雇用契約

 ↵


 :archivesystem//jjjjjjjjj


 店から姫さんが連れ出されて、俺はすぐ後を追った。

 興奮している男たちから漏れ聞こえてくる言葉を聞いていると、不愉快になってきたので脳内フィルター回路でミュートした。こいつらは全員ボコっていいなという気分になったので、そうした。


 キメラ虫と比べると、人間は簡単すぎた。後ろから肩を叩き、振り返ったところに拳をひとつで気絶していく。こちらに気づいた奴から始末する。ナイフや拳銃らしきものを持っている奴もいたが、遅すぎる。

 あっさりと全員眠りについたので、姫さんはもらっていくことにした。

 姫さんはほぼ意識が無く、苦しそうな表情で震えていた。力が全く入っておらず、グニャグニャだ。

 男どもはもっと殴っても良かったな。


 姫さんの体は熱く、軽かった。

 介抱しないと。水を飲ませれば良いんだよな? 酒呑みの処理ならいくらでもやったことがあるが、さすがに薬を解毒する方法は知らない。毒物誤飲の対処法に大量の水を飲ませるってのがあった気はする。


「おまえの名を、聞かせてくれ……」


 ベロンベロンの姫様がいきなり聞いてきた。大丈夫かな。

 名前、名前かあー。そういやまだ誰にも名乗ってなかったな。ひとりぼっちだったから。

 せっかくなら前世とは違うほうが良いな。けどどうしよ。

 適当でいいか。


「俺はJ……俺の名前は、ジェイだ」


 前世での俺のゲームIDは『jjjjjjjjj』だった。学生時代に超適当にとったIDだ。キーボードの右人差し指を連打しただけ。Jが9つなのでパイロット名や機体名として『J9』『ジェーナイン』などをよく使っていた。実際に生活して名乗っていくなら『ジェイ』で悪くないんじゃないかな。


 ところで、あとさき考えずに殴り倒したけど大丈夫かな? 誰かに通報されてないか?

 おっかなびっくり周囲を見回すと、パンツ一丁のオッサンや子犬の散歩をしているオバサンに見られていたが、「若いな」という顔で通り過ぎていった。


 あ、治安悪いんだな、このへん。まあそりゃそうか。


 ↵


 結局、さっきの飯屋に戻ってきた。

 親切そうな雰囲気の女性店員を狙って事情を話すと、親切にも水をピッチャーでくれた。あの男たちについても聞かれたので特徴を伝えておいた。店で悪事を働く輩には容赦しないようだ。良い店だ。

 姫さんに水を飲ませていると落ち着いてきて、いちど嘔吐し、それから顔色も良くなった。薬の質も悪かったのだろう、ほぼ毒だったんじゃないだろうか。

 さっきの店員さんに重ねてお礼を言う。今後贔屓にさせてもらおう。


 姫さんには拠点があるらしいので、おんぶして連れて行く。

 半分眠っているように見えるが、「壁外南」「ガレージ」「Bの7」という単語をポツポツと俺に伝えていた。その様子を見て信用してくれた店員さんが教えてくれたところによると、アーマーごと泊まれるレンタルガレージがあるとのことだった。ディグアウターや運び屋がよく使うらしい。


 すっかり夜だった。

 巨大な月と荒野がよく見えた。壁外の巨大スラム街は全体が斜面になっているので見晴らしが良い。

 ……当然ではあるけど月が変だな。地球の月に似ているが、サイズが大きすぎる。


「なぜ、私の邪魔をした」


 背中から姫さんが聞いてきた。どうやら意識だけは戻ってきたらしい。


「大丈夫ですか。気分はどうですか」

「答えろ。なぜ邪魔をした。私には金が必要なのに」

「助けたつもりでした。なんかムカつくやつらが知り合いをはめようとしてたんで」

「お前に心配される義理は無い」

「いやいや、完全にお持ち帰りされてたじゃないですか。あのクソども酷かったですよ、終わったら売るとかバラすとか捨てるとか」

「……」


 背中からプルプル震動が来た。いまさら怖がっているのかもしれない。


「……おまえ、ひとりか。この街に着いたのは?」

「……そうです。ニールさんとヴィンティアさんのおかげです」

「……そうか」


 背中の震動の種類が変化した。泣いているのだろうか。

 荒野の夜は風が強い。冷えた風が街を通りすぎようとして独特の音を奏でる。


 姫さんが小さく聞いてくる。

「なぜ、私を助けたんだ」

「遺跡で助けてもらったじゃないですか」 

「お前を遺跡から拾ったのは、囮にするためだ。私はお前を利用した。お前には、復讐する権利すらある」

「権利とか言われても。助けてもらったことにはかわりないし」

「私はお前を見殺しにした。私はニールを見殺しにした。私はヴィンティアを見殺しにした。みんな、私が死なせた。なぜ、私を助けたんだ……」


 背中が本格的に震えだした。


「うーん……」


 なんか面倒くさいモードに入ってるなあ。

 子供が泣くのを見るのは嫌だし、女が泣いているのも嫌だ。女の子が泣くのは最悪だ。

 子供をあやす気分になって、背中の姫さんを前抱きにした。

 赤く腫れた目を覗き込んで言う。


「なあ姫様。オマエは、俺の恩を軽くみている」

「うっ?」


 姫さんは驚いたように眼を見張っている。


「俺はな、ずっと暗くてジメジメした地下にいた。地下で食べられるのは虫とネズミ。飲めるのは鉄の味がする水溜り。メニューはそれだけだった。俺はグルメだったよ。今日の虫は皮が香り高い。今日のネズミは骨が柔らかい。こだわりを持って毎日食事していた。充実していると思っていた。……地獄だよ。地獄でゴミを喰っていた。あんなのはクソだ。それに気づけたのは初めてマトモな物を食べられたときだ。ニールさんがシリアルバーをくれたからだ。姫さん、あんたが助けてくれたからだよ」


 地上に出てから初めて気づいたが、俺の脳内は回路によって5回編集された痕跡があった。俺は回路で自分自身の認識を歪め、記憶を改ざんしていた。地下での劣悪な生活に耐えるためだ。俺は5回発狂してリセットしていたのだ。今となっては、地下生活初期のころの感情を思い出すことすらできない。


「俺がどれだけのあいだ、地下にいたかわかるか? 6年だよ。覚えている、2367日間だ。そのあいだ、ずっと同じなんだ、毎日が。毎日毎日、同じ景色だ。同じ壁、同じ床、同じ天井。食べ物も同じ。敵も同じ。どれだけ歩いても同じ。区画を移動するたび、どれだけ祈ったか。この景色が終わることを。区画を移動するたび、どれだけ絶望したか。どこまで行っても、閉じ込められる。自分は移動しているつもりで、地獄へ落ちていってるんじゃないかと思った。もしくはここが地獄だと思ったよ。無限地獄、みたいなやつ。また同じ……また同じ……」


 マッピング回路に正確な記録が残っている。視覚と三半規管の情報をもとに作成された、地下の行動履歴。俺がいつどこでどんな行動をしていたか。俺はそれを二度と見たくない。きっと狂った虫の観察日記のようになっていることだろう。


「あの地下6年間をあわせたよりも、地上に出てきてからの1週間のほうが、はるかに豊かだ。俺はこの世界に転生した。だが本当に生まれ変わったのは、アンタたちディグアウターに掘り出されたときだ。アンタのアーマーに発見してもらったときだ。今、こここそが楽園だ。わかるか? ぜんぶアンタのおかげなんだよ、姫様」

「……」


 姫さんは驚いたように眼を見張ったまま、俺を見つめている。眼乾かない?


「囮とか、見捨てたとか、どうでもいいんだよ。些細すぎる。ていうか、あんたらも遭難してたんだろ? むしろ有り難いよ、その状況で俺まで助けて。助けてもらった時点で、デカすぎる恩がある。絶対に恩返しすると決めた。俺は勝手にアンタらの身内になった気分でいたよ。運命共同体だ。そこに危機がやってきた? んなら全員で対処するだけだ。みんなが助からないなら、誰かひとりでも助かるべきだ。あれは、全く間違ってない。姫さん、あんたは間違っていない。ひとりだけでこの街に着いてしまって、大変だったな。よく頑張ったよ」


 前抱きにしている姫さんの体温が、急激に熱くなってきた。

 大丈夫か。はやく休ませないとな。


「……ていうわけで……まあ、とにかく、今日は休もう。金が必要なんだよな? でもあの方法はやめよう。協力する。姫様も苦労したんだろうけど、ふたりいれば何か良い案もあると思う」


 熱弁しすぎた。本心ではあるが。

 恥ずかしくなってきたので姫さんを後ろに背負いなおす。


「ありがとう、ジェイ」


 首に腕が回されて、弱い力で抱きしめられた。 


「名乗っていなかったな。私の名はリンピアという。リンと呼べ」

「そうか。よろしく、リン」

「ああ。よろしく、ジェイ」


 ↵


 壁外南、B-7番アーマーガレージ。

 壁外の街のはずれには、10メートルくらいの高さのガレージがずらりと並んでいた。アーマーがちょうど入る大きさで、人間も中で一緒に宿泊できるらしい。

 頑丈そうな人間用ドアをあけると、ダークレッドの女神様が鎮座しておられた。壁にはデカい工具が揃っていて、ちょっとした整備もできそうなガレージだ。

 反対の壁際は人間用の生活空間になっていて、台所やテーブルが揃っている。オープンなリビングだ。二段ベッドならぬ二段部屋があり、そこがプライベートスペースになっているようだ。前世の住宅でも愛車を眺めるために車庫と隣接したリビングとかあったな、こっちは完全にアーマーがメインだけど。なかなか開放的で雰囲気の良いガレージだ。

 ……いや、開放的なのは、アーマーが少ないからだ。減ってしまったからだ。このガレージは2機から3機用なのだろう。それに家具も少なすぎる。売ってしまったのかもしれない。


「泊まっていけ……」


 かすかに聞こえた。寝言かなと思って顔を見て確かめたが、もう眠っていた。

 俺も正直疲れきっていて宿なんてとても探していられないので、甘えさせてもらおう。

 姫様──リンピアを上段の女性部屋に寝かせる。

 俺はニールさんの男部屋で休ませてもらった。部屋には雑貨がそのまま残っていて悲しくなる。

 ベッドに横たわると、中年男の体臭がした。それを感じると、少し涙がにじんだ。大したことのない、不意に勝手に湧き上がってきて、すぐに去っていく、よくある感傷だ。

 前世の父親は俺の成人前に死んだ。まだ親孝行なんてしていなかった、考えてもいなかった。父親は酒とタバコが大好きな男だったが、一緒に酒を呑んでやることもできなかった。遺跡から救助されたとき、あんなにニールさんたちに心を開いたのは、どこか父親に重ねていた部分もあったのかもしれない。だが、その彼らも逝ってしまった。


 せめて、彼らが守ろうとしたリンピアを守ろう。そう思った。

 

 ↵


「おはよう。よく休めたか?」


 起きると、ガレージの一角のリビングスペースにはすでに朝食が用意されていた。

 リンピアがエプロン姿だ。小さな女の子が家事を頑張っていて、微笑ましいという気分になる。

 メニューは堅パンのスライスと目玉焼き。シンプルだが良い焼き加減でうまそうだ。

 平和すぎて不意打ちをくらったような気分だ。どうやら姫さんは元気になったらしい。


「昨日は世話になったな。礼を言う」

「余計なお世話じゃなかったんなら、よかった。クソ野郎どもを掃除した甲斐がありました」

「昨日の私は……冷静じゃなかった。おまえがいてくれて、よかった」


 冷静じゃなかったか。あの状況を見てしまって、俺も冷静でいるのは無理だった。

 このままサヨナラはできない。一夜だけ守っても問題は解決されないだろう。


「なあ、姫様、リンピアさん。昨日言いましたよね。俺はあなたに重い恩がある。あなたを放ってはおけない。助けたい。少なくとも、あなたが困っている問題を解決するまでは。いいですか?」

「……わかった。まず、朝食をどうだ?」

「ありがとうございます。いただきます」

「あと、その言葉遣いは改めてくれ。昨夜はもっと砕けていただろう。あれで……いい」

「そう、か? じゃそうする」

「ああ。あまり私を丁重に扱うな。ちょっと事情があってな、注目されたくないのだ」


 姫呼び関係のアレだろうか。それを言うならリンピアの言葉遣いこそ変……でもないか。子供が背伸びしているみたいで可愛いらしいだけだ。


 朝食を俺はすぐに食べ終わった──のを見て、リンピアは急いで食べようとして頑張っていた。ペースを合わせてあげたほうがよかったかな。

 食後のコーヒーまで出してくれた。『コーフィー』という発音らしい。コーヒーそのものだ。地球と同じものがわりとあるな。

 落ち着いたところで、改めて話し合う。


「改めて言うが、ジェイ。おまえに私を助ける義務はない。私としては、おまえを救助したことと囮を強制したこと、それでイーブン、いや以上の……」

「じゃあ俺も言うけど、まだもっと、俺を助けてくれ。一度拾ったんだから、すぐに捨てられちゃ困る。俺はこの世界について何も知らない。子供みたいなもんだ。いろいろ教えてほしい。その対価ってことで、リンの問題に対処しよう。そういう考え方で、だめか?」 

「……わかった。感謝する」

「それにな、俺はもう、とっくに惚れてるんだよ」

「!?」

「あの深みのある赤、華奢にして鋭利な爪先、高精度な瞳、装甲をキープしつつ空力特性を極限まで高めた曲線美……」

「おまえ……アーマーのことか……」


 すぐ隣はガレージだ。俺はうっとりとして女神を見上げる。

 リンピアはため息をついた。


「よくわかった……おまえを放っておいたら、すぐ野垂れ死ぬか、とんでもない犯罪をしでかしそうだ。しばらく面倒をみてやる。よく働け」


 こうして俺は職を手に入れた。やったぜ。

 よく働いたら、功績によってはダークレッド様を操縦させてもよいとまで言ってくれた。うっひょ〜がんばろ〜。

 リンピアは呆れた様子で、腕を組んでいる。


「あと、おまえは勘違いしているようだから言っておく。私は、成人しているからな」

「え」


 リンピアはモフモフ髪をかきあげた。


「成人女性だ。大人の女だ。やはり分かっていなかったか。さっそく教えることがあるな。私はドワーフという種族だ」


 マジか。じゃあ昨日のクソ野郎どもはロリコンではなかったということか。……いや、見た目が幼いんだからやっぱり同じことか?


 ドワーフとは前世のイメージに近い種族とのことだ。

 背が低く、体力があり、大人の男はヒゲがモジャモジャ。土と鉄に通じ、ディグアウトを職業とする者が多い。女性は毛髪の量がとても多くなる。

 ニールさんもドワーフだったらしい。髭の濃いガッシリ体型の普通の人間だと思っていたが「一族の中では群を抜いて長身の戦士だったからな」とのことだった。

 ドワーフねえ。ドワーフと来たか。なんか……すげー世界だな。アーマーがある世界なのに、ドワーフまで居るのか。SFとファンタジーがごちゃ混ぜだ。地球の概念と馴染みのあるものがやけに多いな? まあ、今は細かいことはいいか……。


「私とおまえはたぶん、だいたい同年齢だぞ」

「うーん……」

「おまえ、納得していないな。見ろ、私の豊かな髪を。こ、この溢れんばかりの髪が、大人の証拠だぞ。ほ、ほら」

「いや、まあ分かったけど」


 本当は分かってない。

 リンピアがやたらわざとらしく大げさに髪の毛を持ち上げて寄せたりしているが、寝癖が爆発した女の子にしか見えない。せいぜい思春期だ。前世の感覚でいうと髪が傷んで荒れているし。そういや、ちゃんとした風呂に入れてあげたいんだよなあ。出会って最初は本当に汚れていた。街に帰ってから少しだけ洗ったみたいだけど、もっとキレイにしてあげられると思うんだよなあ。前世レベルの整髪料って手に入るのかなあ。

 髪の毛を見つめていると、リンピアはすこし機嫌を良くしたようだった。


 小さな授業のあと、本題に入った。


「まず、私たちはお互いのことを知るべきだ。異論はあるか?」

「ないです」

「ではまず、おまえの身の上話から聞かせてもらいたい」

「了解」


 リンピア姫の調子がノッてきた気がする。年下上司ってかんじだ。様に入っている。弱っているよりはずっといい。俺も前世では、人を使うより使われたいタイプだったし、このほうが気楽だ。


「ニールから簡単な報告だけ聞いている。おまえは異世界から来た『ドリフター』らしいな?」


 うん?呼び方があるのか?

 素っ気ない名前からしてちょっと予想がつくが……


「もしかして、俺みたいなのって、わりといるのか?」

「まあ、そうだ。『病人』として、だがな……」


 リンピアは気まずそうに言った。

 ドリフターとは、遺跡でたまに見つかる『ハズレ』らしい。ディグアウターにとって面倒なだけのシロモノなのだそうだ。見つけたらさっさと街にでも放り出したいが、そうするには仕事場から街まで帰還しないといけない。時間の無駄だ。それだけなら普通の遭難者と同じだが、支離滅裂な行動をするぶん厄介。そもそも心の壊れた人間と区別がつかない。だから『病人』。

 奴隷にして売るのはまだ有情。非情な者なら『処分』してしまうらしい。


 そういうかんじか。まあそうなるよな。いきなりこんな混沌SF世界に来ても、前世の記憶なんてなんの役にも立たない。記憶喪失のほうが、素直に適応できそうなぶんまだマシかもしれない。


「遺跡で見つかるのかあ。ってことは、遺跡の中に原因があるのか? 別世界に移動する機械とかって、存在する?」

「それは長年探し求められている代物だが、見つかっていない。成功したドリフターたちが高額の懸賞金をかけているから、若いディグアウターがよく目標にしているな」

「つまり、夢のお宝ってことか」


 リンピアが不安そうな目をした。


「おまえは、元の世界に戻りたいと思うか?」

「いや、ぜんっぜん」


 全くこれっぽっちも元の世界に未練などない。肉親はすでに亡く、親しい友人もいない。強いて言えばネットのむこうの強敵たちとはまた戦いたかったが、それくらいだ。アセンブルコアの新作が出る未来があったならまだしも、会社ごと潰れたし。それに比べて、この世界のなんと素晴らしいことか! そこらへんに当たり前にアーマーが居るんだぞ!?!? うっひょ~!


「いや、もうわかった。それならいいんだ」


 リンピアはうんざりと首を振った。そっちから聞いたんじゃろがい。


 前世のことをいろいろ話してみたが、あまり理解はしてもらえなかった。

 ドリフターたちの前世はある程度のパターンがあり、似た前世どうしでグループを作ることもあるらしい。だが俺の地球は、かなり異色な世界のようだ。とくにアーマーが前世世界にも存在していて、でもゲームで遊んでただけです、というのは意味不明らしい。


「というわけだから、俺はアーマーに乗れさえすれば何も要らないな」

「よし。私はこれでも腕の立つディグアウターだ。立派なドライバに育ててやる。ついでに常識というものも叩き込んでやろう」


 リンピアはいい笑顔で言った。ひえー。

 ……だんだん元気になっているようで嬉しい。こうしていると、可愛いなこいつ。


 つぎはリンピアの番だ。正直、ここからが本題だ。


「で、問題は……リンが困っているのは、金であってるか?」

「うむ。金さえあれば、解決できる問題は多いな」

「そりゃまあそうか。じゃあ、なんでそこまで切実なんだ……あんな真似してまで」

「そもそも私達の目的は、我ら一族の村を救うことだった。だが大金のために博打にでて、下手を打ったんだ……」


 彼女たち3人はもともと出稼ぎのために外へ出たディグアウターらしい。故郷はとある古い遺跡の上にできた街。昔はディグアウトによって栄えたが、遺跡から価値ある発掘品が尽き、街からは人気がなくなり、村と呼ばれるほど廃れた。

 今はリンピアたちだけのドワーフ村となっていたが、存続の危機に陥っているという。主には重要施設の老化。発電機や水精製の設備など、高価なものがほぼ寿命切れで、いつ壊れるかもわからない。その場しのぎの応急手当でだましだまし動かしている。

 村の者は金を得るために苦労することになった。リンピアは村の戦士だったニールとヴィンティアを連れ、ディグアウターとして出稼ぎをすることにした。龍震が活発なこの街に来たのもそのためだ。危険だが、地震があるところに遺跡は出てくる。稼ぎ場が多いのだ。


「その村を離れたらいいんじゃ……っていう簡単な話じゃないか」

「うむ、生まれ育った地だからな。それに、我ら一族には特別な理由があって、その地を見捨てるわけにはいかんのだ」

「ふうん」


 そして先日ついに、ふたつある発電機のうち、ひとつが壊れたという手紙がきたらしい。村の動力資源は激減し、今までできていたことも満足にできない。もうひとつの発電機にも負担がかかるから、限界は迫っている。


 リンピアたちは危険を犯してでも大金を稼ぐ方針をとった。そのころ、特に大きな龍震があり、大きな渓谷が生まれた。その底に未確認遺跡があるのを、リンピアたちは幸運にも発見していた。手つかずの遺跡は危険だが、宝の山だ。他人には知らせず、チーム単独でディグアウトを開始した。しかし未確認遺跡は進み難いうえに、小型キラーボットが無尽蔵に襲いかかってくる『ハズレ』だった。

 不運は重なり、大きな龍震が続いて座標計算が狂った。遺跡の外ではキメラ虫の大群が襲ってきた。地図もできていない渓谷で迷子になった。その結果、遭難した。燃料が尽きてきたころ、べつの侵入可能ポイントを見つけた。そこから遺跡を調べるとキラーボットが少なかった。

 いちかばちかで何か現地調達できないか探索をして、そして、全裸の地底人を見つけた。


 キメラ虫の大群に追いつかれて、囮作戦を決行し……成功した。リンピアは街へ帰還できた。だが仕事としては大失敗だ。壊滅的と言える。無理をしたせいでアーマーの修理に金がかかった。仕事道具のアーマー以外はほとんどの持ち物を売って当座の資金にすることになった。武装なども最低限を残してかなり売ってしまったらしい。

 それでも金が足りず、思い詰め、ついに夜の街へくりだした。


「そこからは、おまえも知っての通りだ」


 一方俺は、満足に囮になることもできずに死に損ねた、自力で街にたどり着いた……ということだ。

 ……いや、自力じゃない。アーマーに残してくれていた地図情報のおかげだ。これほど誠実で人のいいリンピアたちが住んでいた村というのは、きっといい場所なのだろう。


「ってことは、リンが焦っているのは、村の発電機代のためか?」

「いや、それはまだいちおう長期目標だ。村は苦しくなったが、それでもしばらくは保つ」

「じゃあ、短期の目標は?」


 リンピアが身を切るほど切羽詰まっていた事情とは、何だ?

 リンピアは固い顔で言う。


「戦闘機動用の燃料代だ。最低でも、あと1週間以内に」

「……何をするために?」

「助けに行くんだ。2週間だ。2週間で、ニールとヴィンティアは完全に死亡する。あと1週間以内なら、まだ、助けられる」

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