4-07 ふくろうカフェの夢
青葉が帰り、皆が寝静まった頃。
ゆずは自室から抜け出し、すだちの部屋へ向かった。
本当は青葉とともに話を聞きたかったが、この時間ならとすだちに言われたため、一人で青い扉を小さくノックする。
「入っていいよ~」
扉の向こうから声が聞こえ、ゆずは周囲を見回してから、部屋へ入った。
すだちの部屋には、一度連れてこられたことがある。十畳ほどの部屋には、足の踏み場もなく、天井に届くほどに、ぬいぐるみが積み上げられている。端には、ぬいぐるみに埋もれたベッドがあり、その上にすだちが腰掛けていた。
「好きなところに座って~」
と言われても、座る場所がない。足もとに転がっているウサギのぬいぐるみを持ち上げ、空いたスペースに座る。手に持ったウサギをどうしようかと悩んで、結局膝の上に置いた。
すだちはエリンギのようなぬいぐるみを抱えながら、足を伸ばしている。
「あの、すだちさん」
「わかってる。れもんのことだよね?」
意を決して口を開くと、すだちから先にその名前が出てきた。
すだちはあごをぬいぐるみの頭にのせながら、足もとを見つめた。側頭部に結ばれた長い髪から覗く横顔は、目が細められ、寂しげに見える。
「すだちさん。れもんさんのこと、教えてくれないかな?」
言いにくいことはわかっている。それでもゆずは、まっすぐにすだちを見ながら改めて言った。手に力がこもっているせいで、握っているウサギの顔がへこんでいる。
すだちは、「なにから話そうかな~」と呟き、ベッドの上に寝転がった。ぬいぐるみに埋もれ、ゆずからは顔が見えなくなる。息はできてるのだろうかと心配になるが、声は変わらず聞こえてくる。
「れもんはね、らいむとはっさくの次にふくろうカフェに入ったフクロウなんだ。そのあとにオレとみかんが入ったから、オレにとって、れもんは憧れの先輩だった」
普段の無邪気な様子とは違い、その声は落ち着いて静かだ。
「でもあの日、れもんは夢鼠狩りに行ったきり、帰ってこなかったんだよ」
ゆずは以前、らいむから聞いた話を思い出す。夢鼠狩りへ行った際、もしも夢鼠に食べられてしまえば、現実の体は目覚めることがないと。
「れもんといっしょに夢鼠狩りへ行ったのが、らいむだったんだ。らいむはそのあと、『dream owl company』に引き取られて、マザーにれもんの記憶をすべて消されて帰ってきた」
「仲間の記憶を消すって……なんでそんなこと」
「ゆずは知らないからね、あの時のらいむを」
すだちがぬいぐるみの中から身体を起こし、ベッドに腰掛け直す。周りに積んでいたいくつかのぬいぐるみが、崩れて床に転がった。
ゆずは言葉が出なくなり、どこか遠くを見つめる橙色の瞳へ視線を向ける。
「れもんとらいむが狩りに行った夢鼠が、キメラの夢鼠だったんだ」
「えっ……」
ゆずはキメラの夢鼠狩りへ行った際、らいむが起こした奇行を思い出す。
「ゆずがらいむを連れてきた時、思い出すんじゃないかなって怖かったけど、お店に帰ったら、もとのらいむに戻って良かったよ。キメラの夢鼠も倒して、れもんの
すだちは視線を落とし、独り言のように言葉を零した。ぬいぐるみを抱き締める手が、かすかに震えている。
みかんが呟いていた「敵討ち」の意味も、はっさくがなぜキメラの夢鼠狩りにらいむを連れて行かなかったかも、今なら理解できる。
すだちは首を軽く振り、ようやくゆずへと無邪気な笑みを向けた。
「これでわかったでしょう~? らいむが記憶を戻さないように、れもんのことはみんな言わないようにしているんだ。だから、ゆずにも今までなにも言わなかった。それだけだよ~」
その声は、どこか震えているようで、その顔は、どこか無理をしているようで。
ゆずは思わず、言葉を口にした。
「それでいいの? さっき、すだちさん言ったよね? れもんさんは、憧れの先輩だったって。大切な人の存在を忘れて、なかったことにするのは、良いことなの?」
「忘れてなんかないよ!」
不意に上げられたのは、悲痛な叫び声。
山のように積まれていたぬいぐるみが雪崩のように崩れ、ゆずの膝が隠れてしまう。すだちは身体の半分を埋もれながら立ち上がり、真剣な瞳でゆずを見下ろした。
「オレたちはれもんを忘れたりなんかしない。だって、オレたちの夢はひとつだから」
「夢」……?
そう問いかけた、ゆずの背後。
青色の扉の向こう側に、ひとりの青年が目を閉じて、壁に肩を預けていた。
「聞き耳なんて、趣味悪いでしょ」
はっさくの片目が薄く開かれる。端にある黄色の扉から出てきたみかんが、足音を忍ばせて近づいてくる。
「今日は止めないんだ?」
「話せばいいと言ったのは、お前だろ」
薄暗い通路で、互いに声を潜めつつ、鋭い視線が交差する。
はっさくはみかんから視線をそらし、片目を扉の先へ向けた。
「らいの記憶が戻らなければ、それでいい」
決意の固まった瞳が、扉の先でされている会話に、注意を向ける。
揺るがない表情を一瞥して、みかんは目を伏せた。
「本当に、それでいいのかな……」
「どういう意味だ」
鋭利な視線を浴びせられ、反射的にみかんがはっさくを睨み返す。次の言葉は出てこない。
「俺たちの夢は、ひとつのはずだ。夢玉を千個集める。そして――」
扉を隔てながら、ふたつの声が重なる。
「れもんを生き返らせる」
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