5-12 みんなで
「リストリクテッド・チェーン!!」
らいむとゆずを叩き潰すはずの巨大な手が、鎖に巻かれて動きを止めた。
上空で、長いツインテールの髪をなびかせながら、すだちが鎖鎌を握り締めていた。メイドのような濃い青色の衣装に身を包み、縁取るフリルが軽やかに揺れる。
「れもんの姿じゃなくなれば、どんなヤツでも容赦しないでしょ!」
轟音とともに飛んできたのは、ロケット弾。鎖に束縛された手に直撃し、爆発。煙ではなく光の粒子をまき散らし、片手を失った夢鼠が悲鳴をあげて後退する。
ゆずの背後で、自身の背丈ほどあるランチャーを肩に担ぎながら、みかんが片膝をついていた。迷彩柄の帯びた淡い黄色の衣装を身に着け、ベレー帽をかぶる顔は、不敵に口角をあげている。
「グゥッ……!? 鳥ドモがっ!」
夢鼠が怒声をあげ、もう片方の手を後方へ引く。全員まとめて
その手首から先は、ゆずたちへ届く前に、宙へ散った。
「
目にも止まらぬ速さで、鉤爪が夢鼠の手首を斬り飛ばしていた。
夢鼠の足もとで、漆黒の衣装に身を包んだはっさくが片腕をあげて静止していた。王にふさわしい
「――ッ!!」
夢鼠が苦痛と怒りで絶叫をあげ、そばにいるはっさくを踏み潰そうと片足をあげた。はっさくは翼を広げて逃げようとするが、身体がふらつき、片膝をついた。右の腕は動かすことができず、傷も治ってはいない。
巨大な片足が踏み下ろされ、土ぼこりがあがる。まずは一羽と、夢鼠がほくそ笑む。
「どこを見ているのですか?」
不意に余裕の声が聞こえる。足もとではなく、頭上。
真紅の衣装を揺らしながら、らいむが腕にはっさくを抱えて翼を羽ばたかせていた。夢鼠に挑発を吐いた後、はっさくへと視線を落とす。服の間から覗く痛々しい身体を見て、表情を歪める。
「はつ、すみませんでした……」
はっさくは目の前の顔を見て、気まずそうに視線をそらした。
「いい。俺のほうこそ、すまなかった……」
ぶっきらぼうな声。
らいむは眉を歪ませたまま微笑み、抱く腕に力を込めた。
「マトメて串刺しにシテくれル!」
眼下の夢鼠が激昂をあげ、背から生える三対の翼を羽ばたかせる。白い翼から無数の羽根に似た巨大な針が放たれ、らいむたちへ襲いかかる。
逃げることも怯むこともなく、らいむは迫りくる針と向き合う。
「邪魔をしないでください!」
身をわずかに屈めると、腕に抱いているはっさくを頭上高々へ投げ飛ばした。
両手が空いた瞬間、翼を大きく一打ちする。周囲に舞った幾多の羽根が、羽先を相手に向けた途端、ナイフへと変化する。
「
女王たる優雅な身のこなしで真紅の衣装を翻し、宙に浮かぶナイフを次々に
全てのナイフを投げ切ったらいむは、その場で振り返る。背中で夢鼠の悲鳴を聞きながら、落ちてきたはっさくを両手に抱きとめた。
「……投げるな」
「怒らないでください」
不本意に投げ飛ばされたはっさくが、ジトッとらいむを
らいむは肩をすくめて明るく微笑んだ。そのまま、身を屈め、はっさくへ顔を寄せると、互いの唇が――。
「ふぁぁぁぁあああああっ!!」
二人の頭上を、茶色い翼が通り過ぎていく。
両手はもう動かせない。ゆずはナイフの柄を口にくわえ、夢鼠へと突っ込んでいく。
夢鼠がやってくる相手に気づき、叩き落そうと両腕を振るう。その手はすでに失われており、かすりもせずに、ゆずは夢鼠の顔の真正面に来る。
何度も斬りつけ、蹴り飛ばした身体は
ゆずは首を大きく捻り、夢鼠の
「――――ッ!?」
夢鼠が絶叫とともに後退し、尻もちをつく。
ゆずは額を蹴って飛び退き、離れた地面に着地した。身体に力が入らず、倒れそうになるところを、後ろからすだちが支えてくれる。隣にはみかんもいて、らいむもそばに降り立ち、はっさくを支えながら優しく降ろす。
「すだちさん、みかんさん、はっさくさん。……どうやって?」
皆が来てくれると確信していた。けれども、どうやってここへ来られたのか。理由がわからず、問いかける。
肩をつかんでくれているすだちが、ツインテールを揺らして跳ねながら答える。
「カフェでらいむとゆずのことを応援してたら、眠っていたらいむの身体が急に光って、スタッフオンリーの扉に吸い込まれていったんだよ~。それで中を見たら、らいむの部屋の扉が直ってて、入ってこられたんだ~」
「私が目覚めたから、カフェと私の夢の繋がりがもとに戻ったのでしょうね」
はっさくを支えながら、らいむが微笑む。
あの時聞いた皆の声は、幻ではなかった。ねぎらうように、皆の視線はゆずへと向けられている。温かく称賛を贈る眼差しに、自分がしてきたことは間違っていなかったと胸がいっぱいになる。
「まっ、あの鳥も来ようとして、さすがにマザーに危険だって止められてたけどさ」
「えっ!? 青葉さん、大丈夫かな……?」
みかんの話にゆずは、飛び立とうとしてマザーに取り押さえられている青葉の姿を想像してしまう。取って食われはしないだろうが、巨鳥のマザーと小鳥の青葉が二羽だけの気まずい空間を思うと、心配になってしまう。
「愚かな鳥ドモが……ッ! 我が負ケルわけがナイ!」
憎悪を撒き散らす大声に、ゆずたちは向き直る。
地面に倒れた夢鼠が起き上がろうとしていた。両手を落とされ、光の粒子が溢れる手首の断面から、赤い結晶が生えてきて手の形を作り出す。指を握って開くと、それは完全に夢鼠の手として再生する。胸や額に突き刺したナイフの傷も、跡形もなく消えている。
「回復した」
はっさくの呟きとともに、立ち上がった夢鼠が再生した両手で地面を叩いた。
大地震のように周囲が揺れ、ゆずたちは体勢を崩し、動けなくなる。
その一瞬の隙をつき、夢鼠は大口を開け、怒号とともに熱波を吐き出した。
「……うっ!?」
「ヤバッ!?」
「はつっ!?」
逃げる間もなく、ある者は仲間をかばい、五人はまとめて吹き飛ばされる。
揺れが収まり、夢鼠の見下ろす先にいるのは、倒れた五つの身体。
変身が解け、傷だらけで疲れ果て、ピクリとも動かない壊れた人形のようだ。
「鳥ドモの焼き鳥ハ、サゾ不味かろうナ」
夢鼠が満悦の笑みを垂らしつつ、舌を舐めずり近づこうとする。
その足が、一歩目を踏み出す前に、止まった。
「……うぅっ!」
変身もしていない、だれよりも貧弱なはずのゆずが、両腕に力を込め、立ち上がろうとしていた。何度もふらつきながら、両足を伸ばす。
夢鼠を睨みつける瞳は、絶望という感情が一欠けらもなく、光を宿したまま。
「ちょっ……下っ端が一番先に立ち上がるの、空気読めてないでしょ……」
「ゆずが立てるなら……オレたちも立つしかないよね~……」
「はつ、立てますか……?」
「……当然だ」
周りの皆も、一人立つ姿に感化されるように、顔をしかめながらも立ち上がる。
「なんナンダ……! 貴様ラはナンダ……ッ!!」
何度
「みんな、行くよ!」
夢鼠の喚く声に負けない、ゆずの決意が空間に響いた。
「あの夢鼠を倒して、ぼくたちはカフェに帰る! 誰一人欠けることなく、みんなで必ず、あの夢鼠に勝つんだ!」
揺るぎなく熱い想いが、皆の胸に伝わる。
らいむが優しく微笑み、はっさくが片目を軽く閉じ、すだちが嬉しげにツインテールを揺らし、みかんが不敵に口角をあげる。
「そうですね。行きましょう、みなさん!」
らいむを先頭にして、各々が位置に着く。
色の異なる結晶のはめこまれたブレスレットを胸に当て、四人の声が重なる。
「「「夢よ導け!
鮮やかな光に包まれ、優雅な衣装に再び身を包む仲間たち。
夢鼠と正対し、彼らの勇ましい口上が始まる。
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