4-04 青葉と木ノ葉

「そんなことがあったんだ……」


 次の日の昼間。ゆずは青葉とともに、ショッピングモールの出入り口前でチラシ配りをしていた。キメラの夢鼠を見つけて狩ることができたが、青葉は自分の意志でカフェのバイトを続けている。このチラシ配りも、店の宣伝のために定期的におこなっていた。


“うん……。青葉さんに話せて、なんだかスッキリしたよ”


 あのあとすぐ、青葉がカフェにやってきて、話はうやむやになってしまった。青葉が来るまでの経緯を話し終わり、ゆずは肩の上で、ほっとしたように羽繕いを始める。


「わたしも、れもんってフクロウがいたなんて知らなかったよ。店長さんも小美美こみみさんも、今まで教えてくれなかったから」


 通りすがった人にチラシを渡し、青葉はこっそりとゆずに話し掛ける。

 前を向き、モールから出てきた人にチラシを渡そうとした時。


「あの、ふくろうカフェにいた店員さんですよね?」


 声を掛けられ、ハッと、焦点がやってきた人の顔へ行く。

 ショートボブの髪型をした女性が、笑顔でチラシを受け取った。黄緑色のカーディガンを羽織って、白いフクロウのネックレスが胸もとで揺れている。


「えっ、あっ、この前来てくれた……」


 チラシ配りと店での接客で、人と接するのは慣れてきているものの、突然親しげに話し掛けられた青葉は、そわそわと返事をする。

 女性は青葉の様子に気付き、「驚かせてごめんなさい」と慌てて謝った。年が近いからか、親近感があるのだろう。笑顔を浮かべながら、青葉の姿を改めて見る。


「その服、似合ってます。すっごく可愛いですね」


 ボンッ!


 頭から蒸気が吹き出そうな勢いで、青葉の顔が真っ赤に染まる。

 青葉の着ているのは、メイド服。なぜかチラシ配りの時は、いつもこの服を着せられてしまう。もう慣れてしまっていたが、面と向かって他人に言われると恥ずかしくてたまらない。


“あ、青葉さん、落ち着いて! ぼ、ぼくも、青葉さんのこと、すごく可愛いと思ってるから!”


 火照った顔でうつむいてしまう青葉を見て、ゆずがなぐさめようと声を掛ける。火に油を注いでいるとも知らずに、青葉の顔が耳まで赤くなった。

 突然黙ってしまった青葉を見て、女性はあたふたと周囲を見回す。


「具合、悪いんですか? あっちのベンチで、ちょっと休みます?」

「えっ、い、いえ……あの……」

「無理しないでください。こっちです」


 女性に手を引かれ、青葉はされるがまま近くにあったベンチへと座らされた。


「えっと、なにかあったかな?」


 女性は青葉の隣に座り、持っていたバッグの中から菓子袋を取り出す。


「これ、どうぞ」


 取り出したのは、真っ白なマシュマロだ。


「い、いいんですか?」

「はい。ふくろうカフェで、いつもお世話になっていましたから」


 袋からマシュマロをひとつもらい、口の中に入れる。

 柔らかい食感と、甘い味が口に広がった。

 肩に乗るゆずは首を伸ばし、青葉の頭越しに女性を見つめる。


“この人、ちょっと青葉さんに似ているね”


「う、うん。わたしも、思ってた」


 甘いマシュマロをゆっくり噛みながら、青葉は気持ちを落ち着かせる。ゆずに声を掛けられ、そっと小声で返事をした。


「私、今年から近くの大学に通っているんですけど、あなたももしかして、学生さんですか?」


 今年から大学に通っているということは、おそらく同い年だろう。

 素朴な質問に、青葉の表情は少し曇った。女性から視線をそらしつつ、うつむきがちに答えを返す。


「い、いえ。わたし、獣医になりたくて、ここの大学に受験したけど、落ちちゃって……。だから今は、予備校に通っているんです……」


 親とは和解した。自分の中でも整理はできた。それでも、同い年の人が大学へ行き、自分は浪人している。その事実を見せつけられ、焦燥感に襲われてしまう。


「獣医ですか!? すごいですね!」


 不意に言われたのは、慰めでも同情でもなく、賞賛の声。

 青葉は思わず顔をあげ、女性を見た。憧れの眼差しが、自分へ向けられている。


「私もなりたいなーって思っていたんですよ。でも、私バカだから、すぐに諦めちゃいました。獣医って、すごいですね! 応援しています!」


 前のめりになって、面と向かって出される言葉に、青葉はまた頬を染めた。大声を出されて、肩に乗るゆずは若干引いている。それに気づいて、女性は「ごめんね」とゆずに謝り、恥ずかしそうに身を引いた。


「えっと、お名前、木ノ葉このはさんでしたか?」


 青葉は緊張を解き、女性に問いかけた。


「はい。木ノ葉でいいですよ。えっと、あなたは?」

「青葉です。名前も、ちょっと似ていますね」


 言って、二人で微笑み合う。

 肩に乗るゆずも落ち着きを取り戻し、翼の羽繕いを始めた。


「肩に乗っているフクロウ、なんて名前なんですか?」

「ゆずって言うんです」

「ゆずちゃん。可愛いですね。れもんちゃんとなんだか似ています」


 その言葉に、ゆずはハッと羽繕いするくちばしを止めた。

 青葉はゆずをちらっと見て、再び木ノ葉に視線を戻す。


「あの、わたし、最近カフェで働き始めたんです。移転する前のことは、知らなくて。れもんってフクロウのことも……」

「そうなんですね。れもんちゃん、とっても可愛い子だったんですよ。あっ、写真見ます?」


 木ノ葉はバッグからスマホを取り出した。軽く指を動かし、画面を青葉に向けて見せてくれる。青葉とゆずは、表示された写真を覗き込んだ。


「これが、れもんちゃん……」


 そこには、真っ白なフクロウが一羽、止まり木にとまって小首を傾げていた。何の汚れも付いていない、純白の羽。目はルビーをはめこんだかのように、美しい赤色に染まっている。


“きれいなフクロウだね……”


 ゆずは思わず、言葉を零した。

 青葉も首を縦に振り、眼鏡の端を片手で押し上げる。


「シロフクロウかと思ったけど、これはおそらくモリフクロウのアルビノ個体ですね。ゆずもモリフクロウだから、どことなく似てるね」


 木ノ葉は画面をスワイプして、何枚かの写真を見せてくれた。羽繕いをしている姿、手にとまっている姿、撫でられて目を細めている姿。どの姿も画になっていて、思わず魅入ってしまう。不思議な魅力が、そのフクロウからは感じられた。

 写真を見終わり、木ノ葉はスマホをバッグにしまう。


「ありがとうございます」


 青葉はお礼を言って、頭を下げた。ゆずも真似するように、頭を下げる。

 木ノ葉はずっと笑顔で、懐かしそうに写真を見せてくれていた。その顔に、少し寂しさが滲む。視線を持ち上げ、青葉の肩の上へと向けた。


「良かったら、ゆずちゃんをちょっとだけ撫でてもいいですか?」


 青葉はゆずへと顔を向け、小声で尋ねる。


「いい、ゆず?」


“う、うん。ちょっとだけなら……”


 ゆずは差し出された青葉の手に乗り、木ノ葉の膝の上まで行く。

 木ノ葉はそっと手をあげ、ゆずの頭を優しく撫でた。


「フワフワしてる。やっぱり、れもんちゃんと似てるね」


 ゆずは木ノ葉の顔を見上げた。

 愛おしそうに自分を撫でている表情は、どこか遠いところを見ているようで。


「れもんちゃん、会いたかったな……」


 呟かれた言葉は、涙が落ちるように、ゆずの耳に届いて反響した。

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