4-05 店長の話

 木ノ葉と別れ、青葉はふくろうカフェへと戻ってきた。


「青葉ちゃん、おかえり。遅かったけど、なにかあった?」

「すみません。木ノ葉さんとばったり会って、話していたんです」


 店はもう営業時間を過ぎていた。店長は片付けをしていて、フクロウたちはすでにカフェにいない。夜は事故が起きないよう、スタッフオンリーの部屋にあるケージに移されている。

 店長は木ノ葉の名前を聞くと、嬉しそうに笑みを見せた。


「そういえば、近くの大学に通っているって言ってたわね。また来てくれるといいわぁ~」

「そうですね」


 青葉も手伝いをしようと、立て掛けられていたモップを手に取る。


“ねぇ、青葉さん。お願いがあるんだけど”


「どうしたの、ゆず?」


 肩に乗るゆずに話し掛けられ、青葉は声を潜めて訊いた。


“その……、店長さんにも、話を聞いてくれないかな? れもんさんのこと”


 ゆずは、れもんのことが気になるらしい。さきほど聞いた話では、夢のカフェで、フクロウたちはなにも教えてくれなかったという。


「うん、わかったよ。わたしも、気になってたんだ」


 青葉はうなずき、顔をあげる。店長は鼻歌交じりにテーブルの上を拭いていた。


「あの、店長? れもんってフクロウのこと、教えていただけませんか?」


 青葉は単刀直入に訊いた。

 店長の動きが止まる。さきほどまで笑顔だった表情が抜け、ゆっくりと振り返る。無言かつ無表情で迫ってくる強面に、青葉とゆずは思わず身をすくめた。


「ごごご、ごめんなさい! 失礼なこと言ってしまいました!?」


 とっさに口から謝罪が叫ばれる。

 ハッと店長は身を引き、恥ずかしそうにくねくねと身体を揺らした。


「あら~、ごめんなさい。怒ってないわよ~。怖がらないで~」


 いつもどおりの様子に、青葉とゆずはほっと胸を撫で下ろす。

 店長は動きを止めると、真面目な顔になって、どこか寂しそうに話し出す。


「れもんちゃんはね、移転する前のお店では一番人気のフクロウだったのよ。アルビノの子だったけど、いつも元気で、なんの病気もしたことなかったの。けど、二ヶ月前のあの日、アタシがいつものようにお店に行って、ケージからフクロウたちを出そうとしたら……」


 店長は目を伏せ、話を止めてしまう。

 青葉は事情を察して、それ以上訊こうとはしなかった。


「れもんちゃんを見てすぐだったわ。オーナーが店に来たのよ。それで、れもんちゃんとらいむちゃんは『dreamドリーム owlオウル companyカンパニー』に引き取られていったの。お店もその日のうちに移転することに決まって。新しいお店に移ったあと、帰ってきたのは、らいむちゃんだけだった……」

「らいむちゃんも、一度引き取られたんですか?」


 店長はあごに手を添えて、「そういえば」と、話を続けた。


「らいむちゃんも、あの時様子がおかしかったわね。いつもは穏やかな子なのに、ケージに噛みついて、暴れていたの。『dream owl company』から帰ってきたら、もとの穏やか子に戻っていたのよね」


 青葉はゆずへと視線を向けた。

 ゆずはなにか考えているようで、黙って首を傾げている。


「フクロウたちの健康には、いつも気を配っていると思っていたんだけどね。れもんちゃんのことがあって、アタシは過信していたんじゃないかって、考えるようになったわ」


 店長は、いつもフクロウたちがいる止まり木へ目を向けながら、独り言のように話を続ける。サングラスの隙間から見える目は、どこか辛そうだ。


「もっとフクロウたちを見ていれば、こんなことは起きなかったんじゃないかって。もっとなにかできたんじゃないかって。ずっと思ってる。お店を辞めようかとさえ、考えたのよ」


 初めて聞く話に、青葉は「そんな……」と思わず言葉を零した。

 店長は青葉へ視線を戻すと、笑みを浮かべる。


「大丈夫よ。はっさくちゃんたちがいてくれたから、アタシはまだ、このお店を続けられたの。もうあんな、悲しいことは絶対に起こさせないって誓ってね」


 その言葉には、強い想いがあるように、青葉は感じた。


「でも、ごめんなさいね。れもんちゃんのこと、ちゃんと話してなくて。アタシ自身、無意識に話すのを避けていたのかもしれないわ。木ノ葉ちゃんみたいに、前のお店の常連さんが来て、訊かれるかもしれないから、説明すべきだったのに」

「いえ。お話、聞かせてくださって、ありがとうございます。もういいよね、ゆず?」

「あら、ゆずちゃんも、れもんちゃんのこと、聞きたかったのかしら?」


 うっかりゆずに話し掛けてしまったが、店長は嬉しそうにゆずへと手を伸ばす。ゆずはまだなにか考えているようで、黙っている。店長がツンツンッと脚をつつくと、ビクンッと震えて、差し出された手の上に飛び移った。


「話が長くなっちゃったわね。青葉ちゃんは、もう帰っていいわよ。あとはアタシがやっておくから」


 ゆずを手の上に乗せながら、店長は青葉の持っていたモップを引き取る。

 青葉は頭を下げ、服を着替えるために別の部屋へ行こうと扉に手を掛けた。

 ちらっと振り返ると、どこか寂しそうにゆずへ目を落とす店長と、なにも言わずにその顔を見上げるゆずの姿があった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る