4-08 潜り込む鼠

 ゆずは立ち止まって、考えていた。

 すだちが教えてくれた。自分たちの夢は、「れもんを生き返らせる」ことだと。

 夢玉を千個集めれば、マザーがひとつ、なんでも夢を叶えてくれるという。

 夢自体を否定はしない。それでもゆずは、今のふくろうカフェを見ていると、違和感を拭いきれずにいた。


「どこを見ている!」


 不意にはっさくの鋭い声が聞こえ、顔を上げる。

 目の前に見えたのは、大量の鼠。小さな茶色いハツカネズミが大群となって、ゆずのもとへ突進してくる。


「うわぁあああーっ!?」


 そのままゆずは、ハツカネズミの群れに埋もれた。むぎゅむぎゅと柔らかい体に押され、痛くはないが苦しい。呼吸しようと口を開こうにも、ハツカネズミのお尻がゆずの口を塞いで、上手く息が吸えない。


「ふがっ!? ふがふがーっ!?」


 必死にもがいて手を伸ばし、仲間たちへ助けを求める。


「ゆず、息できてないかも!? 早く助けないと~!」

「アレ、撃って蹴散らしてもいい?」

「ゆずに当たるといけませんから、ダメですよ」


 仲間たちの声が聞こえたあと、伸ばしていた手をだれかがつかんだ。そのまま上空へ引っ張られ、ハツカネズミの群れを抜け出す。見上げると、らいむが手をつかんで羽ばたいていた。


「ゆず~、夢鼠だらけだね~。大丈夫~?」


 まだ服にはハツカネズミの夢鼠がたくさんしがみついている。服の中まで入り込んでいるらしく、背中に毛の動く感触がある。すだちがそばに飛んできて、服を払って一匹ずつ落としてくれる。

 口にはまっていた夢鼠を吐き出して、ゆずはきまり悪く頭を下げた。


「うん……。ごめんなさい、らいむさん、すだちさん」


 下を見ると、みかんとはっさくが武器を手に、夢鼠の大群を蹴散らしていた。


「あー、もうっ。数が多いだけで、面倒くさいでしょ!」


 みかんは二丁の拳銃を連射させ、小さな夢鼠を一匹ずつ撃ち抜いていく。

 はっさくはみかんの射撃に構わず、床を歩きながら箒で掃くように鉤爪を振るい、夢鼠を切り裂いていく。

 夢鼠の大群は、しだいに数を減らしていく。ゆずがらいむに手を引かれながら床へ降りる頃には、残り十数匹となった。夢鼠たちは、四方八方へ逃げ回り、奥の暗がりへ行って見えなくなってしまう。


「なんだ。今日は小物ばっかで、大物いないの?」


 みかんが拳銃を片手でくるくる回しながらぼやく。

 古びた洋館のような空間には、すでに夢鼠の気配がなくなっていた。


「夢玉も落としていかなかったね~」

「狩る意味あった?」

「お客様に取り憑いた夢鼠を追い払ったんですから、それだけで十分ですよ」


 穏やかに微笑む表情を見て、ゆずは思わず目をそらした。向いた先にはっさくの睨むような視線があり、また目をそらす。


「ゆず? どうしました?」


 目を泳がせるゆずに気付き、らいむが問いかけた。


「あっ……、ううん……」

「キメラの夢鼠を倒してから気が抜けてるでしょ。調子に乗ってるわけ?」

「みかん、言い過ぎですよ」


 きつい言い方に、らいむがすかさず注意を入れる。ゆずは小さく「ごめんなさい」と謝るしかできない。

 また、皆に迷惑を掛けてしまった。反省しつつも、胸の引っかかりは取れない。


「帰るぞ」


 はっさくが歩き出す。他の皆も続いて、出口の扉へと歩き出した。

 ゆずは一番後ろにつき、楽しそうに話を始めるすだちたちを眺めながら歩く。

 ふと、背中にこそばゆい感覚を覚える。手を当てるが、特に変わったところはなかった。



   *   *   *



「ただいま~。あっ、青葉ちゃん来てたんだね~」

「みんな、おかえり。夢鼠狩りに行ってたの?」


 夢のふくろうカフェへ戻ると、カウンターにいた青葉が飛び立ち、ゆずの肩に乗る。

 各々が定位置に着こうと歩き出す。

 不意にまた、ゆずは背中にこそばゆさを感じた。


「動かないでください」


 らいむの声が聞こえるや、鼻先をなにかがかすめる。一瞬遅れて、ゆずは青葉をかばうように手を添え、投げられたものの先を見た。スタッフオンリーと書かれた扉のすぐ下に、胴にナイフの刺さった白いハツカネズミが横たわっている。


「なにさこれ? 夢鼠?」

「ゆずの服に入ってたのかな~? 連れてきちゃったみたいだね~」

「あまりよろしくありませんね。ゆず、気を付けてください」


 優しくたしなめられ、ゆずは「すみません」と謝る。

 皆は夢鼠を気にすることなく、席に着いたり、カウンターの奥へ入ったりする。

 ひとり、店内の真ん中に立ちっぱなしのゆずへ向かって、青葉は首を傾げた。


「ゆず、どうしたの?」


 このままじゃいけない。胸の引っかかりを取らなければ、なにも身に入らない。

 両手を握り締め、足を前へ出す。カウンターの前へ行き、奥でグラスを磨いているらいむをまっすぐに見つめる。


「らいむさんは、もしも夢玉を千個集めたら、どんな夢を叶えたい?」


 周りからの視線が痛い。それでもゆずは、絶えず微笑む顔を真剣に見つめた。


「そうですね。どんな夢にしましょうか?」


 あごに指を添え、らいむははにかむ。なにも知らない、なにも覚えていない表情は、どこまでも穏やかだ。


「らいむさんは、もしも大切な人を忘れていたら、どう思う?」


 口にした瞬間、部屋の空気が変わった。


「ゆ、ゆず~! 今からトレーニングしようよ~? もっと強くなれるように特訓しよう~?」


 すだちがゆずの腕を引き、無理やり話題を変えようとする。その後ろに見えるはっさくの鋭い眼光。背後にいるみかんの視線も、痛いほど感じる。


「ゆず? 昨日すだちちゃんと話した時、なにかあったの?」


 肩に乗る青葉が、耳もとでささやいた。

 上手く話すなんて、ゆずにはできない。胸の引っかかりを強引につかんで引き剥がすように、溜め込んだ感情を喉の奥から吐き出す。


「みんなはこれでいいの! 生き返らせたいくらい大切な人がいたんでしょう? それなのに、忘れたままでいいの? 忘れたように振る舞ってていいの? そんなの、ぼくは悲しいよ……。だかららいむさん、れもんさんを思い出したほうがいいよ!」


 カウンターを両手で叩きつけ、思いをぶつける。

 腕をつかんでいたすだちが、力なく手を離す。視界の隅で、拳を作ったはっさくが立ち上がる。


「れもん……誰……ですか……」


 カウンターの奥から、グラスが床に落ちて砕ける音が響く。

 らいむが身体を異常に震わせながら、その場に崩れ落ちた。



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