作戦変更



 ↵

 

 9人が消えた扉から壊れかけの箱だけが帰ってきた。

 すぐその場で箱の修復を始める。

 デタラメ関西弁を発声しているせいで呑気そうにみえるがノイズがザラザラと走っているし、筐体のところどころからショート火花が散っている。重症だ。


『風呂入れてーな』


 箱の要求に従い、ミニ露天風呂をつくった。地面を掘ってアーマーからナノメタルを放出し、箱を浸ける。自動修復機能があるのでこれで勝手に直るらしい。


『びばのんのん』


 ご機嫌だ。みるみるうちに傷がふさがる。

 ベコッと、流し台にお湯を捨てたような音をだして、凹みも直った。


『話せるか? 中で何があったんだい?』


 取り囲むようにして話を聞く。


『長くなりまっせ』

『いいよ、話してくれ』


 促すと、とたんに箱はピカピカと光りながら喋り始めた。


『あの遺跡、ありゃとんでもないなあ、とれたてピチピチ鮮度満点でっせ、おばちゃんもビックリの若作りや。

 あの出入り口な、べつにトラップとかじゃないねん。正常に作動した結果あんなけったいなことになっちゃったんや。ま、途中からは暴走したんやけどな。あれはな、いわばエアロックやな。

 エアロックてわかるか? 宇宙船とかでな、空気が漏れんようにして船内を守るやつ、あ、宇宙船てワカルか? この空のその上には宇宙てもんがあってな、そこには空気がないんや。真空いうんやで。真なる空や。で、そこの船が宇宙船。真空ではな、空気が無いから扉開けちゃったら空気がどんどん逃げてまうねん。ほなら、どうやって外に空気さん出ていかんようにしたらええかいうたら、扉を二重にするわけやな。出入り口の前にちっさい部屋をつくるカンジや。出たり入ったりする人はその部屋の中で止マレするんや。そしたら空気さんが逃げ出そうとするんはその小っさい部屋のぶんの体積ですむっちゅうわけや。それくらいなら吸って置いとくとかできるわな。んで真空から帰ってくるときは、その部屋をあらかじめ真空にしとくんやな。外のほうの扉を閉じて、小部屋に空気入れて、それで船内へ入れるっちゅうわけや。

 どういうことか分こたか? おー、そこのあんちゃん賢いのう。そうや。あの閉まったシャッターがな、エアロックやったんや。あの塔な、でっかすぎるせいで移動方法に異空間転移使っとるんや。アーマーのコクピットと一緒の技術やな。あの中はあちこちに動脈みたいにナノメタルの道が走っとる。

 扉がいきなり閉まったのはな、べつにトラップやない。おいでましーするためにナノメタルべちょべちょにしたかったんや。中へお招きしたくて閉じ込めたんや。せやからウチが察知できんかったんは仕方なかったいうことにしてや。先行調査では報告無かったやろ? たぶん徒歩か少人数だったんやろな。うちらはアーマー大行列で入ったからセンサーが反応してもうたんや。いや、先行調査から時間が経ったせいで機能が復元してもうたからか? ま、どっちみちアーマーで入ろうとしたら反応して閉店ガラガラーなっちゃうんや。

 あれが閉まったあと、ナノメタルがドバドバーいうて流れ込んできてな、もー大変やったわ。ナノメタルいうても聞き分け良いのやなくて回路ビリビリ走っとるおっかないやつやからな。しかもウチはマイクはんに握られたままでまだ格納してもろてなかったからな、もうゴボゴボよ。苦しかったわあ。でもさすがマイクはんやね、とっさに装甲緊急リペア用のナノメタルを作動させて、それでウチをくるんでくれたんや。おかげでウチはなんとか塔がやろうとしてきてることを解析できた。んで今まで話したことが分かったんや。

 けど、塔が正常に機能しとるんはそこまでやった。あの塔は招待客をどうおもてなしすりゃええか、分からんかったんや。入れる、だけで思考停止してもうて、どこに送べきかってとこになるとフリーズしてもうたんや。んで混乱した結果、全員をバラバラ完全ランダムに送り散らそうとしおった。ウチにできたのは、せめて近くにおるもん同士をできるだけまとめて転移するように介入することだけやった。すまんな、みんなさんがどの階層へ転移させられたかどうかまではわからん。通信も通らんらしいな。遺跡の材質のせいか、転移路がそこらじゅうにあるせいか、まあどっちもやろうな。せめて近くの階層にいけばなんとか聞こえるんちゃうかとは思うけど。

 ウチに分かるのはそこまでや。必死に転移介入しとったら、ウチだけ排除対象認定されたんやろうな。気がついたら元の出入り口にポイッチョされて、そんでそこから先は、みんなさんの知ってのとおりや』


「すごい喋るんだな、おまえ」


 びっくりした。めっちゃ喋るじゃんこいつ。

 カモメの皆さんなんて呆気にとられて目をパチパチしている。


『ウチ、ホントはおしゃべりやねん。うるさいから普段は黙とけ言われてるん』


 そりゃそうなるかもな。


『えーと、つまり、こういうことかな? あの塔は、侵入者をデタラメバラバラな場所に瞬間移動させてしまう危険な遺跡だと?』


 気を取り直した金髪エルフが話をまとめようとする。


『べつに塔は危害加えよう思とるんやないけど、まええわ。あと正確には、アーマーで侵入しようとしたら、やな。人間だけなら反応せんはずや。エアロック部屋を探せば人間用の通用口とかくらいならあるはずやから、ウチがおれば開けられると思うで』

『……アーマー無しで、未確認遺跡へ入れと?』

『できる事を述べただけや。どないするん? 助け行くんか?』

『……厳しいな』


 まあ、そうなるよな。

 だから俺は言った。


「じゃあ、俺が行ってきますね」


 カモメ4人が生き急ぐ若者を哀れむようなため息を返してくる。


『ジェイくん、君の意思は立派だ。だが、やめておけ。命を無駄にするな』

「いやだから、そういうつもりじゃないですっての」


 悪い人たちじゃないんだけどな。

 めんどくさくなってきた。


『生身でこの巨大な遺跡に挑むなど、ましてや救助できるなどと、無謀以外の何物でも……』

「秘密にしてたんですが、実は俺、携帯型の圧縮庫を持ってるんです。物資はあるので、いけますよ」

『なんと』

「あと、エリクさん。あなた、遺跡の中でどれくらい過ごしたことがありますか?」

『経験か? 私たちはアタックをしないほうだが、それでも30以上はこなしてきているが……』

「てことは、数百時間くらいですね。俺は六年です。遺跡の中で五万時間過ごしてきました。ベテランなんで任せといてください」


 カモメさんたちが絶句した。

 まあ遭難してただけだけど。こうでも言って大人しくしといてもらおう。

 というところで、箱がピカピカ光った。


『お話中すんまへん。そろそろ、扉が閉まってまうで?』

「は!? なんでやねん!」

『すんまへんな、ウチのパワーじゃ一時解錠が限界やってん』

「長話してる場合じゃねえだろ!」

『かんにんやで〜』

 俺はアーマーから飛び降り、箱を引っ張り上げた。

「さっさと行くぞ!」

『優しくして〜』

『ジェイくん待ちなさい! せめて私の圧縮物資だけでも……』


 ゴゴゴゴ……と扉が閉まり始めた。


「悪いもう行く! いつ戻れるかは不明! 拠点で待つか街へ撤退するかはそっちで判断してくれ恨まないから! じゃ!」


 ズズンと扉が閉まり切った。


 ↵


 闇だ。

 だが暗視回路があるので問題ない。聴覚情報からのエコーロケーションも組み合わせている。

 そこはエアロックという言葉の印象を裏切らない空間だった。アーマーほどに巨大なものを閉じ込めるための巨大スケールの部屋。

 生身の人間大の俺にとっては、孤独を感じるほどに広大な空間だ。扉から入り込んだ砂を踏むザリザリとした音が、誰にも届かず消えていく。

 もう戻ることはできない。


「……行くか」


 さすがにちょっと緊張している。なんか勢いで来てしまった部分もなくはない。

 さっきは遺跡で五万時間過ごしたなんて言ったが、あそこには虫とネズミと小型マーダーしか居なかった。

 ここには本来アーマーで対処しなければならない中型以上のマーダーが大量にいるはずだ。

 ……いや、そんなことよりも憂うべき事がある。


「……置いてきちゃったなあ、ロックフェイス」


 ああ、我が愛機。せっかく新パーツに換装されて、今日はやっと大活躍できるはずだったのに。雑に置いてけぼりにしてしまった。まあカモメさんたちが隠蔽偽装くらいは施してくれているだろう。


『だいじょぶか? 元気出してこやー』


 ピカピカと箱が光り、俺を覗き込むように自走してきた。


『なあ兄ちゃん、あんたのお名前はジェイでホンマに合ってるの?』

「そうだが」

『ふーん、りょかーい』


 ピロンと通知音。

 通信要請……『ルーマ』?


『ほな、ウチはルーちゃんて呼んでや!』

「それ、おまえの名前なのか?」

『せや!』

「名前あったのか。ディテクターとか呼ばれてたけど」

『ノンノン! ルゥ! ルーちゃん! ……駄目か?』

「……」


 通信開通を承認。


「よろしくな、ルーちゃん」

『イヨッシャ! 任せとき! 進め!あっちや!』


 恐ろしく硬いハンドルを回す。開いたハッチの先には、また奈落のような闇が広がっている。

 俺は躊躇わず歩みを進めた。

 


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