4-11 みかんの部屋

 五つの扉が並ぶ薄暗い通路で、ゆずはしゃがみ込んで頭を抱えた。

 らいむがゆずを「れもん」と呼び出し、周りは否定せずに話を合わせている。

 どうしてこんな状況になったのか、理解できずに頭を掻きむしる。


「わっ!?」


 突然、背後の扉が開かれ、尻をしたたかに打ち付けて、前のめりにこける。

 振り返ると、すだちがうつむきながら入ってきて、閉めた扉に背を預けた。


「ゆずのせいだ……」


 今にも泣きそうな震えた声。すだちは自身を抱くように両腕をかかえる。顔を上げ、座り込んでいるゆずをキッと睨んだ。


「ゆずが来てから、らいむがどんどんおかしくなってる! 全部、ゆずのせいだ!」


 潤んだ橙色の瞳。溜まった感情をぶつけるように、ゆずへ唾を飛ばす。力が抜け、崩れるようにその場に膝を折った。


「もう嫌だよ……、こんなの……」


 絞り出すように吐き出したのは、堪えていた本音。

 ゆずは起き上がり、戸惑いつつも、震えている肩にそっと手を伸ばした。


「すだちさんは、どうなりたいの?」


 肩に触れる直前、すだちは立ち上がった。拒絶するように、伸ばされた手をすり抜けて駆けていく。青色の扉を開けて、部屋の中に入ってしまった。


 ゆずが差し出したはずの手は、中途半端に止まったまま。虚空をつかみ、ストンッと脇腹の横に落ちる。呆然としたまま、それでも動かなくてはと振り返った。


「らいむになにかした?」


 不意にひたいへ銃口が突きつけられる。玩具ではなく、本物の拳銃だ。


「わぁっ!? み、みかんさん!? いつの間に!?」

「うるさい。撃つよ?」


 ゆずは素っ頓狂な声をあげて、無意識に両手を挙げた。カフェを飛び出した時、そういえばキッズスペースにみかんの姿がなかったような気がする。

 目の前に立つみかんは、銃を構えたまま、眉をひそめている。


「質問に答えて。らいむになにか吹き込んだでしょ?」

「う、ううん。昨日は、あれかららいむさんと会ってないよ。ぼくはなにも……」

「あっそう」


 素っ気なく言うと、みかんは持っていた銃を投げ捨てた。床に落ちる前に、銃は羽根に形を変えて、どこかへ飛んでいく。

 ゆずはほっと肩を落とし、挙げていた両手を降ろした。


「らいむさん、どうしたんだろう……。それに、なんでみんな、なにも言わないの?」


 気が抜けて、再び湧いてきた疑問を口にする。さきほどのすだちの言動を見る限り、皆だって、おかしいとわかっているはずだ。

 みかんは無視して、考え込むように視線を斜め下へ向けている。踵を返し、黄色い扉の前へ行って手を掛ける。

 首だけ捻って、ゆずを見た。


「入って」


 それだけ言って、扉を開けて部屋へ入ってしまう。

 ゆずは迷いながらも、かすかに開いたままの扉のそばへ行った。そのまま入ればいいのか、ノックをしたほうがいいのか、考えながら手をさまよわせて。


「遅いっ!」


 扉の隙間から出てきた手につかまれ、そのまま引っ張られ、中へ連れ込まれた。

 転びそうになりながら部屋の真ん中まで行って、体勢を立て直す。灰色の硬い床が目に入り、顔を上げると、辺りは鉄格子。隅に簡易なベッドが置いてあり、頭上でランプが頼りない光を発している。薄暗く、無機的で、まるで独房のようだった。


「ここが、みかんさんの部屋?」

「それ以外なにがあるの?」


 思わず呟いた言葉に、みかんが冷たく言い返す。

 鉄格子に背中を預け、手にした銃をいじりながら、話を始める。


「ボクは、もともと『dreamドリーム owlオウル companyカンパニー』で人工繁殖された個体じゃない。野生生まれなんだ」

「えっ、でも、今は世界的に野生動物の捕獲は禁止されていて、野生のフクロウをペットとして飼うことはできないって、青葉さんが」

「法律上はそう。でも、その目をかいくぐって密猟する集団は、なくなったわけじゃない」


 密猟?

 普段、ふくろうカフェという快適な場所で過ごしているゆずにとっては、聞き慣れない単語にとまどう。


「ボクはそういうやからに捕まって、檻に入れられて、日本まで密輸されたんだ。途中、『dream owl company』に見つかって、摘発されたけどね。そこでボクはオーナーに拾われた」


 みかんの視線は持っている銃へ向いているが、手は動いていない。どこか遠くを睨むように、目を細める。


「檻の中には、密猟されたフクロウが大量にいた。生き残ったものを売ればいいって考えだから、ろくな環境じゃなかった。動くスペースもない。餌ももらえない。弱いヤツは強いヤツに殺されて、死んだ肉を奪い合う。そうしているうちに、オーナーがやってきて、檻の中からボクだけを選んで連れて行った。あとはどうなったかなんて知らない」


 信じられない話に、ゆずは言葉を失うしかない。

 みかんは一度、小さく息を吐いた。


「この部屋は、過去を忘れないためにこうしてる。生き残った自分へのいましめみたいなものでしょ」


 拳銃を握り直し、鉄格子から背を離す。

 顔を青くしながら立ち尽くしているゆずを見て、鼻で笑った。


「なに? こんな昔話だけでビビってんの?」

「いや……、その……」


 なんて言葉を返していいかわからず、口ごもる。

 うつむいてしまう顔を見て、みかんは大袈裟なため息を吐いた。おもむろに足を出し、ゆずのそばへと近づいた。


「ボクは慣れてるんだ。どれだけ大切にしていたものも、理不尽に奪われる」


 下から睨みつけてくる金色の双眼。はっさくの威圧的で揺るぎない視線とは異なる、どこか諦観ていかんを含んだ瞳が、ゆずを射抜く。


「みんな、目の当たりにしたから、怖いんだよ。いつも通りが壊れるのが。だから、なにもしたがらない。なにもできない」


 さきほど店内で、らいむの異変に誰も口を出さなかった事実。


「でも、関係のないお前が引っ掻き回したせいで、日常が壊れ始めた。どうしてくれるのさ?」


 みかんは手にしていた拳銃をおもむろに上げ、銃口をゆずの額に押し当てた。今にも引き金を引きそうな、迷いのない表情を向けたまま、口の端を持ち上げる。


「ボクは期待してるんだよ。この狂った現実を壊せるのは、お前だけだって」



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