閑話 食料液


 働くぞー。

 今日は屑肉拾いのバイトだ。

 時給2500e。大雑把に1000eエナで1日分の生活費になるので、高時給と言える。その理由はキツイ、汚い、危険の3Kが見事に揃っているからだ。


 岩の街のウエストウォール──ジャンク街から反対側、岩の大壁。

 堅固な天然の要塞の下、虫の死骸だらけの地面が広がっている。大岩に生えた自動砲台が一方的に殲滅した結果の残骸だ。砲台はジャンク街のものではなく、大岩内部の街『セントラル』による設備らしい。人間相手には作動しないという話だが、誤作動したらと思うとおっかない。

 ここで屑肉拾いをするのが今日のバイトだ。

 屑肉──キメラ虫の死骸を拾い集めて、燃料や食料液に変える仕事である。キメラ虫はときおり集団を作って人間を襲うという習性がある。それを撃退すると山のように死骸ができるので、そんなときは屑肉拾いの絶好のチャンスとなる。砲撃したセントラルは死骸をそのまま放置してしまうので、ジャンク街の人間が勝手に拾ってしまっても構わないらしい。

 ざっと死骸を集めたところに、虫の甲殻を柔らかくする酵素だとかの溶解液が撒かれていて、そこらじゅうドロドロのグチョグチョだ。

 この中から肉部分だけ持っていく。

 見た目はグロいが、臭いは少ない。わりとすぐ慣れた。


「あんちゃ~ん、そっち終わったかぁ~? こっち手伝っとくれやァ~」

「はーい」


 バキュームトラックに乗った爺ちゃんが呼んでいる。

 呼ばれた場所のあたりは大型が多く、まだじゅうぶんに甲殻が溶けていない。硬くて作業が進んでいないようだ。


「ここらへん、『斬り込み』頼まぁ~」

「了解ー」


 俺は『斬り込み隊長』をやっている。名前は格好良いが、いちばんキツくて汚くて危険な超3K役割だ。

 まだ硬い虫を斬って割っていくのだ。


「よーいしょ」


 ナノメタルを手にまとい、爪付きの手甲のようにして甲殻を叩きつけた。

 ガリガリザクザクバキバキ──大型キメラ虫を切り開き、体ごと入っていく。

 中身を引きずり出してポイッと投げれば、他のオッサンたちが作業している小型のものとあわせて山積みになっていく。

 若いニイチャンがバキュームタンクのホースを操り、ズゾゾゾゾと肉を吸っていく。


「いいねえ~、次ぁ、あっちも頼まぁ~」

「へーい」 


 体が体液まみれになるし、甲殻や角があたって傷もできる。しかもたまに息を吹き返した虫がいきなり動き出すことがある。

 だが俺にはどうってことない。汚いのはあとで洗えばいいし、傷はすぐ治るし、虫は素手でも倒せる。 

 斬り込み隊長をすると賃金にボーナスをつけてくれる。これを含めればなかなかの稼ぎになるのだ。良い仕事だ。


「ん?」


 なにか妙な音が聞こえた。

 湿ったものが動いたような、震えたような……

 生物の音か?


「オイッ! ジジィ! うしろッ!!」


 トラックのほうで叫び声があがった。

 虫だ。中型のキメラ虫がイノシシのように走っている。生き残りだ。死骸の下に埋まっていたのか。

 トラックに向かって突撃している。

 ドーンとトラックが揺れる。もう少しで横転するところだった。

 虫はまだ昂ぶっている。危険だ。


「逃げろ!」


 トラックの爺ちゃんはアクセルを踏んだが、粘液でスリップしている。

 逃げられそうにない。

 俺はとっさに近くにあるカブト虫の頭部を掴み──全力でブン投げた。

 ブオン!! とカブトの角が飛ぶ。

 元素転化により増大した筋繊維が、錬銀術により補強された骨格を動かし、肉体管制によって正確無比な運動を行う──傍から見ていたら、急に右腕をムキムキにした男が気持ち悪いほどキレイな投球フォームを行ったのがわかっただろう。

 飛来した角は中型キメラ虫にぶち当たり、なぎ倒して、後方の残骸の山へ串刺しにした。


 ↵


 仕事が終わった。

 全員でトラックの荷台に乗って帰る。

 集めた虫肉はジャンク街の処理工場に運ばれ、燃料や食料液になる。


「アンタ、ありがとな! 助かったわ!」


 バキュームホース担当だった若い兄ちゃんに礼を言われた。トラックの爺ちゃんの孫だったらしい。トラックと処理工場を家族で所有していて、一家で屑肉拾い事業を担っているのだという。


「今日の礼じゃあ。これ、持っていきぃ~」


 処理工場に着いて解散するとき、爺ちゃんからお土産を渡された。

 ミルクタンクのような一抱えもあるデカい缶──できたてホヤホヤの食料液だ。

 食料液は虫肉などを主原料にして処理工場で作られる。栄養満点だがそのままだと極限まで薄いミルク粥のような味がする。

 これは普及発掘品の『料理プリンター』にセットして使う。するといかなる仕組みによってか、食料液は肉やパンになって出てくる。おそらくは3Dプリンターの食べ物版のようなものだ。味は少しぼやけたイミテーションだが、再現度はかなり高い。本物よりも安上がりだし、食料液の状態なら長期保存できるのがメリットだ。

 うちのガレージにも、低グレードだが料理プリンターがある。かなり嬉しいお土産だ。


 ↵


「なんだか……今日の料理はおいしいな?」


 料理プリンターのグレードによって食料液から精製できるレシピは決まっている。

 うちのは安物だが肉系に特化していて、そこそこ美味い肉モドキが出てくる。

 今回出力されてきたステーキモドキは、いつもより更に味が良かった。


「食料液が新鮮だったせいかな。虫から助けたお礼に貰ったんだ」

「なるほど。プリンターだけでなく、食料液のほうも重要なのだな」


 満足そうに頬張るリンピアはいつにもまして子供っぽい。嬉しそうだ。

 いい仕事をしてよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る