幻奏歌姫は恋の天使になりうるか?
貴金属
【前奏曲:それは儚い少年の日の夢想英雄】
◇
「ねえ、約束をしましょう」
紅い夕日に照らされながら、少女は笑んでそう言った。
十二歳ぐらいの少女だった。
百五十センチを少し超えた、年齢にしては高身長。
髪の毛はポニーテイルの浅葱色。瞳は菫の薄紫。
ついでに眼鏡は赤系フレームのアンダーリム。
笑みのタイプは嗜虐型。
この世の全てを己のものだと思い込んでて憚らぬような、傲岸不遜な表情だった。
彼女が言葉を向けた先は、同い年ぐらいの少年だった。
彼女よりも五センチは低い平均身長。
少女に向ける目線の色はテレビの英雄を見るような光。
関係を一言で表すならば幼馴染で、もう一言付け加えるなら子分だった。
少女のことを世界最強の存在であると憧れていて、いつでもついて従っていた。
「私が将来なることが決まってるモノ、アナタは当然わかってるわよね、
「プロで世界一のフィギュアスケーターだろ、
「その程度な訳ないでしょう。私の未来は人類史上、最高優美のフィギュアスケーター、よ」
大言を語る少女の目は自然。
実力と経験に裏打ちされた巨大な自信の塊が、大それた夢を当然の未来と謳っている。
そう、彼女はとてもすごいのだ。
勉強をすれば100点を取る。
演技をすれば1等を取る。
成そうと思った何もかもを、現実としてきたミスパーフェクト。
だから、
あらゆる困難を踏み倒し、あらゆる障害を踏破して、世界を征するトップスタァ。
人間はやればできるのだと、諦めなければどうにでもなると、それを体現している
彼女のようなものがいるのだから、誰にも彼にも自分にも可能性は無限にあるのだと、無邪気に信じ込んでいた。
「そう、私は世界を統べることを運命付けられた奇跡の女神。この世の全ては私を輝かせるためにあって私の美しさの前に平伏すことが決められているの。私が世界の主役なの」
だからね。と、
「幼馴染であるあなたも、せめて足元ぐらいには届くべきだと思うのよね。
始めたんでしょう。ギター。私と同じく、人に己を魅せたいと思って」
夕日が沈んでいく。
彼女の頬を照らす朱が、夜の藍へと入れ替わっていく。
「私は人類史上一番綺麗なものを魅せてあげる。
だからあなたも、世界で一番程度には、カッコいいものを聞かせてちょうだい」
逢魔時に落ちる前、最上級の笑顔とともに、そんな願いを彼女は言った。
◇
──これは叶わなかった約束の話だ。
──これは稚児じみた妄想を夢見られていた頃の話だ。
──これは現実の理不尽の前にへし折られる前の過去の話だ。
そう、彼らの誓いは無残に終わる。
この後少女は家族も足も立場も何もかも夢へと歩む力を失ったし。
少年もまた抱いていた幻想を失って、何者でもなく燻っている。
だからこれは絶望の中から叫びを上げるような物語だ。
だからこれは諦めの灰の中からの再起のための物語だ。
俺たちは何もかもを成せるものでありますようにと、意地を張り叫ぶロックン&ロール。
──それでは物語を始めよう。
時はここから三年後。
舞台はこの海上都市で。
少し不思議なストーリィ。
少年少女のジュブナイル。
潰えた理想を取り戻すことが出来る奇跡の話が、
終わってなんかいないとばかりに、密かに始まった。
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