楽しい塔登り:1
↵
正直、無事なリンピアを見てめちゃくちゃ安心した。
リンピアと離れ離れになったことに、俺は自分で思っているよりもかなり焦っていたらしい。
気が緩んで頭がちょっと回らなかったので、饒舌回路に任せて声をかけた。脳内の記憶から最適な言葉を選んでくれる、ジャンク街での対人コミュニケーションでとても役立ってきた実績のある回路だ。
「リンピア姫、あなたの騎士ジェイがお助けに参上いたしました」
「……………………礼を言おう」
リンピアはなぜかそっぽを向いた。疲れているのだろうか。
下に飛ばされていたのはリンピアだったらしい。こっちが正解だったんだな、先に来て良かった。
しかも一緒に飛ばされてきた者はおらず、リンピア独りとのこと。後回しにしてしまっていたらと思うとゾッとする。
「大丈夫だったか? 怪我は無いか?」
「私は大丈夫だ。だが、セキトが……」
「なん……だと……?」
そういえば……なぜリンピアは
俺の即席アーマーに襲いかかってきたときも、生身だった。即席アーマーとはいえ大きな鉄の塊だ、並のマーダーくらいの危険性は有る。アーマーで対処すべきだったはずだ。
「セキトは……眠っている。もう誰の手にも傷つけられない場所で」
「そんな……ノオオオオオオオ!!」
ああ、我が女神よ、死んでしまったのですか!?
↵
ちょっと取り乱したので、そこらへんを走ってきた。
1周して戻ってきたら、リンピアが冷静な顔で待っていた。俺の奇行にも慣れてきたと見える。
ごめんね、体がムズムズしちゃうとついね。精神ストレスには運動が一番だからさ。
でもリンピアの言い方も悪くないか? 俺の反応楽しんでない?
「壊れてしまったわけではない。ただ、あの転移のせいで中枢部に断裂が発生した。緊急スリープで圧縮状態になっているのだ。そういう機能がある」
リンピアは赤いクリスタルを取り出して見せた。それがスリープ状態の
アーマーには様々な追加機能を付加することができる。高級なアーマーには余剰メモリスロットが用意されていて、視覚強化、格納庫拡張、エネルギー効率化などのオプションチップが人気である。
「私はこのあたりに飛ばされてきたのだが、近くの危険な大型を処理し終えたところで、機体ダメージがレッドゾーンに入った。アーマーを眠らせて、身を潜めていたのだ」
やはりこのあたりのエリアが損壊しているのは、
「通信で呼びかけてくれたら、もっと早く気づいたのに」
「隠れたかったのだ。通信はマーダーに気づかれるおそれがある」
マーダーの中には通信を傍受できるやつもいるらしい。アーマーパーツに使える体なのだから納得できる話だ。
俺も危なかったかもしれない。即席アーマーは非力だ。この公園の機械は弱いから無事だったが、この前の屑拾いのときのように強力なマーダーに襲われたら危うい。
通信でやりとりするなら、どちらもアーマーで武装していないと危ないわけか。
上層の遭難グループへたどり着く前に、装備を固めておきたいところだ。
↵
リンピアが用意していた仮拠点で休憩をとることになった。
林の中、埋もれるようにあるドーム型遊具。家ほどの半球状コンクリートに人間が通れるだけの穴が空いたもので、マーダーは入れないからそこそこ安全。子供なら誰もが秘密基地にしたがるような隠れ家だ。中に入ると、リンピアの髪の匂いがした。
食事も済ませておく。
ウエストポーチが膨らんでいて、中を確認すると湯気を立てる包み紙があった。
圧縮食料の解凍時間が来ていたのだ。
圧縮結晶は解凍器を使うか、設定しておいた時間が経過することで解凍される。食料など使う時間がある程度決まっているものは時間解凍で圧縮することが多い。街の食料専門の圧縮屋に頼むと、仕事のスケジュールに合わせて一食分ごとにパッケージして圧縮してくれる。
中身はハンバーガー的な食べ物だった。濃い味が肉体労働の身体に染み渡る。
「紹介しとこう。この優秀な箱のおかげで塔に入れたんだ。ルーマって名前らしい」
『ルーマちゃんやで。よろしゅう、りっちゃん』
「ふむ……よろしくルーマ。君は『食事』はしなくていいのか?」
『お構いなく。まだ充電パンパンや。』
自己紹介を済ませたところで、リンピアに概要を説明した。
カモメ以外のチーム、第二警備隊とマッスラーズは全員飛ばされたこと。
彼らは2グループに分けて上層に飛ばされ、おそらく転移で負傷しているから救助が必要なこと。
「上に行く手段は見つかっているか?」
「エレベーターを見つけないと。俺はここまでダクトで来たんだけど、小型マーダーが大量にいた。そこは使えない」
「そうか……実はエレベーターらしきものなら発見済みなのだ。だが邪魔者が居る」
ドーム型遊具のてっぺんからなら見えるらしいので、よじ登ってみた。
薄暗い巨大公園がはるか遠くまで続く階層。
とある一角に、巨大な噴水と円柱が乱立しているエリアがある。
巨大な円柱は階層の天井まで伸びていて、たしかにエレベーターの可能性が高い。
しかしそのエリアには『番人』らしき機械がいた。
ロードローラーの化け物だ。
家屋くらいならそのまま整地できそうなほど巨大なローラーを腕に抱え、ゆっくりと移動している。
ローラーはもちろん、それを走らせる車両部分?も頑丈そうだ。並大抵の武器では歯が立たないだろう。
「アイツはどうやら定点警備型でな。挑発してもあの地点から離れようとしなかった。エレベーターを使うにはアレを出し抜く必要があるだろう」
なるほど。先へ進むためには、即席アーマーを強化してあれに勝つ必要がある。
つまりこういうことだ。
この塔は、
メカローグライク塔登りだ。
そういうことに決めた。楽しそうだから。
貧弱な脚、ビール腹、片腕ビロビロのアーマーが、この塔における俺の相棒だ。
「よし。俺は、このアーマーを最強の戦士に育て上げてみせる」
「えぇ……? いや、隙を作ればエレベーターには滑り込めるんじゃないか? そのヘンテコは邪魔だからこの階層に置いて……」
「嫌だ。こいつを育てる」
「パーツなら次の階層でも手に入るだろう? 私も手伝ってあげるから……」
「嫌だもん! もうアーマー置いてかないもん!」
「……はぁ。もう、仕方ないなあ」
俺はロックフェイスを置いてきてしまった。
もう2度と、相棒を置いていったりしない!
↵
「うわぁぁぁぁぁ相棒ぉぉぉぉぉぉ!!」
悲劇が起きた。さっそくパーツ集めのために機械狩りをしたところ、脚が破損したのだ。
脚が折れ、転んで胴が割れ、腕も下敷きになって潰れた。
相棒は死んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます