女神

 ↵


『そこのプレーン、何者だ? なにをしている? 所属と目的を言え』

 俺の魂が最も愛するもの。

 アーマー。人型兵器。

 それを目の前にして、俺は……


 ↵


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「それで、あいつはどうしてる?」

「は、姫様。あやつめは今は落ち着いとります。ニールが尋問しとりますが……やはり頭が少々おかしいようで」

「姫はやめろ。まあそうだな。いきなり私のアーマーに……全裸のまましがみついて、泣きながら、な、舐め回すとは」

「長く遭難していたそうですが、怪しいもんですな。あの遺跡で普通のプレーンが生存できるはずがない」

「アマルガムか?」

「おそらくは。スキャナーに文字化けが検出されました。……ですがあの狂信者どもにしては、素直すぎますな。警戒心も無い。あるいは、飢えたすえに摂取しただけで、まことに遭難者という可能性も」

「ふむ……どちらにせよ、あの遺跡で生き残ったことには変わりない……」

「姫様、どうか慎重に」

「姫と呼ぶな。もう決めた。私が直接見定める」


 ↵


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 あのダークレッドの女神にお近づきになろうとしたら、いつのまにか気絶していた。

 ちょっと軽率だったか。アーマーは超危険なバリアを持っていることもある。だとしたら生身の人間は近づくだけでも自殺行為だった。まあ後悔はしていないが。

 俺はいま狭い部屋で、ニールという汚いおっさんと仲良くお話している。


「ヘイ、ニール! あの女神様はいまどこにいるんだい?」

「ハァ。にいちゃん、いいかげん冗談言ってないで正直に話してくんねえか。そしたらまあ、大人しくしてるなら、見せてやらんこともねえよ」

「何度も言ってるでしょハハハ!、ずっと遭難してただけだから何も知らないよ! 俺は真実ホントのことしか言ってないさ! あの女神様に誓ってね!」

「……ハァ。もうオレ嫌んなってきちったな」


 この汚いおっさんニールは、汚いが良いおっさんだ。

 目覚めた俺に食べ物と水をくれた。シリアルバーと真水。ネズミ肉でも虫でもない食べ物と、鉄臭くも青臭くもない水だ。最高だ。

 会話をしてくれた。ヘルプシステムの定型文ではなく、ネズミの鳴き声ではなく、ガラクタのビープ音でもない。人間が考えて発する言葉だ。最高だ。

 ベッドで寝かせてくれた。固い地面でもない、チクチクゴワゴワの植物繊維でもない。狭い部屋に備え付けられた粗末なやつだが、間違いなく人間の寝床だ。最高だ。

 そして、パンツをくれた!!

 俺はずっと全裸だった。植物や髪の毛で自作はしてみたが、どうにもゴワゴワして落ち着かず、なにも着けないほうがマシだったのだ。気温も安定していたのもあって、全裸でいるのが自然になっていた。

 だがやはりパンツはいい。収まるべきものが収まるべき場所に収まっている。新品ではなく適度にくたびれているところがまた馴染む……コレおっさんの使い古しか? まあいいか肌触りいいし。最高だ。


 汚いおっさんニールは、汚いが最高のおっさんだ。

 なんか俺に優しすぎない? もしかしてソッチ系か? 俺に気があるのか? まあ命の恩人なら仕方ないな。


「ニールさん、あなたは聖人かなにかか? 俺にできることならなんでも言ってくれ」

「やめろ距離が近いんだよ離れろ」


 俺が涙を流しながら感謝すると、ニールさんは謙遜して俺から距離をおいた。

 恥ずかしがり屋のおっさんのようだ。


 ニールさんはいろんなことを教えてくれた。最初は俺に尋問してるらしかったけど、あまりに俺が何も知らないので、逆に俺への授業に変わっていった。ヘルプシステムは広域情報取得失敗と繰り返し続けるクソ役立たずポンコツドアホだったのでとても勉強になった。


 この世界はコピペのような区画が繰り返される無限地下世界……というわけではもちろんなく、荒野のウエスタンSF世界らしい。

 地上のほとんどは荒野と砂漠が広がっていて、豊かな大都市は少ない。『龍震』と呼ばれる地震のせいだ。地殻がひっくりかえって土砂の大河が流れるということが日常茶飯事でそこらじゅうで起こっているらしい。そのせいで国という概念は薄く、街単位で成り立っている。街も浮島のように常に移動していていて道路ができないので、車両よりもアーマーが活躍している。

 環境が過酷なせいか野生生物も化け物みたいなのが──巨大虫やモンゴリアンデスワームみたいな怪獣UMAがウヨウヨいるらしい。やばい。

 だが龍震のときにはよく遺跡が地中から出てきて、そこから発掘品オーパーツが回収でき、そのおかげでそこそこ生活できるらしい。


 アーマーは、発掘品のうちのアタリのひとつ。7メートル前後の人型ロボット。手脚や内装ユニットを自由に組み替えることができ、性能を変更できるのが特徴だ。俺の知るアセンブルコアのアーマーと同じだ。呼称もそのまんま『アーマー』らしい。

 発掘したものにエネルギーさえ用意すれば、簡単な整備をするだけで動く。操縦システムも簡単で、すぐ自分の体のように動かせる。

 武力だけでなく労働力としても活用されていて、この世界ではどんな村でも最低1機は所有されているくらいに普及している生活必需品らしい。農家が共有で大型トラクター持ってるみたいな話だな。


「んでオレたちは『ディグアウター』といって、アーマーに乗りながら遺跡から使えるもんを掘り出してくるのを仕事にしている」


 俺たちがいる部屋も発掘品らしい。ふつうに建物の室内に見えるが、なんと『仮設テント』。ディグアウターがよく使う運搬可能な便利アイテムとのことだ。


「じゃ、俺がいたのは遺跡だったんですね」

「ああ。たまにある暴走遺跡だな。地中で建設系の機械が勝手に起動して、無秩序にモノを作りまくるんだ。元凶のブツを掘り出せれば儲けモンだが、もう壊れてるだろうし、あの規模じゃ発見も無理だな」

 ニールさんは真剣な目で俺を見据えた。

「感謝しろよ、おまえを見つけてたのはうちのタイチョーだ。助けてやることに決めたのもタイチョーだ。街の外では他人を助ける義理なんて無い。まして危険な遺跡でヘンな人間がいたら念のためぶっ殺しとくのが当たり前だ。タイチョーに毎日感謝しろ、また舐めたことしやがったら代わりにオレがぶっ殺すからな」


 もちろん感謝している。不義理なことはしない。

 うーん、あんまり嘘もつきたくないな。

 どうしよ。異世界転生して目が覚めたらあそこだったんですよって、もう正直に話しちゃおうかな。

 うーん。

 話しちゃお。


「……そうか」


 気の毒そうな目で見られただけだった。


 ↵


「ん、こちらニールだが……姫、じゃなくてタイチョーが?」


 ニールさんがいきなり虚空にむかってしゃべりだした。びびる。

 どうやら通信会話の回路かなにかを使っているようだ。回路は普通に使われるものらしい。

 すこし安心する。ナノメタルを飲み回路を使う俺は前世とくらべると完全に異常だが、この世界では一般的なものなのだろう。


「いいか、タイチョーがこちらに来られる。おまえと直接話すらしい。絶対に失礼をはたらくなよ」


 ニールさんたちディグアウターは3人組で、ほかに婆さんと『姫』という隊長がいるらしい。あの女神様に乗っていたのが『姫』だ。

 ……なんか誤魔化しているみたいだが、ニールさんと婆さんはタイチョーとやらを明らかに姫として敬っている。オタサーの姫とかいうやつじゃなくてガチっぽい。ワケアリなのか? 触れないほうがいいか。

 どうしよう緊張するな。俺はあのダークレッド機体に心底ゾッコンだ。いくらでも褒めそやし敬うことができる。でもでもしかし、その中身に問題なく応対できるだろうか? アセンブルコアのゲーム内では、パイロットの容姿は描写されなかったので「パイロット=機体」というキャラクターとしてまとめて捉えていた感覚が強い。中身の人間の方はあまり想像したことがなかった。大好きな機体の中身と会話するというのは、なんだか変な気分だ。

 ニールさんがこめかみに手をあてて、変な顔をしている。回路で脳内通話しているのかもしれない。


 タイチョー姫はすぐに現れた。


「正気には戻れたか、プレーン?」


 小柄で、モジャモジャ──というのが第一印象。

 毛量がすごい。髪型の名前すらわからない。クリーム色の髪のなかに、ふっくらした小顔がある。意志の強い賢そうな眼だ。しかし顔色は悪い。

 パイロットスーツ……のように見えなくもない作業用ツナギのようなものを着込んでいる。が、汚れがすごい。ニールさんと同じくらい汚れている。

 髪も肌もベタベタ、土埃まみれ。 

 汚いおっさんの上司は、汚い女の子だった。


「ッス。アノ、先程は、失礼しましたッス」

「ああ。おまえ、私のアーマーの脚を舐め回したんだぞ。機体とはリンクがあるんだ、靴を舐められたような気分になる。もうやるんじゃないぞ」

「ッスサーセンス。アノ、食事と水、あと服、アリシャッス」

「うん。服を着ればいくらかマシだな。食料は余裕がある。まともな食べ物は久しぶりだろう? 足りないならまた言え」

「ッス」

「うんうん、元気になったようでなによりだ」


 会話に集中できない。『年下の上司』とか『社長のお孫さん』と話しているような、妙な緊張がある。

 その一方で、保護欲的な義務感が湧いてくる。女の子だろ、もっとキレイにしてやれよ。俺ですら植物繊維雑巾とか虚無果物の皮で毎日体を拭いてるのに。可愛らしいのに勿体無い。体調も良くなさそうだ。

 大人は何をやっているんだちゃんとお世話しなさいよ……と後ろに控えているニールさんに言いたい。気になる。でも『姫』に関係あるかもしれないしなあ。言及しにくい。


「ところで……承知してほしいのだが、君をお客様として扱うことはできない。我々は君を助けた。その対価として、私から頼みたいことがある」


 来たな。


「そうですね。俺にできることなら」


 対価を払うことに否はない。この世界は人を無償で助けられるほど優しい余裕なんてありそうにないし。恩は感じている。

 だが、救ってもらったからといって下手に出すぎると奴隷扱いになるかもしれない。ニールさんたちは信頼できると思うが、一応警戒はしておく。教えてもらった情報すべてが嘘という可能性もゼロではない。3人はディグアウターではなく人攫いの盗賊団ということも有り得る。

 ここは平和な日本とは違う。この先この世界で生きていくためにも、警戒心を強く保っていくことは必要だろう。


「君には、アーマーを操縦して働いてもらおうと思っている。操縦については指導しよう。その間、うちのアーマーをひとつ貸してやる」


 アーマーに乗れる、だと?


「ハイヨロコンデー!!」


 俺は犬のように床にへばりつき、姫に絶対の忠誠を誓った。

 

 ↵


 仮設テントという名のプレハブから出ると、一面の荒野だった。

 近くに地割れがあり、渓谷のようになっている。その中に俺のいた遺跡があるらしい。ここに3人が来たおかげで俺は地上に出ることができたようだ。

 俺たちが仮設テントから出ると、ニールさんはすぐ何かを操作した。すると仮設テントはいきなり縮小しはじめ、手に持てるサイズになってしまった。すごい、SFだ。あとには重量物が乗っていたような圧縮された土の跡だけが残る。

 ……もう回収しちゃうってことは、このあとすぐどこかに移動するのか? 急いでいるのかな。

 まあそんなのはいい、重要なのはアーマーだ。


 仮設テントのすぐそばには3機のアーマーが座っていた。

 量産型っぽいのが2機。

 そしてあのダークレッド様。

 ひざまずく騎士のような待機姿勢だ。カッコ良すぎる。


「うっひょー!(すばらしいアーマーですね。もっと近くで見てもいいですか?)」

「おいこら、それ以上近づくなよ」

「うっほー!(もう舐めたりはしませんよ。だからもうちょっとよく見せてください)」

「やめろこら、おまえのアーマーはこっちだ」


 ニールさんに引っ張られた先には、鉄の骸骨がいた。


「え、これアーマーですか?」


 棒のような手足に、肋骨のような胴。頭は……頭は無い。マジか。


「最低級のだな。おまえを発掘する前に見かけてたモンを組み合わせたんだ。これくらいのならそこらへんですぐ用意できる」

「えっ、そんなすぐ見つかるもんなんですか?」

「数が多いし、重量のわりに高くは売れねえから、みんなそこらにそのまま転がしてあんだよ」


 最低級アーマーは錆びてこそいないが、擦り傷だらけで砂にまみれている。

 んん~ボロい。

 まあ仕方ないか。3人で3機のアーマーに乗ってディグアウトに来たのなら、俺のためのアーマーなんて持ってるわけないし。ここですぐ乗せてもらえるだけで感謝しよう。

 記念すべき俺の初アーマーだ。ここから俺のアセンブルコアが始まるんだ。そう考えるとこいつも格好良く見えてこないこともない。ロボットに装甲やカウルをつける前の骨組み、素体、スケルトンみたいだ。侘び寂びってやつがあるかもしれない。これほどボロいアーマーなんて設定資料本でも見たこと無いしレアだ。

 俺、荒廃系の作品序盤のジャンク武器とか結構好きなんだよなあ。

 なんか格好良く見えてきたな。


「うひょひょ~(私のために用意してくださって有難うございます)」

「おまえ、アーマーならなんでもいいんだな……」


 喜びのあまり言葉にならない言葉を、ニールさんは理解してくれている。俺たちはすっかり以心伝心のようだ。


 ↵


 アーマーの操縦はお婆ちゃんが教えてくれるらしい。

 お婆ちゃんの名前はヴィンティア。カッコイイ。見た目は白髪・白眉の立派なお婆ちゃんだけど。あとやっぱりツナギ姿で汚い。


「ほら、登れ登れ」

「おじゃましまーす」


 アーマーのコクピットは胴体にある。前部装甲がバックリと開いて、操縦席がコンニチワ。膝立ち待機姿勢でも地上3メートルはあるので乗り込むのにコツがいるが、俺の今の体と脳は運動神経バツグンだし、ゲームのPVで乗り込みシーンを見たことがあるのでうまくいった。お婆ちゃんが少し関心してくれていて嬉しい。


「おー、マッドがマックスってかんじ」


 最低級アーマーのコクピットは、いろいろ剥ぎ取られたあとの廃車みたいだ。鉄パイプだけのクッション皆無の座席とか逆にオシャレだ。見える必要のない線やらシャフトやらが見えている。隙間に足とか挟まったら危なさそう。

 なんとディスプレイすら無く、肋骨のような胴体の隙間から肉眼で外を見るようだ。まあ低解像度ディスプレイ見るくらいならこっちのがマシか。


「んじゃ教えちゃるから、座れ座れ」


 ヴィンティアさんが俺に続いてヒョイと登ってきた。元気だな。


「これが給油プルレバー、これが始動キー、ハンドルレバー、アクセルペダル、ブーストペダル……」


 お婆ちゃんのアーマー操縦授業が始まる。

 どんな学校の授業よりも数千数億倍も楽しい授業だ。俺のメモリ拡張された脳を駆使してすべて一発で覚えて……


 え? 

「これで全部ですか?」


 授業はすぐ終わってしまった。よく見回してみると、なんかペダルもボタンも少ない。映画とかだと戦闘機のコクピットなんてスイッチだらけだったんだが。

 アーマーは自動車くらい簡単に動かせるのか?

 二足歩行で飛んだり跳ねたり撃ったりするロボットが?


「そうじゃ。あとァ、『接続』すりゃァなんとかなるなんとかなる」

「接続っていうのは?」

「ハンドルからジャックされるから任せとけばええ」

「ジャック?」

「なんじゃい、わからんのかい? ジャックっちゅうのは……」


 ドドドドドド──

 地震がきた。

 いや、これは地震じゃないな、なんだこれ?

 雪崩のような……

 足音?


「オイ、ヴィン! 来やがったぞ!」

「ちィ、早いのう」

 ふたりが殺気立った声をあげる。


 ヴィンティア婆さんは俺のアーマーからとび降りてしまった。


「何があったんですか?」

「すまんが、これからぶっつけ本番でいってもらう」


 俺のアーマーのコクピットが閉じていく。婆さんが降りる前に操作していたらしい。

 エンジンも起動したようだ。機体から大型重機のような振動が発生する。興奮してきたな。最初からしてるけど。


『君には依頼があると言った。これがそうだ』


 うわ、いきなりタイチョー姫さんの声が脳内に響いた。

 これは、脳内通信の回路か?


『我々に協力し、ヤツらと戦ってもらいたい』

「え、いきなり実戦ですか?」


 ヴーン──とエンジン音があがる。

 ニールさん、ヴィン婆ちゃん、タイチョーがアーマーに乗り込んだらしい。

 3機のアーマーが起動し、起き上がった。

 授業はもう終わり? これからオン・ザ・実戦・トレーニングってことか?

 いきなり?


『我々はディグアウターだと言ったな。ここには遺跡の発掘に来て、そして遭難している君を救助したと。だが、言っていなかったことがある──』

 姫さんの声は冷え切っているようだった。

『──我々も、遭難者なのだ』


 ドドドドドド──と足音がする。

 荒野のむこうに砂嵐が見えた。

 いや、砂嵐じゃない……虫だ。

 化け物のようにデカい虫の大群だ。

 カマキリのようなもの、カブトムシのようなもの……いろいろな種類がいる。小さなものでも人間より大きい。大きなものではアーマーと同じくらいの大きさがある。

 共通しているのはどれも殺意の高いカタチをしているということだ。


『我々はディグアウト中、龍震とあのキメラの大群に襲われた。あれらを撃退しつつ帰還座標を再計算するのに時間がかかりすぎた。食料と水はあるが、エネルギーが尽きたのだ。逃げ込んだ渓谷に偶然、遺跡があったときは地獄に仏だと思ったよ。遺跡のなかにエネルギーか、使える火器があるかもしれないと』


 徐々に話が飲み込めてきた。なにを伝えようとしているのか、どんな気持ちで伝えようとしているのか。


『我々はディグアウター。遺跡から発掘し、活用し、生き抜く者。しかし中身は殺人ボットだらけのハズレ遺跡で……見つけられたのはプレーンがひとり……虫どもが我々を嗅ぎつけて、追ってくるのは時間の問題……』


 姫さんの声はそこで途切れた。

 ひとりきりのオンボロコクピットに、沈黙がおりた。アーマーのコクピットはパイロットひとりを収めるだけの息苦しい空間だ。アセンブルコアのファンからは「棺桶」と揶揄されることもある。手のひらが汗で濡れていく。

 つまり……俺は囮にされるのだ。


『騙してすまんな、おまえさん』

『悪いがここで、死んどくれ』


 ニールとヴィンティアの冷たい宣告。 

 えっ……

 これって……

 ……

 ……


 い……偽りの依頼、来たァァァァーー!!

 

 俺はテンションがぶち上がっていた。

 アセンブルコアの伝統として、『騙して悪いが』『偽りの依頼』というものがある。

 妙に報酬のウマい任務依頼がやってきて、引き受けてみるとそれは罠。戦場にはプレイヤーを滅ぼすための敵がわんさか待ち受けていたり、味方のはずの機体が敵側にまわったりするという高難易度イベントだ。主人公の力が危険視される中盤以降に起こることが多い。

 いやとくに明確にこういう名前の伝統であると決まっているわけではないが、とにかく定番のお決まりの人気の展開なのだ。

 クールに裏切ってくる敵がカッコイイ。なりふり構わない大軍にテンションが上がる。それもこれもプレイヤーを脅威として高く評価しているからだ。そしてそれら全てを返り討ちにして薙ぎ倒してしまうのが気持ちいい。

 俺はこれが大好きだった。


「見せてやるよ……俺の力を……こんな初戦でこう来るとは……楽しいことしてくれるじゃあないの……」


 キレてるんじゃない。

 喜びでテンションがおかしいだけだ。


「必要な操縦方法は聞いた……俺はこいつと一体になった……アーマーに乗って、俺が負けるはずがないんだ……」


 すでにエンジンは起動している。このオンボロアーマーにもライフルは持たせられている。移動も射撃もやり方は聞いた。そもそも俺はマニュアルとか読まないタイプだ。実践型なんだよね、俺って。

 いけるいける。できる気しかしない。

 べつに殲滅してしまっても構わんのだろう。くおおおおアクセル全開! ハンドルを前に! 


「最下級だって話だが、虫相手にアーマーが負けるはずないだろ! 行くぞおおぉぁァア!!」


 俺は思いっきりずっこけた。


 素晴らしい勢いで縦回転したアーマーは、顔から地面に突き刺さり、脚は美しく天を指し示した。


 ↵


 え、なにが起こったの?

 頭がクラクラする。ちょっとテンションが上りすぎて冷静じゃなかったかな。

 助けて。助けてくれー。 


『……おーい、接続もせずなにしとるんじゃい』

 え、ほんとうに助けてくれるの?

「接続? 接続ってなに?」

『なんじゃい、接続は接続じゃい。ハンドル握ったら回路を渡されたじゃろ?』

「いや、なにも反応は無かったけど。わからない、もっと詳しく最初から説明して欲しい!」

『……もうええ、そこにおるだけでええ』


 呆れたようなヴィン婆ちゃんの声。

 泣きたい。


『やはり、私も残ろう……みなで戦えば、あるいは……』

『決めたことですよ、タイチョー。戦闘用エネルギーは1機ぶんしかない。こいつがいなくても、我々2機でやるつもりだったのです。変更はありません』

『……しかし』

『姫様、もう時間は無いのです!』


 ニールさんが姫さんに言い聞かせている。


『はやくお逃げを。世界樹のお導きがございましたら、また会えましょう。お元気で』

『姫様、ここでお別れじゃ。あなたは立派にご成長なされた。あの世でじいさんに自慢できるわ』

『……すまぬ……大儀であった』


 ん、なんか二人と姫は今生の別れみたいな挨拶してる。

 え、二人は残るの?

 姫さんは覚悟を決めたようだ。


『プレーン、おまえにも酷なことをした。名前すら聞かぬままだったな、許せ。戦士たちよ、勇敢なる魂に世界樹の祝福あれ』


 ヴヴヴヴヴ──とダークレッド機から異質な音がする。

 青白い光が走った。と思ったら、ダークレッド機が消えていた。

 空だ。飛んでいる。

 まるで宇宙戦闘機のようだ。バリバリと雷のようなものを纏い、背面ブースターからは青い炎が長く大きく吐き出される。美しい。

 ダークレッド機は、はるか空の彼方へ消えていった。


『諦めてくれや、兄ちゃん。戦闘モード用の燃料はひとりぶんしか無かったんだ。それでも逃げ切れるかはギリギリだから、俺たちは通常モードで、できることをやる』

『おまえさん、もうええからそこでジッとしちょれ。そのオンボロなら、もしかしたら無視されて助かるかもしれん』


 キメラという虫の化け物の大群が、どんどん近づいてくる。

 ニールさんと爺ちゃんのアーマーは、ドタドタと歩きまわって、弾薬を装填し、大口径のグレネードらしき砲を構えた。

 ドン、ドン、ドン──と砲撃が始まる。この世界にきて初めて目撃するアーマーの戦闘だが、感動する暇も無い。

 キメラたちが吹っ飛んでいく。だがそれは大群のほんの一部だ。遠目には減っているとも感じられない。


『やるぞニール!』

『先にくたばるなよヴィン!』


 ふたりは大砲を捨て、巨大な盾と無骨なライフルを構えた。ライフルにはブレードのような補強材が付いていて、近接武器としても使うつもりらしい。

 ふたりは戦い慣れているように感じた。だが多勢に無勢すぎる。とても勝てるとは思えない。 


 なんとなく察した。アーマーには戦闘モードとそうでない通常モードがある。通常モードというのは、人間をそのまま巨人化したくらいの力しか出せない。器用なパワーショベルのようなものだ。

 巨大な手足を振り回し、巨大な武器を扱うことはできる。だがそれだけ。

 ブースタで高速移動はできないし、バリアは張れない。まるでゲームの雑魚役の鈍いロボット。

 俺がイメージするゲームのように強いアーマーは、さっきのダークレッド機のように戦闘モードでうごくアーマーのことだ。そしてその機体は飛んでいってしまった。

 ここにいるのは、ただの人型の重機が2両。まったくの役立たずのゴミがひとり。

 そこにやってくるのは、地球の軍隊でもかなわないような化け物の大群。

 なにやってたんだ、俺は。テンション上がって倒れて。

 ふたりが戦ってるのに、俺はなにをやってるんだ。俺は騙されたわけではなかった。ただ3人の危機に巻き込まれただけだ。


「すみません、いま起きます、俺も戦って……」


 記憶があるのはそこまでだった。


 轟音、衝撃。


 俺はキメラの大群に飲み込まれ、ゴミのように撥ね飛ばされた。

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