生き返った! さすがだ俺の相棒!」
「……それは生き返ったと言えるのか?『ラルセスの継ぎ接ぎ』って知ってるか?」
リンピアが不満顔だ。
いいんだよ俺の中では生き返ったことになったんだよ。ナントカ継ぎ接ぎってのは『テセウスの船』みたいな意味のことかな。いいんだよこれがアセンブルだ、これがアーマーだ。
「ジェイ、そんな乱暴な操縦ではパーツがいくらあっても足りないぞ」
「うーん、そうなんだよなあ」
最下級脚は性能が悪すぎる。耐久性が低く、馬力が無い。だからまともに戦おうとするなら俺の回路でブーストして稼働させなければならないのだが、そうすると負荷が高くなりすぎてすぐ壊れてしまう。
ちょっと考えないといけないなあ。
↵
落ち着いて出直すことにした。ドーム型遊具の仮拠点に戻る。
時間帯は夜になっている頃だった。塔の中なのでよくわからなかったが、睡眠もちゃんととらないといけない。
晩飯の圧縮食料が半ば解凍されかけていた。クリスタルが薄いビニール袋のように膨らみ、中身がうっすら見えている。待つのはもどかしかったので俺の回路で解凍してしまうと、ポンという音とともに元の大きさに戻った。
パンケーキの包み紙と肉スープのパウチ。パンはほどよい甘さがあり癒やされる。スープも栄養満点な味で満足だ。時間も凍結されているおかげで温かい食事ができるのがとても助かる。
安物レーザーソードで焚き火をおこす。
キャンプ気分に浸りながら状況を整理することにした。
ここらでひとつ、俺の所持品、俺にできる事を整理しておくことにしよう。
まず所持品。
今回のディグアウトにあたって用意した物資はほとんど圧縮結晶として持ち込んでおり、俺の特殊回路によって体内保管されている。カモメチームに『携帯型圧縮庫を持っている』と伝えたのはこれを使うつもりだったからだ。
食料……時間解凍設定にしたものが2週間分、通常の半永久圧縮が1ヶ月ぶん。まあまあ余裕はある。
それに加えて、普段から細々と自力で圧縮してきた軽食が、合計でもう1週間ぶんくらいにはなるだろう。俺は『両手で包みナノメタルで満たす』ことで圧縮ができる特殊回路を持っている。同体積のナノメタルを消費するため使い勝手はやや悪いが、ナノメタルは血液と同様に少しずつ回復するため、余裕のあるときに圧縮していたのだ。作りすぎてしまったパンとか、キリよく箱に入り切らなかった糧食とか、1つだけ余ってリンピアと喧嘩になりかけたオヤツとか。
水は『無限水筒』を1人1本持っている。鉄の500mlペットボトルのような見た目の普及発掘品で、電子マネー
つぎにアーマー用資材……燃料棒とナノメタル。
燃料棒は戦闘モードで200時間活動可能なぶんを圧縮して持ってきた。燃料切れで痛い目を見たせいもあって多めだ。燃料棒を作り出す圧搾機は、嵩張るうえに虫が相手ではないので置いてきている。アーマー本体を燃料満タンにしてから来たので余裕だろうと思ったが、現在2機とも使用不可になってしまった。これから救助する2チームに分け与えることになるとしたら厳しいかもしれない。彼らも自前の予備燃料を用意してはしてはいるだろうが……上層へ向かう途中で、機械どもから可能であれば回収していくべきだろう。キメラ蟲と違って、機械からは直接燃料棒がとれることがある。
ナノメタルも同様に余裕を持って持ち込んでいる。アーマーが2回は大破しても全身修復が可能な量だ。ただし
むしろ俺自身の特殊回路を存分に稼働させるために、輸血液のように使うべきかもしれない。強い回路を実行するとナノメタルが消耗するからだ。
また、人間の体内のナノメタルは水分・栄養分へ自然に変換されていく。もし長引いて食料が枯渇しそうなら、普通の食料はリンピアに渡して俺はナノメタルを飲むことにしよう。
武器弾薬……アーマー用ハンドガン1丁とその弾薬50発。そしてロングソードライフルの弾薬だけが800発。
800発という量は、前世のゲーム内であれば強敵と連戦すればすぐ無くなってしまうイメージだが……これも雑魚から回収していけばなんとかなるだろうか。
ハンドガンは考えがあるのでしばらく使わないつもりだ。どっちみち単品だと火力不足な兵器なので、ロングソードライフルを
人間用武器は、リンピアが拳銃を持っているくらいだ。あとは作業用を兼ねた投げナイフを数本携帯しているらしい。着替えのときチラッと見えてしまうことがある。リンピア本人の身体能力が高いのもあり、金を使って個人用装備を固めることはしてこなかったようだ。そろそろ何か強力なのを買わせよう、俺の安心のためにも。
俺の得物は安物レーザーソードだけ。出力が低すぎてライター代わりにしか使っていないが。アーマーのために金を使いたいし、安物の武器よりも適当に拾ってきた鈍器のほうが役立つので、買い揃える気が起きなかった。あとでまたそこらへんを探して、今回の冒険の『聖剣』を見つけておこう。発掘品由来の鉄筋なんかが理想だ。この前リンピアに見られて「棒を集める犬みたいだな」と言われたが、放っておいてほしい。
で、これらの物資をもとに俺は何ができるか。
俺は地下で大量のナノメタルを摂取したせいなのか8コアボディのせいなのか、回路スコアが異常でいろんなことを実行できるが、最近は落ち着いてきた。デスワームの時のように継承する場合を除いて、ここからさらに新しく『目からビーム』とか目覚めたりはしないと思う。
ちょっと整理しておこう。
大量の元素転化系・肉体管制系回路によって、俺は肉体のほとんど全てを自由に操ることができる。フィクションに登場する気功の達人みたいなかんじだ。ナノメタルをタンパク質や水分・栄養などに変換して、筋力や持久力を強化。本来は無意識に生理的反応で働く臓器を、意図して制御。ナノメタルを適量摂っているかぎり、俺が体調を崩すことは無い。
運動神経も抜群だ。ナノメタルが神経信号を伝達することで、天然の神経よりも大幅に高い反応速度。そもそも脳の処理速度も早いから、ハリウッド映画のアクションシーンのようなことが練習無し一発でできる。
錬銀術系……ナノメタルそのものを粘土のように操ることができる。さすがに電子機器のような複雑な形成は無理だが、単純な形なら自由自在だ。体内から放出したナノメタルを使うが、永続的に硬化させたり大規模操作をしない限りは、再吸収も可能。新しく飲んで補給してもいい。アーマーに乗っているときは内蔵タンクのナノメタルも利用できる。接着剤にしてよし、武器にしてよし、鎧にしてよし。いちばんお世話になっている回路かもしれない。
機械信号系……特にアーマー関係の機械類を動かすことにかけてはほぼ何でもできるんじゃないかと思うほどの回路を作ってきていて、今では『デウスエクス牧野』という名前の回路に統合されている。
完全な新回路に目覚めることはもう無さそうだが、機械信号分野については少し別だ。前世でのコンピュータプログラムのようなものなので、まだまだ改良できる。最近は照準機能などを使いやすくアップデート中である。
アプリ回路という、他者にコピー可能な分類の回路も新しく作りたい。前世の知識を利用して金儲けを……というのは今は関係ないか。
ただし、データベースをハッキングするようなことは普通の計算機程度もできない。機械の構造を動作させるようなのと違って、イメージの力が足りていないのだ。これはルーマを頼るべきだろう。
加えて、いちおう機械信号分野に含まれる、圧縮結晶関係の回路。
圧縮結晶を非実体化して体内に格納できる回路と、サイズを弄りながら解凍できる回路。これはかなり便利な回路だ。あとあまり便利ではないが圧縮の回路もある。
俺が体内に格納中のクリスタルは全部で……
うーん、最近適当に詰め込みすぎたから……何があったっけ……
手のひらからクリスタルをボトボトと落として確認してみた。
「うわっ」
食事中のリンピアをびっくりさせてしまった。
「悪い。ちょっと整理したくて」
ボトボトボトボト。うーん、やっぱりちゃんとイメージしながら格納しないと、取り出すときに手間取るな。
いちど全部出してみようか? それも面倒くさいが……
『ジェーやん、えらいことやってまんな』
ウサギのウンチみたいに圧縮結晶をボトボト落とすのを、ルーマがピカピカと観察する。
「そういえばジェイ、この箱に見られてもいいのか?」
「まあ仕方ないだろ。非常事態だし。こんな時まで縛ってしまうのも違う気がする」
「そうか、それもそうだな。持ち主のマイクを助け出したら、恩に着せて言い含めればいい」
俺は特殊回路をヒミツにしているが、絶対に隠し通したいというわけでもない。快適な生活をできるだけ送りたいというだけだ。
そのときルーマが意外なことを言った。
『ジェーやん、整理したいなら、《メニュー機能》を使えばええんとちゃうか?』
「メニュー機能? ……そうか、メニュー機能か!」
メニュー機能、それは回路と同じくこのSF世界の人間が持つ基本機能。
所持回路確認、健康度可視化、ナノメタル量計測など様々なことが見れる。ゲームのメニューUIによく似た機能だ。
すっかり忘れていた。最初の頃は回路ひとつ作るたびにメニュー機能から名前をつけていたが、数が膨大になるにつれて適当に統合するようになった。なんとなくのイメージで使いこなせるようになって、メニュー機能に頼ることが無くなっていたのですっかり忘れていた。
ヘルプシステムという脳内音声に教えてもらったんだよな、メニュー機能。いつの間にか消えちゃったけど元気かなあいつ。
メニューで格納中の圧縮結晶を表示すると、ズラリと一覧表が確認できた。簡素な名前だが分かりやすい。
格納時に名前付けできるみたいだな、今後は気をつけて整理すればさらに使いやすくなるだろう。
「ナイスアドバイス、ルーちゃんサンキュー」
『ええんやで』
だが今度はリンピアが意外なことを言い出した。
「メニュー機能? それは何の話だ? またお前の特殊回路か?」
どういうことだろう。
「リンはメニュー機能を使えないのか?」
「その言葉自体が初耳だな」
「じゃあメニューは一般的じゃないのか? こう、目の前にディスプレイが出てきて、いや、触れない光だけの、ホロビジョン?みたいなやつでさ」
「今、それが出ているのか?」
リンピアがさわさわと手を伸ばしてくるが、俺の目にはメニューをすり抜けている。仕方ないけど手が荒れてるな、キレイにしてやりたい。
「うーむ、アーマーのコンソールを遠隔で呼び出せるアーキテクトというのは聞いたことがある。が、お前の言うような管理機能は知らないし、けして一般的ではないな」
リンピアが箱を見た。
「ルーマ、なぜ君は知っているんだ? なぜジェイが使えると思った?」
『それは……』
箱はピカピカと光った。
『そりゃすんまへん、ウチおっちょこちょいの発掘品やから、ちょっと
「ふむ……」
「まあいいんじゃないか。俺の前世ではありがちな機能だし、どこかのドリフターかららでも聞いたんだろ。そのおかげで助かった」
そう、メニュー機能はとても便利だ。
俺は忘れていたものを思い出した。
あの地下で山ほど体内格納していたもの。
工業用アームのことを思い出したのだ。
デスワームを倒すのに200本ほど使ったが、まだまだ残っている。あのあと初めてのアーマーを貰ったり乗れなかったりやっぱり乗れたり、それからはずっとバイトに精を出していたので、すっかり忘れていた。
↵
俺はまだ眠くなかったので、リンピアを休ませた。やはり独りで遺跡内に飛ばされていたことで疲れが溜まっていたのか、すぐに眠ってしまった。
その間に、即席アーマーの改造を済ませた。テーマは、アーマーと工業用アームの有機的融合だ。
「おはようリン。そして見よ、これが相棒の新しい姿だ」
「……悪夢みたいだから寝直したい」
リンピアの寝起き顔が、さらに眠そうなクシャクシャになった。
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