5-13 結ぶ名乗り

 らいむを中心にして、右側にみかんとはっさく、左側にすだちが並ぶ。


「来る夢を待つ者――来夢らいむ!」


 スカートのように長い裾のロングコートをひるがえし、真紅の衣装に身を包んだらいむが高々と名乗りをあげた。絶望を乗り越え取り戻した完璧な微笑みをたたえ、指に挟んだ八本のナイフが、きらめきを放ちながら交差する。


「初めての夢を咲かせる者――初咲はっさく!」


 金のかんむりを載せ、胸もとの大きく開いた漆黒の衣装を身につけたはっさくが低音を響かせる。片目に眼帯を当て、傷ついた身体は、それでも守るべき者のために毅然きぜんと立ち、眼光と同じ鋭い鉤爪を手に構える。


「新たな夢へ巣立つ者――巣立すだち!」


 頭に載った花のカチューシャを揺らしながら、メイドのような濃い青色の衣装をまとったすだちが元気に声をあげた。迷いを晴らした顔は蒼天そうてんのように清々しく、鎖鎌を握ってくるりと一回転をしてみせる。


「甘美な夢を見せる者――美甘みかん!」


 頭を覆うベレー帽を被り直し、兵士のような淡い黄色の衣装を着たみかんが勝気な声を張り上げた。諦観ていかんの先にある新しい景色を好奇な目で見据え、手の中で回す二丁の拳銃を頭上へ荒々しく撃ち鳴らす。


「カ、カッコいい……っ!」


 一歩引いたところから、ゆずは四人の口上を見ていた。気高く雄々しく凛々しい彼らの背中が、今まで見てきたどの光景よりも、胸を高鳴らせる。

 憧れの眼差しを向けていたゆずのほうへ、中心にいるらいむが振り返った。


「さぁ、ゆずの番ですよ?」

「えっ……?」

「マザーから授かったふたがあるでしょう?」


 他の皆も首を捻ってゆずを見て、軽くうなずいてみせる。

 ゆずは高鳴っている胸に右手を置いた。手首にはめられているブレスレットには、いまだになんの輝きもない。身に着けているのも、きらびやかな衣装ではなく、ボロボロなカフェの制服。

 視線を落とし、目を閉じる。


「ぼくの、二つ名……」


 自分が覚えている最初の記憶。かつて、ふくろうカフェへやってくる前、マザーに告げられた名を思い出す。


『譲られた夢にる者――ゆず


「違うっ!」


 はっきりと否定の言葉を叫び、目を開けて前を向いた。胸を握りしめながら、足を大きく踏み出していく。はっさくやすだちやみかんを超え、だれよりも前へ。

 中心に立つらいむが、さっと引いて、そのを渡す。


「ぼくは――!」


 だれよりも前に、皆の中心に立ったゆずは、勇猛たる雄叫びをあげた。


むすびし夢をつかさどる者――結主ゆず!!」


 見た目も力も、劣っているかもしれない。それでもその声は、だれよりも強く響き渡った。何度挫けても立ち上がった瞳は、ぶれることのない精悍な輝きを宿す。

 その視線に射抜かれ、夢鼠が憤怒の叫びとともに、巨大な手を振り下ろしてきた。


「夢に巣くうもの、結びし未来へ美しく咲け」


 ゆずたちの名乗りは、終わっていない。逃げることなく前を直視し、仲間を繋ぐ言葉を紡ぎあげる。

 迫りくる掌を跳ね除けるように、五人の声が合わさる。


「「「夢のふくろうカフェ『dreamドリーム owlオウル』!!!」」」


 五人と夢鼠の間に、白くまばゆい光が放たれた。


「グアァッ!? な、ナンダ!? 目がァッ!?」


 夢鼠が光に目をくらませ、手を引いて悶え始める。

 ゆずたちにも光は見えているが、目が眩むほどではない。柔らかな光が、周りを白く包み込んでいく。


「え~っ!? なにこれ~!?」

「ここはらいむの夢なんだから、らいむがなにかしたんでしょ?」

「いえ、私はなにも……」


 皆、状況がわからず、キョロキョロと白く染まった空間を見回す。

 なにが起きているかわからないが、嫌な感じはしない。頭上で輝きを放ち続ける白い光は、温かく、羽で撫でられているように心地良い。


「……身体が?」


 はっさくが自身の左肩に手を添えて呟いた。

 ゆずもなにかに気づき、自分の手のひらを見る。目も当てられないほどの怪我が、みるみるうちに癒え、もとの肌に戻っていく。


「傷が、治っていく……?」


 傷だけではない。身体の痛みも消え、力が湧いてくる。

 ゆずは再び、頭上で輝いている白い光を見上げた。光がゆっくりと、ゆずのもとへ降りてくる。輝きながら降りてくる光に、傷の癒えた手のひらを見せて伸ばした。

 ゆずの手に、光がそっと、のせられる。


『――君にこれを。君には、これを使う力がある――』


 頭上から、声が聞こえた。

 その声は、夢鼠が化けた偽物のれもんに似ていた。けれども、明らかに違う。慈愛に溢れ、爽やかに澄み切った声色は、胸が締め付けられるほど恋しい想いを想起させる。


「今、れもんの声が……」


 後ろにいるらいむの呟きを聞き、確信を持つ。

 ゆずは手のひらにあるものを見た。

 輝く光が凝縮し、小さな丸い結晶が現れる。白い結晶は絶やすことのないきらめきを放ちながら、手のひらの上で転がった。


「れもんさんの、結晶」


 なにが起きているかわからない。それでも全てが理解できる。

 託された夢をしっかりと握り、ゆずは皆へと振り返る。


「みんな、行こう!」


 結晶を握った手を、前へ突き出す。

 らいむ、はっさく、すだち、みかんが、それぞれ悟ったように、ゆずの手の上へ、自らの手を重ねた。


「れもんさん、力を貸して!」


 言葉に呼応するように、握られた手の中から再び白い輝きが溢れ出す。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る