5-09 みんな同じ

 ゆずが扉の中へと消えたふくろうカフェでは、すだちとみかんとはっさくが床に座り込み、青葉とマザーがカウンターにとまっていた。らいむはソファの上で眠ったまま。だれもなにも言わず、しんとしていた。


「ゆず、大丈夫かな……?」


 言葉を発したのは、青葉。夢玉を手放し、離れたゆずと会話ができなくなってしまったから、状況を知るよしはない。


「大丈夫なわけないでしょ」


 突き放すように冷たく、みかんが口を開いた。

 青葉は冠羽かんうを逆立てる。


「そんな、みかんちゃん!」

「ゆずは変身できないんだ。ナイフ一本で、得体の知れない夢鼠相手に、勝てると思ってるわけ?」


 すだちもはっさくも、うつむいて黙っている。マザーは首をすくめて目を閉じ、動かない。


「だったら、なんでみんな、ゆずを止めなかったの!」

「らいむを助けられるのが、ゆずしかいないからに決まってるでしょ」


 みかんは床に座り込みながら、鋭く細めた目を青葉に向けた。


「らいむは夢に囚われているって、マザーは言った。夢の結晶を壊せるのは、ゆずしかいない」


 以前、青葉の夢の中で、夢の結晶を壊して閉じ込められた自分を救ってくれたのは、ゆずだった。キメラの夢鼠を狩った際も、夢の結晶を壊して突破口を開いたのは、ゆずだ。

 夢の結晶を壊す力を持っているのは、ゆずしかいない。


「それに、ボクらじゃあ、あの夢鼠は狩れないでしょ」


 みかんはすだちたちへ視線を移す。

 問いかけられたすだちとはっさくは、返す言葉もなく、目を伏せる。


「あの夢鼠が現れた時、反応できたのはゆずだけだった。ボクらは動けなかったんだよ。たとえ夢鼠だとわかっていても、れもんと同じ姿をした相手となんて、戦えない」


 手にしている銃を自分へ向け、みかんは自嘲気味に笑った。


「これじゃあ、れもんの時と同じだよ。ボクらはまた、なにもできない……。ホント、死にたくなるでしょ」


 銃口を自身の胸に押し当て、言葉を吐き出す。引き金に手を掛けていないものの、銃を持つ手はかすかに震えていた。


「みかんちゃん……」


 初めて見るみかんの表情に、青葉はなんと言葉を掛けていいのかわからない。

 それでも、まだ、落ち込んでいる場合ではない。そう励まそうとした、その時。


「ああぁぁぁあああ~~~っ!!」


 店内に、絶叫が響いた。


「ちょっ!? なに急に大声出してんのさ、すだち!」


 立ち上がったすだちが、両手を握り締めてあらん限りの叫びをあげた。

 そのまま前を向くと、大股で歩き出し、ソファで眠っているらいむのそばに行く。


「らいむ! らいむ! 起きてよ、らいむ!」


 深く目を閉じた顔を見つめ、肩を揺らしながら大声で話し掛ける。


「そんなことしたってさ、意味」

「意味なくなんかないよ!」


 みかんの言葉を遮り、すだちは顔をあげた。


「オレ、みんなと楽しくいられたら、それでいいって思ってた。でも、れもんがいなくなってから、どれだけはしゃいでも、笑っても、心から楽しいって思えなくなってたんだ……」


 自身の両手を胸に当て、言葉を続ける。


「ゆずに言われたんだ。『どうなりたいの?』って。ずっと考えてた。上手く言えない……けど、オレはこのままじゃ嫌だよ! 変わりたい! みんなとまた、楽しくいっしょにいたいから!」


 そこまで言って、すだちは目を伏せた。胸に当てている手がかすかに震える。


「だって……。あの時オレ、本当はれもんと夢鼠狩りへ行きたいって言おうとしてたんだ。もしも、らいむじゃなくて、オレがれもんと行ってたら……。なにか、変わってたかもしれないのに……」


 初めて口にする思いを、震える声に乗せる。

 身を刺すほどの後悔が押し寄せ、すだちはキュッと瞳を閉じた。


「それ、ボクも思ってたよ」


 不意に聞こえてきた呟きに、「えっ?」と顔をあげた。

 みかんが銃をいじりながら、気まずそうに目をそらす。


「あの時、れもんが最初に誘ったのはボクだった。もしもボクが断らないで、れもんと行ってたら……。なにか、変わっていたかもしれないでしょ……」


 銃を触る手が止まり、後悔に押し潰されるように顔がうつむく。


「お前たちのせいではない」


 不意に今度は、はっさくが声を出した。

 顔を向けた二人へと片目をやり、自責の念を口にする。


「あの客は、もともと俺の客だった。あの時、俺が部屋で休んでいないで、店に出ていれば……。なにか、変わっていたはずだ……」


 三人がそれぞれの思いを話し終え、互いの目を見やる。

 すだちが「ふっ」と息を吐いて、肩をさげた。


「な~んだ。みんな、おんなじこと思ってたんだね~」

「まっ、すだちが行ったとしたら、余計めんどうなことになってたと思うけどさ」

「え~、なにそれ~!?」


 頬を膨らませるすだちに、呆れ顔を向けるみかん。黙って見つめるはっさくは、軽く息を吐いた。

 店内の空気が少しだけほぐれ、三人の会話を聞いていた青葉は胸を撫で下ろす。

 すだちは改めて、ソファで眠るらいむへと視線を向けた。


「オレ、もうあんな苦しい思い、したくないよ。だから信じたい。らいむと、ゆずを。絶対に、二人とも帰ってくるって。そのために、今、オレができることをやりたい」


 すだちは横たわるらいむの腰に抱きついた。ひたいこすりつけて熱を確かめ、顔を上げる。橙色の瞳からは戸惑いが消え、深く閉ざされた瞳がいつ目覚めてもいいように、まっすぐに見つめ続ける。


「正直、ボクはアレに期待してるんだ。変身もできないくせに、ボクらのできないことをやってのけるでしょ。アレが壊して新しく見せてくれるものを、ボクは見たい」


 みかんは立ち上がると、らいむの頭上に寄って、そっとその髪に触れた。ぎこちない手つきで髪を撫で、すだちと目を合わせる。


「「はっさく」」


 二人はらいむの片腕を持ち、手の先をはっさくへと伸ばした。

 はっさくは差し出されたらいむの手を見て、すだちとみかんを見る。二人が頷き合う様子を見て、拒むように視線をそらす。


「すまない」


 出てきたのは、謝罪の言葉。今も痛む身体の傷を押さえながら、話を始める。


「俺は、らいが苦しまなければそれでいいと思っていた。お前たちのことをなにも考えていなかった」

「別に。それははっさくが、らいむを守りたかったからしたことでしょ」

「はっさくが、らいむをだれよりも大切にしているのは、みんな知ってるよ~」


 みかんとすだちが笑みを浮かべる。


「だからさ~、今はらいむを信じようよ~」

「アレがやらかす奇跡に、賭けてみてもいいでしょ」


 はっさくは視線を持ち上げる。傷を押さえる手を離し、伸ばされた手のひらをつかむ。指を絡ませ、握り締める。身体を引きずらせて、らいむの一番そばへ行く。


「わたしも! ゆずは負けたりなんかしないよ! 絶対に、らいむちゃんを助けて帰ってくるよ!」


 青葉がカウンターから飛び立ち、らいむの胸に降り立つ。

 三人と一羽は、互いの目を見て、頷き合う。そして、眠るらいむへと顔を向けた。


「ゆず! らいむ! 頑張れ~!」

「あれだけ大事おおごと吐いて、くたばってたら承知しないからね!」

「らい……目を覚ませ!」

「ゆず! 負けないで!」


 今、自分たちができる精一杯のこと。この声が届くと信じ、伝え続けること。

 それぞれの声と言葉はバラバラだとしても、思いはひとつだった。



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