閑話 月の剣
↵
アーマー用パーツショップで、俺は頭を抱えていた。
問題はレーザーブレードの名前だ。
「……このパーツはなんて名前ですか?」
「クレセントムーンGS、ちょっと古臭いが切れ味は良い。燃費はそれなり」
「……こっちの太めのやつは?」
「カルネージムーンA、最大クラスの熱量だ。なんでも溶かして穴を開ける」
「……それなら、こ、このダガーみたいな小型のは?」
「ムーンクレーバー、携行性抜群。小型のわりに威力はある」
……ぜんぶ
↵
アセンブルコアにおいて、レーザーブレードは強力な武装だった。射撃戦が主となる戦闘において、近距離でしか当たらない攻撃はハイリスクハイリターン。これを使いこなせるようになれば上級者の仲間入り。敵を一撃で斬り伏せる快感は最高だ。
そのなかでも、月の名を冠したレーザーブレードは特別な意味をもつ。全シリーズどころか同社制作の他作品においても登場する象徴的なアイテムである。
最強の剣であり、魔を断つ聖剣。
ブレードとしては大型で、レーザー刀身も幅広のものが形成される。エネルギー負荷は相応に重いが、絶大な火力を誇る。王道かつ最強の近接武器。地下神殿に祀られていたり、強敵の近接特化機が使用していたりと、設定的にも特別扱いされることがほとんどだ。
というのが、前世のゲーム内での『月の剣』だったのだが……
↵
「ムーンのバーゲンセールじゃねえか……」
俺はパーツショップの集まるエリアに来ていた。すぐ隣の解体所から抜き取られてきたパーツが整備分類されて売りに出されている。ほとんどは屋外に剥き出しのまま乱雑に積み上げられていて、スクラップ工場と中古車展示場をあわせたような雰囲気だ。錆びたりしないのか心配になるが、稼働させれば自動修復機能が働くため問題無いらしい。
……そんな中、レーザーブレードを扱うショップで見てしまったのだ。
……ほとんどすべてのパーツに、『月』を意味する言葉が含まれていることを。
「ムーンってのはさあ……もっともっとスペシャルなオンリーワンでさあ……」
悲しいというか、もったいないというか……。ゲームを進めているときは、ブレードパーツを入手するたびに名前を確認して『月』が含まれてるかどうかで一喜一憂していた。そしてついに『月の剣』を手に入れたときにはテンションが上がって叫んだものだ。
そんな楽しみを、この世界では味わえない。それにこうも月だらけでは、もし本物があったとしても気付くことができないかもしれない。
「本物にあやかろうと思ったのか……? 月の名前を軽々しく扱いやがってよぉ……」
このブレードたちも悪い武器じゃないけどさあ……最低級アーマーに乗ってる俺にとってはじゅうぶん強力な武器だけど……でもさあ……
アーマー用だけでなく人間用のレーザーソードもあったが、それらもすべて月関係のネーミングだった。
……あらためて、この世界は不思議だ。なぜこうもゲームのアセンブルコアに似たものが実在しているのか。それなのになぜ、獣人やらドワーフやらファンタジー要素が混じっているのか。たまたまそういう世界に転生した、といばそれまでだが……考えても仕方ないのだろうか。
でもどうせなら、俺のこだわりにも配慮のある世界であってほしかった。
「お主、なかなか分かるやつではないか」
……なんだこいつ。いきなり話しかけられた。
オッサンだ。イケオジと言えなくもない。だが格好が奇抜だった。
サムライだ。濡れたような黒髪を後ろでまとめている。着流しというやつだろうか、ぴっちりとしたパイロットスーツの上に、和風の服を着崩している。片肌脱ぎなんてしちゃってあらやだセクシー。体のところどころに機械みたいなプロテクターがついていて、サイバーパンクサムライという感じがする。刀らしき長物が背中にも腰にも。
正直、めちゃくちゃ格好良い。
「月とは秘めるもの。敵を斬るその瞬間……薄雲のあいだからほんの
渋いがネットリとした声だ。どこか宙を見つめながら喋りかけてくる。
……濃いオッサンだなあ。
「どうも。……あの、なんでこんなに、月ってついてるんですかね? ご存知だったりします?」
「ああ、嘆かわしいことだ。しかしそれも責められぬこと。かつての真なる月の光が、眩しすぎた故なれば」
「真なる……本物の月光剣があったんですか!?」
「しかり。遥かなる昔、この地にはびこるカラクリどもの、ことごとくを斬り伏せた。……その光をカラクリどもは恐れ、しかし忘れられぬのだよ。ゆえに自らの刃に月の名を借りるナマクラが後をたたぬ」
サムライは説明してくれた。
アーマーパーツは殺人機械の体の一部から得られる。アーマーのパーツとその他の機械が融合して動いているのだ。無力化したあと、運良く壊れていなければ剥ぎ取って利用することが出来る。
パーツの正式名称は最初から決まっているらしい。鑑定回路で調べるとわかるのだとか。
つまり、殺人機械を生産している遺跡が、かつて存在した強力なレーザーブレードの情報を記憶していて、それを真似て名前をつけている……ってことか? よくわからんな。
だが喜ばしいことだ。少なくともこのサムライオジサンが褒めるような特別な剣が、どこかに実在してはいたらしい。それだけでもだいぶテンション上がる。
「ありがとうございます。勉強になりました」
「よい。違いのわかる男は、最近では珍しい。お主、剣は振るうのか?」
「えっと……金が無いもんで、今はちゃんとしたのなんて持ってないですが……近接武装は好きですね」
前世ゲーム内では、初期機体からして左腕にレーザーブレードを装備されていることが多かった。至近距離限定とはいえ低負荷高火力の攻撃手段があるというのは心強く、攻略においても鉄板。
両腕に銃を持ったとしても、予備として小型ブレードを格納させていたものだ。どのシリーズでもいちどはブレード特化機体をつくってストーリー本編とCPU戦を制覇させるのが、俺のお決まりの楽しみだった。
この世界で同じようにいくかは分からない。本当に俺自身の命がかかっている戦闘で近距離戦闘なんてリスクはとるべきではない……のだろうが、そのかわり俺自身がかなり強化されている。地底生活でいちばん使っていたのも鈍器だ。長きにわたる戦いの経験と回路で強化された運動神経により、近接格闘そのものを深く理解した。アーマーでもいい動きは出来ると思う。
「ここには左腕用ブレードしか無いですね。右腕用はほとんど見つからないんでしたっけ、それが残念ですよね」
「そうさな。しかし、夢まぼろしでは無いぞ。我も愛用しておる」
「まじっすか。やっぱり、両手に剣はロマンですよね。憧れます」
「うむ」
「右で斬って捨て、左で斬って捨て……一撃でもって次々と斬り伏せていくってのが決まると、やっぱり最高に気持ちいいですよねえ」
「うむ、うむ」
「本物の月光、いつか手に入れたいですねえ」
「……ほう?」
ギロリと、
……なんだろう、冷や汗がする。
いきなり雰囲気が変わった。これが殺気というやつか。
「お主、名はなんという」
「……ジェイです」
かなりヤバい気配だ。強者、というのはこういう感じか……初めてかもしれない。俺の体は高スペック過ぎて、前世でいうなら間違いなく霊長類最強だ。しかし相手がSF武装で身を固めていたら?
このサイバーパンクサムライは強い。ビンビンに感じ取れる。
どうする? 逃げるか?
「我が名はオボロ。覚えておくがいい」
フッとサムライは笑い、去っていった。楽しそうだった。
警戒に反して、あっさりと終わった。
なんだったんだ、あのオッサン。
↵
結局、俺は人間用レーザーソードを2本買って帰った。中古の安物があったからつい手が伸びてしまったのだ。2本で3800e、お得。
俺はウキウキで帰って試すことにした。
双剣、それは男のロマン。
2本両手に振り回したら、自分の脚を斬って大火傷した。
リンピアにめっちゃ怒られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます