4-06 忘れるって……

「こんばんはー」


 オカメインコ姿の青葉が夢のふくろうカフェへ訪れると、すでに店内には五人のフクロウたちがいた。カウンターへ飛び降りると、すかさず奥にいるらいむが、麦や粟の入ったカップを青葉の前に置く。


「青葉ちゃん、すっかりふくろうカフェの一員だよね~」


 カウンター席に座るすだちが指を伸ばし、青葉の頭をつんつんとつつく。

 キッズスペースでは、みかんが黙々と玩具の銃をいじっている。

 カウンター奥にいたらいむがコーヒーとケーキを持って、ソファ席にいるはっさくのもとへ行き、距離を詰める。


 なにも変わらない。穏やかなカフェの時間。


「ゆず?」


 青葉はそばにいるゆずを見上げた。

 目の前に置かれた紅茶は、まったく手を付けられていない。ゆずはなにも言わず、薄茶色の水面を見つめている。


「ゆず、どうしました? 具合が悪いんですか?」


 カウンター奥に戻ってきたらいむが、優しく声を掛ける。

 ゆずはハッと顔をあげ、それでもまたなにか考えるようにうつむいた。


「あの……、らいむさん……」

「どうしました?」


 らいむは微笑みながら、軽く首を傾げる。

 ゆずはうつむいたまま、目だけで辺りを見回した。穏やかな時間。けれども自分が言葉を発した瞬間、空気が変わったのを感じる。

 すだちはそわそわと落ち着かない様子でこちらを見ている。はっさくもコーヒーを持ちながら、目をすがめている。後ろにいてわからないが、みかんの視線も感じる。


「……ううん。ちょっと、部屋で休憩してていいかな?」


 それだけ言って、立ち上がる。逃げるように歩き、スタッフオンリーと札の掛かった扉へ手を掛けた。


「ゆず? わたしも行く!」


 青葉が飛び立ち、ゆずの肩に乗る。

 カフェから出たゆずは扉を閉め、大きなため息を吐いた。


「こっちの部屋、初めて入ったけど、扉がたくさんあるんだね?」


 肩に乗る青葉は、ゆずの気を紛らわせようと、質問する。

 入った部屋は薄暗く狭い通路があり、壁に沿って五つの扉が並んでいた。手前から、黄、青、白、黒、そして突き当たりに赤。色の異なる五つの扉の中で、ゆずは真ん中にある白色の扉の前へ行く。


「ここにはみんなの部屋があるんだ。ぼくの部屋はこれ」


 扉を開けて中へ入る。部屋の中は、とてもシンプルだった。白い壁に、木製のベッドがひとつあるだけ。あとはなにもない。


「きれいな部屋だね」

「ぼくが来た時から、こんな感じだったんだ。らいむさんには、好きなように模様替えしていいって言われたけど、なにを置けばいいのかわからなくて……」


 ゆずはベッドの上に腰を下ろした。青葉が膝の上に降りてくる。

 ふたりだけの空間で、ゆずは肩の力を抜き、息を大きく吐いた。


「どうすればいいんだろう……」


 呟き、視線を落とす。


「ねぇ、ゆず? れもんちゃんのこと、深入りしないほうがいいんじゃない?」


 青葉は心配げにゆずを仰ぎ見ながら、話を始めた。


「店長の話では、れもんちゃんは、もう……。辛い出来事だったと思うから、みんな、話すのを避けているんじゃないかな? だから、わざわざ掘り返すのは……」


 青葉の言っていることは理解できる。新入りの自分が、土足で踏み込んでいいような話題ではないのかもしれない。それでも、ゆずは引っかかりが取れずに、口を開いた。


「忘れるって、そんなに良いことなのかな?」


 青葉が「えっ?」と、首を傾げた。


「青葉さんには言ってなかったね。ぼくには、ここへ来るまでの記憶がないんだ。自分が今までだれと出会って、なにをやってきたのか、全然覚えていない」


 ゆずは自分の右手首にはめられた、輝きのないブレスレットに目を落とす。


「木ノ葉さんや店長さんの話を聞いていると、れもんさんって、とても大切にされていたんだなって感じたんだ。それなのに、はっさくさんたちは、れもんさんがまるで最初からいなかったみたいに振る舞ってる。まるで忘れてしまったみたいに……」


 あえて話題には出さないが、ゆずは先日れもんの話を切り出した時の、らいむの表情を思い出す。あの時、得体の知れない怖さを感じた。


「それに、ぼくは新入りだけど、ふくろうカフェの仲間なんだ。それなのに、ぼくだけなにも知らないのは、良いことなのかな?」


 ゆずはうつむきながら、自分の思いを言葉にする。

 青葉はくちばしを使い、ゆずの服を伝って、肩の上にやってきた。体を伸ばし、ゆずの頬にすり寄る。


「ゆずの気持ち、わかったよ。わたしも、仲間外れは嫌だから。それにもしも、わたしが夢のふくろうカフェのことを記憶から消されて、ゆずを忘れちゃったら、絶対に悲しいと思うから」

「青葉さん、ありがとう」


 頬に触れる羽がくすぐったい。ゆずは顔に熱を感じながら、お礼を言った。


「れもんさんのこと、ぼくはもっと知りたい」


 気持ちを固め、立ち上がろうとする。けれども、カフェの様子を思い出すと、ゆずはストンッとベッドに座り直し、頭を抱えた。


「でも、どうやって訊けばいいんだろう……? あの様子だと、ぼくがカフェでなにか訊いた瞬間に、またはっさくさんに怒られそうだし……」

「だれかを呼んで、ここで話すのはどう?」

「そっか! ……でも、どうやって呼べばいいんだろう?」


 自分が怪しい行動をすると、すぐにはっさくが止めに入る気がする。「れもんの話はするな」。殺気さえ感じる形相で言われた忠告を思い出す。耳の良いはっさくに気づかれず、だれかを呼び出す方法がゆずには思いつかない。


 トントンッ。


 不意に聞こえたのは、扉を叩く音。返事を待たずに、扉がガチャリと開かれた。

 

「ゆず~、大丈夫~? らいむから、ケーキを持って行ってって言われたんだけど~」


 顔を覗かせたのは、すだち。手にはお皿にのったフルーツタルトがある。

 ゆずと青葉は、互いに目を合わせた。ゆずは素早く立ち上がって扉のそばへ行き、すだちを引っ張って部屋の中へ入れる。


「へっ!? なに? なに? ゆず~!?」


 目を白黒させるすだちに向かって、ゆずは勢いのまま、両手を壁に押しつけた。


「すだちさん! ぼくの先輩だよね!?」

「そそそ、そうだけど~」

「なら、後輩の一生に一度のお願い、聞いてくれる?」

「ゆず~!? それ、前にも言ったよ~!?」


 至近距離で迫り来る真剣な顔に、すだちは身を細くしながらコクコクうなずくしかなかった。



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