ジャンク街
↵
「あぁ……クソ……はあ……」
ぶっ壊れたコクピットの中、呆然と息をついた。体はキメラの体液まみれだ。
ニールとヴィンティアの雄叫びが耳に残っている。
あの戦場からはだいぶ離されてしまった。外はまったく見覚えのない荒野だ。
俺が乗っていたアーマーはボコボコボロボロの胴だけになって転がっている。最初からオンボロアーマーではあったが、今は完全なスクラップだ。
そのまわりにはキメラたちの死骸が散らばっている。
人間の気配はなにも無い。荒野に俺だけだ。
また、ひとりになってしまった。
↵
キメラの大群に飲まれて吹き飛ばされて、俺は意識を失った。
意識が戻ったと思ったら、コクピットは洗濯機に入ったかのようにグルグルと回転していた。
頭をうってまた意識を失って……それを数回繰り返した。
幸運にも俺のアーマーにたかる虫どもは頭は不器用で頭の悪いやつらだったらしい。コクピットをおさえてこじ開けることができず、つついたり体当たりしたりを繰り返したみたいだ。それで、長い距離を移動させられてしまったらしい。
次に意識がもどったとき、コクピットがついに割れ、ワームの頭が俺に食いつこうとしていた。
折れたハンドルレバーを突き刺して殺すと、次のワームが入ってきた。倒しても倒しても、次のキメラ虫が入ってくる。
何匹かを倒して少なくなってきたと思ったら、またコクピットを転がされた。まだ外には大型のやつが残っているらしい。まるごと潰される前に外に脱出する。
中型から大型のキメラ虫が数十匹──俺を食べようと追ってきたやつらが、胴だけになったアーマーを取り囲んでいた。
そこからは死闘だった。
アーマーの残骸とキメラ虫の死骸を障害物にしながら、攻撃的なやつから倒す。すべての虫が視覚をもっていたり俊敏であったりするわけではない。危険なやつに注意をはらいつつ、同士討ちを狙う。関節の隙間を狙う。地下で戦ってきた経験を活かす。
死んだワームの牙をナイフにする。
回路で錬成した鉄杭で突き刺す。
カマキリの鎌で切り裂く。
カブトムシの角で穿つ。
装甲板で叩き切る。
すべて倒したころには、夜になっていた。
荒野の夜はすさまじく冷えた。
疲労が限界だった。虫のなかから食えそうな臓器を口に詰め込んで、コクピットの残骸の中へ戻り、虫の死骸たちを布団にして気絶した。
↵
これからどうしよう。
朝になってから食料と水を確保した。死体の山をかきわけ、臭い汁がたっぷり入った肝袋のようなものを水としてとっておく。虫肉はすぐにカラカラに乾燥してジャーキーのような保存食になった。吐きそうなほど不味いが、1週間はこれでしのげる。
荒野は昼暑く夜寒い。温度差が激しい。慎重に行動しなければ体力が奪われる。
俺はどこに行くべきだ?
意外なほど困惑する。地下ではただ歩けばよかった。どうせどこに行っても脱出できない完全な迷宮だったからだ。だが今は違う、この荒野のどこかには人間が住む街がある。どこに行けば人に会える? どこに行けば助かる?
「助かる……か」
俺はなにも助けられなかった。
女神のようだ聖人のように親切だ、思っていた相手は、自分と同じく危機に陥り苦しんでいる人間たちだった。それに対して俺はなにをした? 喜びすぎてパニックになって話もろくに聞かず……あのザマだ。おそらくあの二人は死んだだろう。
「姫さん……」
あのタイチョー姫は助かったのだろうか?
地震とキメラ虫たちに襲われたせいで現在位置がわからなくなり、計算のすえやっと帰り道がわかった……というようなことを言っていた。タイチョーはそこに飛んでいったはずだ。
その場所の情報はどこかに無いか?
「アーマーに……あるか?」
もはやスクラップ寸前のコクピットをあちこち探ると、ハンドルの近くにそれっぽい端末があった。ここでいろいろ操作してください、というタブレットぽいアレだ。壊れてないといいが。
「……っ、回路か?」
ピリッと静電気のよな感覚。
触れた瞬間、いきなり使い方が理解できた。画面は小さいが意外と普通のパソコンのように使えるようだ。端末のほうから使い方の知識を渡されたのか? こういうのもあるのか、便利だな。
このアーマーは俺のために拾い物から急造されたものだから、情報は少なかった。
だから探しやすかった。
座標のような数値データと、地図ビューアがあった。……あの三人は俺にも情報を与えてくれていたのだ。
衛星写真のような画像もあった。荒野にポツンと、街のようなものが写っている。
おそらくそこが街だ。
↵
街にたどり着くのに1週間かかった。確保していた食料ギリギリだ。昼に休んで夜進もうと思っていたが、地図回路を見る限りとても間に合いそうにないので後半は一日中移動していた。
移動方法はムカデマシン──地下で見つけていた工業用アームを、半壊した胴にくっつけた即席の乗り物だ。
俺は地下暮らしのあいだに「データクリスタル倉庫 千人乗っても大丈夫」という回路を作っていた。データクリスタル限定で、ゲームのインベントリのように自在に物を持ち運べるというもので、体内にクリスタルが保管されている。地下で適当に作った回路だが、役立った。……質量と体積を縮小して持ち運ぶ機能なんて、便利に決まってるか。地下ではあまり活躍しなかったからなあ。
工業用アームは、それ自体に少量のエネルギーがあらかじめ充電されているので、数十分だけ動かすことができる。制御は万能機械操作回路「デウスエクス牧野」だ。牧野って誰だよ。
アーム8本ほどを錬成で無理矢理つなぎ合わせたものに、半壊したコクピットをくっつけて乗り、走らせる。
本当はアーマーのように二足歩行させたかったが、難しすぎたので諦めた。虫型のほうがマシだった。脚を一本一本動かさないといけないので、最初は鼻血が出るかと思ったが、すぐ慣れた。
数十分でエネルギーが切れるので、1日になんども作り直し、コクピットだけ移して使い捨てた。気分によってムカデマシンになったり、蜘蛛マシンになったり、カニマシンになったりした。
途中、土石が川のように流れているところがあってビビった。流動大地というのは本当だったようだ。ちょうど地殻のズレる場所だったのだろう。
足止めされたが、数時間迂回しているうちになんとか渡れそうな地面になった。少しビクビクしながら急いで走った。
やっと街についたのは7日目の夕方だった。
↵
エアーズロックを数倍デカくしたような岩に到着した。それが座標にあった場所だった。
巨大な岩を天然の要塞として、内部に街があるらしい。岩のところどころに機械のようなものが露出している。
岩の上部には砲台が数十門もある。岩はいくつか割れ目があり、そこは巨大な鉄の壁が塞いでいる。すさまじく強固だ。砂風に洗われて風格がある。内部にSFっぽい建物があるのが隙間から見える。キメラ虫なんて危険があるのだから、これくらいは必要なのだろう。
ムカデマシンだと警戒される気がしたので、遠くで捨てて徒歩で近づいた。なんか自分でもわけのわからん芸術魂に火が付いて、前衛的で冒涜的なカタチになっていたんだよな。あれは人に見せられない。
やっと街だ……が、どこに行けばいいのか分からない。
入り口どこだ?
岩と鉄板の壁だけで、城門のような入り口は見えない。日が暮れてきたからはやく入りたいんだが……。
そのとき、ズダーンといきなり銃声が響いた。
銃声だ。前世ではネット動画でしか聞いたことのない音が、衝撃波として頭を突き抜けた。
俺はとっさに伏せた。とっさにと言っても、実際には3秒ほどしてノロノロと動いていたことだろう。
ズダンズダンと何度も銃声が鳴り、頭上をバシュンバシュンと通り過ぎていく。
おそるおそる背後を見ると、蜘蛛のようなキメラ蟲が穴だらけになっていた。全く気が付かなかった。全身に細かな体毛が生えていて静音性が高くなっているようだ。どうやら俺はこいつにステルスキルされかけていて、銃弾は俺を助けてくれたらしい。
そうこうしていると、砂風のなかから人影が近づいてきた。
それはカウボーイのガンマンだった。
「危ないところをありがとうございました」
「…………」ジロリ
ものすごく無口だ。めちゃくちゃ睨まれている。
一見男性に見えたが、女性のようだ。西部劇のような服装で、雰囲気もそうだ。皮のハットにマントにベルト。小銃のようなものを構えている。正直、カッコイイ。油断も隙もなくこちらを観察している。
怖いが、野蛮な気配が無い。仕事人という感じだ。ここの衛兵のような人かもしれない。
案内とかしてくれないかな?
「すみません、俺、遭難してここにたどり着いて、街に入りたいんですけど……」
「…………」ジロリ
こわい。
懐からなにかを取り出そうとしたので、ちょっとビクっとした。それはスキャナーだった。ニールさんに体を調べられたことがある。体内のナノメタルを検査することができ、ある程度の情報を読み取れるらしい。
「…………」
無口だ。どうしよう。入れるのかな。
あ、なんか表情が険しくなった。
「…………」ジロリ
ガンマンは何も言わず、もう一度俺を睨みつけた。
そういえば、俺の回路ってちょっとおかしいってニールさんに言われてた気がする。
弁明しないとやばいんじゃないか?
「あの、俺ずっと遺跡ってとこで遭難してて、そこで何年か虫食べたりロボットのナノメタル飲んだりしてたんですけど、それだけなんです、えっと記憶喪失で、なにも分からないんですけど、怪しい者じゃないんです、ニールさんっていうディグアウターの人たちに助けられたんですけどその人たちもキメラに襲われて離れ離れになっちゃって、また遭難してやっとこの街に来て……」
「…………」ギロリ
やばい、さらに眼光が鋭くなった。
逃げたほうがいいのか!?
ガンマンはいきなり壁のほう……岩を指さした。
「換金、飯、宿」
しゃ、しゃべった。見た目通りハスキーで低い声だ。
そして鋭く背をむけて歩き出し、風のように去っていった。
↵
ガンマンはやっぱり、衛兵のような人だったのだろう。
指さした方向、岩のむこうを曲がって反対側の壁に行っても、中の街には入れなかった。しかしちゃんと飯屋と宿屋、そして換金所があった。
そこはスラム街……がものすごく発展したような場所だった。
広大な斜面の街だ。
ゴチャゴチャとした家屋が巨大な坂となり岩へもたれかかっているように見える。岩壁にはクレーンがいくつも生えていて、アーマーやコンテナをいくつも空に往復させている。工場らしきもの、集合住宅らしきものがびっしりと密集していて、灯りや煙がのぼっていてる。人の営みだ。夕暮れ時のためか通りに人が溢れている。
街の下のほう──荒野に面する外縁には数多くのアーマーが座っている。漁港の船のような光景だ。アーマーが入るサイズの倉庫や、整備工房のようなものもたくさんある。
おそらく、岩の内側には簡単に入れるものではないのだろう。審査が厳しいか、入場料が高いのかもしれない。だから壁の外にも人がいる。外から来たディグアウターのような
なかなか混沌とした建造物群だ。壁外にもう一つの街があるのだ。
ゴチャゴチャした街中を歩く。
日が暮れかけていても活気があり、イカツいおっさんがたくさんいた。
久しぶりに人間がたくさん居るのを見た。前世ぶりだ。怖いような嬉しいような複雑な気持ちで胸がいっぱいになる。
まず換金所を探した。街の外側近くには、解体屋やジャンクショップのようなものが乱立していて看板が立っていた。文字はなんと英語と漢字だった。なんでやねん。そういえばニールさんたちとも普通に会話できていたし、今更ではあるが……まあ俺にとっては好都合だし良いか。
換金所はとにかくゴチャゴチャしていた。ガラクタが野ざらしで山になっている。ジャンク屋と言うほうが正しいか。中古品として売るよりもバラして溶かすことのほうが多いのかもしれない。
カウンターの暇そうなおっさんを前にして、売ろうとして……迷う。
売るものといったら、カプセルクリスタルしか無い。
だが何個売れば良い? さすがに千個も出したら怪しまれるんじゃないだろうか。
とりあえず1個、工業用アームのクリスタルをカウンターに出した。
「……」
子供のおつかいを見るような眼をされた。たぶんバカにされている。
5個、出してみた。
「……」
まだ不満そうだ。安物の対応をするのが面倒くさいという顔をしている。
20個出してみると、やっとテキパキと対応してくれた。
工業用アーム20個は、およそ1週間の生活費になった。
金はなんと電子マネーだった。空気を読んでそれっぽい機械に手をかざすと、また自動で回路が起動したらしく、金額が脳裏にうかんだ。
宿屋や飯屋を観察すると、5日ほどは寝食に困らなさそう。節約したら1週間前後というところだった。他の客や別の換金所も観察したが、ぼったくられているわけではなさそうだった。どこも適正価格でやっている。えらい。
クリスタル20個の価値……これってどうなんだ?
俺はまだ大量のクリスタルを持っているが、期待ほどの大金にはならなさそうだ。
いざというとき、モノを自由に取り出せるほうが強いかもしれない。この街にたどり着くのにも役立った。体内にあるから盗難の危険も無い。
換金は最低限にして、クリスタルはできるだけそのまま持っておくことにしよう。
↵
次は、飯だ。正直、宿はどうでもいい。どこでも寝られる。強盗も怖くない。美味いもの──人間らしい食べ物のほうが大事だ。
この斜面のスラム街では、壁に近いほど──高い所ほど上等な店になっていくようだ。キメラ虫が来たときの安全度であったり、砂埃から遠ざけられること、あとは単純に高くて見晴らしが良いことが理由だろう。
中層のもっとも繁盛していそうな、大きく開放的な飯屋に目をつける。ここなら大丈夫だろう。俺はチェーン店じゃないと入りにくい人間なのだ。少数の常連しか居ない店なんて気後れして入れない。味も保証されていないと怖い。こんな荒野の街で出てくる飯なんてド安定を狙うくらいでちょうどいい。あと、他よりも掃除されていてキレイだったのも理由だ。ラーメン屋の汚い床とか、俺はちょっと無理なタイプ。
大声を出して飲み食いしているおっさんが沢山でちょっと怖いが、独りで食べている者もけっこう居た。考えてみれば、ここは壁外の街……通り過ぎていくだけの人間も多いのだろう。適度な無関心さがありがたい。
メニューは日替わり定食らしきものひとつだけで、酒とツマミを何通りか選べるらしかった。店舗は半分屋外に解放されていて、勝手に座って注文するシステムのようだ。酒を抜いて、定食とツマミを頼む。大声で呼んでやっと注文できた。
出てきたのは、大きくてずっしりと重いパン、小魚の唐揚げの山盛り、茶色い立方体、野菜の切れ端の発酵した酢漬け。謎の茶色いスープ。あとチーズ?
デカいパン……前世とはちょっと違う味で、フワフワしていないし黒くて固かったが、温かくて香ばしくて美味かった。焼きたてだったのだろう。
小魚の唐揚げ山盛り……最高にうまい。油が少しギトギトしているが、カロリーになるので逆に良い。味が濃いのも汗を流して疲れた体に最高だった。山盛りなのも嬉しい。魚なんてどこで捕ってるんだろう。
野菜の発酵酢漬け……これはちょっとキツイ。賞味期限の怪しいものを流用したのかなとか考えてしまう。でもこの世界で野菜なんてこんなものしか無さそうだ。慣れたらまあ普通に食えそうではあった。
茶色い立方体……なんだこれ、見た目がやばい。よく見るとスポンジのような構造をしている。おそるおそるかじると……肉だ。卵焼きのような食感で、しかし確かに肉の味だ。ジュワリと肉汁のようなものも出た。味だけならふつうに肉だ、美味い。
謎のスープは、甘辛い出汁?だった。材料は謎だ。味は良い。これだけで飲むのか迷ってまわりを見てみると、パンを浸して食べていた。ソースも兼ねているかもしれない。真似してパンといっしょに食べると、硬いパンが食べやすくなった。焼きたてだからパンだけでも美味かったが、時間が経っていたらスープといっしょに食べるほうが良さそうだ。
チーズに見えたものは、チーズだった。前世でオヤツにかじっていたチーズを思い出す。普通に美味しいチーズだ。スープに溶かしても良かったかもしれない。
あと、水はサービスで飲み放題だった。これが素晴らしかった。キンキンに冷えていてうまい真水だ。コップも清潔だった。最高だ。海外旅行において水は不衛生で不味いものというイメージがあったので、これは意外だった。
腹に食べ物が入って、落ち着いた気分だ。うまかった。すさまじく空腹だったのもあって、前世と比べても上位に入るほど美味く感じた。
人生で一番幸せな食事だったんじゃないか?
「……いや、違うか」
一番じゃない。
一番うまくて幸せだと思った食事は、つい一週間前にあった。
シリアルバーと水。
それをくれた相手は……
「……」
急に酔いから冷めたような気分だ。
こんな食事、毎日毎食続けることはできない。手持ちの金ではすぐに尽きる。節約しないと。金を稼がないと。
働くしかないか。労働か。こんな過酷な世界で、俺にできるような仕事は何があるんだろう。身元を問われない、街の外の仕事……不安しかない。
情報収集のために、飯屋の客たちを観察することにした。
客たちは和服や中華やインド風──暑い地域のものがゴチャ混ぜになったような服を着ている。帽子もターバンや笠やカウボーイハットなど様々だ。暑さ日差し対策を考えるとだいたいこんな服に集約するのかもしれない。ゴーグルやヘッドセットなど、SFっぽい機器を装着している者も多い。
驚くべきことに、角やら獣耳やらが生えている人間がちらほら居る。そういうファンタジーもある世界だったのか。「プレーン」と呼ばれたことを思いだす。あれは「ヒューマン」のことだったのだろう。
ここは小金の入った下流〜中流が利用する大衆店のようだ。機嫌の良さそうな労働者が多い。半開放された店舗で、席の半分は屋外にテーブルがある。そのせいか大声で騒いでいる客グループもちらほらいる。肉体労働者の愚痴話に聞き耳を立ててみると、日雇労働の仕事があって誰でも歓迎のようだ……かなり過酷そうだが。
座っている客相手の商売人もいた。香辛料のきいた串焼き肉や強そうな酒のカップを担ぎ、移動販売で売りつけている。店の食事で物足りないぶんを提供するサービスか。考えるもんだな。店にとっては迷惑そうだが……金をとって許可しているのかな? 地域の付き合いとか協定とかもあるかもしれない。俺がいきなり似た商売をしても締め出されるかも。
通りから化粧の濃い女たちが席に入ってきて、客の膝へ座りだすのが目に入った。なんだあれ。客の男たちも迷惑がらずに、笑いながら肩を撫でたりしている。恋人というわけでもなく、挨拶話もそこそこに数字の話をしている。そのままベッタリしながら酒を飲む者もいれば、男女で店外へ消えていく者もいる。
あー、そういうサービスか。なるほど。風営法なんてあるわけ無いもんな。ちょっとうまい飯が食える金があって、酒も飲んで良い気分になった人間を相手にしているのか。そういえば俺、数年は女性とご無沙汰だから、いきなり言い寄られたらホイホイ付いて行っちゃってたかもしれない。今は疲れているから欲求は無いが。いつか金を巻き上げられないように気をつけよう。
この飯屋は、いろんな商売の中心になっているんだな。
ふと、あるグループが目に入った。
酒を飲む小柄な女と、男数人のグループだ。
そいつらは先程の光景とは逆に、女に対して男たちが言い寄っている。こっちは男娼か?とも思ったが、男たちは欲情した見苦しい顔をしているので買う側だろう。やけに興奮しているようだ。
女は薄着をしているが、積極的ではない。むしろ迷惑そうにしているように見える。が、振り払うでもない。もったいぶっているのか? 妙な雰囲気だ。
見ているうち結局、女は酔ったような様子になり、男たちに肩を抱かれて店を出ていった。
酔った女を介抱しているようだった。誰にも咎められることはなかった。
だが、俺は見てしまった。
男たちは女の酒に密かに薬のようなものを入れ、飲ませていた。
そして、女の顔。店を出るときに見えて気づいた。
あの小柄な女は、ニールとヴィンティアが命をかけて逃したタイチョーだった。
俺を救った女神のパイロット──姫様だった。
↵
:archivesystem //lympia
酒に薬を盛られたのかもしれない。これくらいの酒で酔うわけがない。店から運び出されてからやっと気づいた。頭がボーっとする。まさか薬まで使うとは。よほど私に対して鬱憤が溜まっていたのか。
だがこれで良かったのかもしれない。そもそもあの席でグダグダと座り続けていたのは、酔って勢いをつけてしまうためだ。
もう視界も定まらない。世界が明滅しグルグルと回転している。すこし不安になってきた。きっと私の髪は撫でられてしまうだろう。手で梳かれさえするかもしれない。好き勝手に弄ばれるのはもう諦めるが、金を払わないまま逃げられてしまうかも。それだけは許さない。他の街に逃げようとも追い詰めて徴収してやる。
……本当は最初くらい、好いた者とがよかった。
……せめて、見た目のいい男がよかった。
見た目だけはいい男──たとえば、あの遺跡から『発掘』されたプレーンのような。
あのプレーンは奇怪な男だった。見た目からおかしかった。まず肉体美が完璧すぎた。長期間遭難しているとは信じ難い、鍛え抜かれた長身。腹筋は当然のように六分割。肩は山脈、波打つ腹斜筋、鉄線を束ねたような腕と脚。全く筋肉が痩せていなかった。騎士にもあれほどの者はいない。
完璧な肉体美──それら全てを一切隠さない全裸。余すこと無く強制的に目に焼き付けられてしまった。
顔面も端正で男前。鋭い眼差し、輝く瞳。雑に伸びた髪さえワイルドだった。肌もキレイだった。ふざけたことに体臭すら爽やかだった。
そして外見すべてを台無しにする──イカれた中身。
ヤツはアーマーに対して異常興奮する奇人だった。我らと同じくこの世界に放り出された放浪者であるとのことだったが、疑わしい。違う世界なのにアーマーがあって、しかし物理的には実在せず、電脳空間で乗り回すのが至高の遊びだったというのは荒唐無稽すぎる。遭難で頭がおかしくなった可能性のほうが高い。
だが悪いやつではなかった。救助した恩に報いようとする素直なやつであった。囮にすると告げるとなぜかまた異常興奮していたが、逃げずに戦う意志を見せていた。私が飛び去った後、わずかに届いた通信にも交戦記録が届いていた。あの3人は勇敢に戦い、そして散った。
私は……戦士たちを犠牲にして生き延びた。
後悔がある。せめてあいつの名前くらいは聞くべきだった。弔うこともできない。
彼の名を、聞くことができなかった。怖かったから。心の壊れた野人を捨て石にするだけだと思おうとした。だが彼は良いやつだった。戦士の心を持っていた。
やっぱりせめて名前くらいは聞くべきだった。もし魂が世界樹の麓に還ろうとも、名を称えて弔ってやらなければ、魂はさまよってしまうことだろう。贖罪させてもらうこともできない。
頭がグラグラする。
幻覚も見えてきた。
あのプレーンだ。
やけにハッキリ見える。夜の街にたたずみ、私を見つめている。
はやくも魂がさまよい、私を恨んでいるというのか。
許してくれ……
「おまえの名を、聞かせてくれ……」
幻覚が答えた。
「俺はジェイ。俺の名前は、ジェイだ」
幻覚はたくましい筋肉をしていて、その腕は私を抱きしめていた。
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