先行部隊救援

 ↵


 暗く狭い通路。

 いや、配管の隙間というべきか。人間ひとりが通れるだけの空間を進んでいく。謎のパイプ管がびっしり通っていて、ジュルジュルと液体が流れていく音がする。


「ロックフェイス……やっぱりアーマーで来たかったなあ……ワープさせられるだけなんだろ? あまり変わらなくないか?」

『ぜんぜんちゃうよ。戻ってきたウチ、傷だらけやったろ? 転移が雑やねん、飛ばされたみんなもダメージ受けてるはずやで』

「マジか」

『それに現在地点も分からんなる。自分がどこにおるかを自覚しながら行動できるんはウチらだけや』

「そうか、外に戻ろうとして逆方向に進んでるかもしれないのか」


 進む先から不気味な風鳴りがしてきた。

 広い空間があるのか?


「この先はなにがあるんだ?」

『通気ダクトや。そこから他の階層へ行けるはずやで。構造データちょっとだけ抜きとれたねん』

「有能だな」

『うっふん。まあ人間が移動できるようには作られてへんから、頑張ってな』

「任せろ、ダクトなら慣れてる」

『上と下、どっち行く? 上のほうに2グループ、下のほうに1グループが飛んでったはずや』

「どれが誰かは分からないか?」

『そこまでは分からんな。すまんまへん』


 俺と箱は、想定外の遺跡機能により通信途絶した者たちを助けに行かなければならない。アセンブルコア的に言うなら、先行部隊救援任務。

 だが俺個人としては断然、リンピアが最優先だ。ほかを救助できても彼女だけ死んでしまっては失敗と同じだ。

 リンピアが生きていることはぼんやりと感じる……だが、場所や方向までは分からない。

 なら、単純に数の多そうな方へ向かうか。


「上の2グループいるほうへ行こう」

『了解やで』 


 ↵


 配管孔の先には、巨大な縦穴があった。

 先日ダクト掃除した『セントラル』の巨大ダクトにそっくりだ。あの岩内部は遺跡由来の建造物なのか? それとも大きな通気口はだいたい似通うものなのか。


「上に登りたいが……途方もないな」

『想像よりスケールでかいなあ。ハシゴもあらへん。大丈夫か?』

「俺だけならいける……が」

『ん?』

「おまえも俺が運ばなきゃいけないんだよな?」

『当然やで。か弱いルーちゃんをお姫様抱っこしてってや』


 ルーマと名乗る箱は自走キャスターこそついているものの、壁を登れそうにない。

 仕方ないのでロープで背中へくくりつける。


『いやん、縛られちゃったワー』

「……重い」


 箱はゴツいキャリバッグくらいの大きさだ。ずっしりと重い。

 まあ、動けないというほどでもない。いけるだろう。


「んじゃ、とりあえずあのパイプから……よっと」


 配管によじ登った、そのときだった。

 金属音。

 ガチャガチャガチャ──という振動が、頭上から降ってくる。パラパラと埃が舞って健康に悪い。


「なにか落ちてくる? おい、ここ通気ダクトだよな?」

『そのはずやけど……』


 頭上の闇──

 その中から現れたのは、小型の殺人機械だった。

 体長1メートルもない。厚みのある円盤型の胴体に、蜘蛛のような脚が生えている。顎にあたる場所からは鋭い金属器。おそらく武器だろう。

 問題なのはその数だ。

 小型殺人機械は、何百何千といた。

 縦穴をびっしりと埋め尽くすほどに。

 それが一斉に──疾走する。


『ジェーやん! 来た! なんか壁走っとるで!』

「やばいな」

『逃げんと!』

「逃げないとなあ」

『どうするん!?』

「どうするって言ってもなあ」


 俺は下方の穴、はるか下まで続く闇を見た。


「落ちるしかないよなあ」

『うそーん』


 ↵


 無事墜落した。

 前にも似たようなことはあったので、慣れたものだ。

 ただ今回は箱が重かったので、やや苦労した。長い鈎爪をつくり、壁をキーキー引っ掻いて止まったので、少し耳が痛い。


『ジェーやん、無茶やりまんなあ』

「それほどでも」


 通気口から出ると、広大な空間に出た。

 そこは奇怪な場所だった。

 公園か? 小綺麗で人工的な自然……それが歪んでいる。

 歪んだ森、歪んだ湖、歪んだ小道……

 草原が直角に隆起してそそり立っている。本来ポツンとあるような休憩小屋が蟻塚のように積み重なっている。ダムのような巨大サイズの公衆トイレがある。

 この無秩序な混沌ぐあい、地下生活を思い出すなあ。


「ルーちゃん、ここは何階層だ?」

『たぶん最下層やね』

「いちばん下まで落ちたのか」


 仕方がない、下に飛んだほうを先に救助するとしよう。

 ちなみに『下に飛んだ』ということが分かるだけで、下のどこにいるかは不明らしい。

 まあいいだろう、ここが最下層なら、ただ上を目指せばいい。単純明快だ。上の方にあんな大量のマーダーがいるなら、少しばかり準備も必要だ。


「なんだここ、遺跡ってもっと殺風景だと思ってたよ」

『リラクゼーション区画とかのデータをもとに作られたんやろね。広さとかえらいことになっとるけど』

「なんでこんなグチャグチャなんだ?」

『機能不全やな。地形データが欠損してたんか、混ざりあったか、建築機が不調だったんか……そのせいで、管理人さんが苦労しとるわ』


 見ると、二本足の機械が道を削っていた。脚だけの体に頭が乗っていて、頭と一体化した工具を押し付けている。

 曲った道をまっすぐに直そうとしているのか?

 だがそのノコギリは、明らかに木を伐採するためのものだ。


「管理の機械も正常じゃないのか」

『せやな。そして正常じゃない機械っちゅーことは……』


 機械がこちらを見た。

 その頭部には銀色の腫瘍のような塊──コア。

 殺人機械マーダーだ。


 二本脚マーダーが駆け出して襲いかかってくる。

 体高4メートルほどのうちほとんどを占めている強大な脚……蹴飛ばされるだけで普通の人間は即死だろう。


 だが俺は笑っていた。

 その脚には見覚えがあった。

 最下級アーマーの脚部パーツにそっくりだったのだ。


 ↵


 おかしな巨大公園には、おかしくなった機械がたくさんいた。

 それはつまり、俺にとってはオモチャ箱に等しい。

 解体屋でバイトしたおかげで、マーダーの機械部品のうち、パーツとして利用できるものがなんとなく分かるようになった。

 そして俺のアーキテクト回路があれば、マーダーのものだった機械部品たちに新たな命令を与えることができる。


 二本脚のうえにノコギリが乗ったマーダー……勢いつけて走ったところを転ばせて倒した。こいつからは最下級の脚パーツがとれた。

 尺取り虫のような体でピョンピョン跳ねて、荒れた地面を均そうとしていたマーダー……武装も無く体当たりするだけの雑魚だった。こいつは腕パーツになった。

 丸い体でゴロンゴロンと転がり木をなぎ倒していたマーダー、何をしたいのか分からなかったが……単純にでかいので少し苦労した。巨大トイレに突っ込ませて動きを封じて仕留めた。こいつは胴パーツになった。 


 パーツが揃えば、なにができるか? 

 答えは簡単だ。


「できたぞ! 現地調達DIYアーマーが!」

 

 折れそうなほど細い脚。

 丸い潜水ポッドのような胴。

 クネクネと折れ曲がる腕……右腕だけ。

 頭も片腕も足りていない。


「うん、ダセぇ!」


 まあこんなもんか。

 乗ってみる。


「よし、クソ性能!」


 コクピットにシートが付いていないのはいい、ナノメタルで作れるし。

 片腕が無いせいでバランスを取りづらいのも、まあいいだろう。慣れればいい。いや、操縦回路に補正をかければ済むか。

 だがブースターとメインジェネレーターが無いのが辛い。機動力は最下級の脚力に頼り切り。エネルギーは燃料棒を単純燃焼させるだけになるので出力の安定・貯蓄ができない。燃費も論外だ。


「ま、しゃーないか」


 ここまでパーツを揃えるのも手間がかかったのだ。なんせ敵マーダーからアーマーパーツに使える部位を損傷させずに倒さなければならない。虫とくらべて機械はしぶといので苦労した。

 そして、パーツを引き抜いても必ず使えるとは限らなかった。マーダーコアによる内部回路の侵食が進みすぎていたのだろう、コアの停止と一緒に壊れてしまう事も多かった。


「ま、アーマーとして起動できただけでも上出来ってことで」


 俺がこの塔へ身一つで乗り込んできたのは、コレが可能だろうと予想していたからだ。

 アーマーで侵入できないなら、内部でアーマーを組み立てればいい。


『ジェーやん、えらいことをやるなあ』


 箱はピカピカと光りながら俺を見つめた。

 ……この光、俺を検査しているように見える。そんな回路を感じる。

 観察されているのか?

 そういや、アーキテクト回路って隠したほうがいいんだったな。怖い金持ちや権力者に囲われるから。でもしゃーないか、非常事態だし。

 困ったらそのとき考えよう。


 ↵


 頭でっかちな二脚マシンがズンズン走っていく。


「イヤッホー!」

 

 DIYアーマーは役に立った。なんだかんだ言ってアーマーだ。

 最下級とはいえ、大型機械の脚は人間と比べると何倍ものスピードが出せる。疲れもしない。

 質量がデカいというのはそれだけで十分な兵器だ。邪魔な雑魚マーダーは、蹴り飛ばすだけで倒せる。障害物も粉砕だ。

 遺跡を進むのがかなり楽になった。

 

「ルーちゃん、次の階層へ行くにはどうすればいい?」

『探せばエレベーターとかあるはずやで。上まで伸びてる柱とかは要チェックやな』

「了解」


 俺はエレベーターを探すが、同時に獲物パーツも注意して探す。

 救助は急ぎたいが……上層に行く前に、あの小型機械の大群に対抗する手段が必要だ。

 アーマーを強化しなければならない。機体性能が強化されれば、結局は進行も早まるだろう。


「ん? このあたり、荒れてるな」

『せやね。なんやろ?』


 数キロほど移動したとき、あたりに変化があった。

 これまではずっと歪んだ公園の光景だった……歪んでいるなりに、歪んでいるという統一感があった。

 しかしこの場所は、別の存在の手によって欠けたり削れたりしているように見える。

 

「これは……戦闘痕か? なにかが戦って、それを機械が中途半端に修復した……?」


 そのとき、背後からタタッとかすかな足音がした。

 小柄で俊敏な影。

 

「っ!?」


 素早い……とりついてきた!?

 アーマーの死角に張り付かれた。まずい。

 俺はとっさにアーマーを回転させた。しかし振り払えない。クソ、腕の無い側にいる、手が届かない。

 影は胴体正面に回り、コクピットに拳銃を突きつけた。


 やられる!

 ……ん?

 拳銃?


「ジェイ、か……? まさか、このヘンテコ機械に、乗っているのか、お前?」


 コクピットに張り付いていたのは、モフモフ髪の、目を丸く見開いて驚愕する小柄な人間だった。

 リンピアだ。元気そうだな。


 ……救助作戦、成功!! ほぼ完了!!

 あとは消化試合だ、ふうやれやれ。残りの皆が無事かどうかなんて誤差だよ誤差。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る