4-03 れもんって誰?

 その日の夜。ゆずは足早に夢のふくろうカフェに入った。

 店内には、すでにフクロウの皆が揃っていた。ゆずはまっすぐにカウンターへ行き、奥で紅茶を淹れているらいむと向かい合う。カウンターに手を置いて前のめりになり、口を開いた。


「らいむさん! れもんって、だっ!?」


 ゆずの腕に痛みが走った。

 振り向くと、はっさくが腕を握り締めている。


「来い」


 低い声で言うや否や、ゆずは強く引っ張られる。

 扉を開け、休憩室を抜けて、やってきたのはトレーニングルーム。ゆずは身体を押され、壁に軽くぶつかった。前を向くと、顔のすぐ横へ、「ドンッ」と叩くように手が置かれる。


「れもんの話はするな」


 もはや脅しだ。威圧的な片目が、刺すようにゆずを見下ろす。

 ゆずは反射的に身をすくめながら、それでもはっさくに言葉を返した。


「れもんってフクロウのこと、知ってるんだね?」


 はっさくはなにも言わない。睨んでいる片目を、さらに鋭く細める。

 無言は肯定の意味だろう。ゆずは震える手を握って、さらに続けた。


「ぼくの来る前にいたフクロウなの? なんでだれも言ってくれなかったの? 話をするなって、なんでっ!?」


 ゆずの身体が強引に引き寄せられる。足が浮き、かろうじてつま先立ちになる。

 はっさくが壁に当てていた手を離し、ゆずの胸倉をつかんでいた。目の前に迫る眼光は、殺気さえ帯びている。


「別に、話してもいいんじゃない?」


 ゆずの息が止まりかけた時、不意に声が聞こえた。

 はっさくは手を緩め、顔をそらす。ゆずも目を向けると、みかんが扉を後ろ手で閉めてやってくるのが見えた。


「いつかはバレると思ってたでしょ。これ以上詮索させないためには、話したほうがいいんじゃない」

「こいつには関係のないことだ」

「でも、黙って言いなりになるタイプでもないでしょ」


 睨み合いながら、話を始める二人。

 ゆずの視界の隅で、そーっと扉がまた開かれる。顔を出したのは、すだち。緊迫した空気を感じとるや、部屋の中へ入り、はっさくとみかんの間に入る。


「もうやめようよ! 二人とも~!」


 はっさくを見て、みかんを見て、握った両手を胸へ当ててうつむく。


「れもんがいた時みたいに、みんなで仲良くしようよ~。そうしないと……」


 言葉が続く前に、はっさくがハッと扉のほうへ目を向けた。みかんが顔をしかめ、舌打ちを零した。


「すだちのバカ。お前まで来たら、らいむが」

「みなさんでなにをコソコソしているんですか?」


 扉を開け、今度はらいむが入ってきた。部屋にいた全員が、らいむへと顔を向ける。

 はっさくが胸倉から手を放す。解放されたゆずは、いてもたってもいられず、らいむへと足早に近づいていった。


「らいむさん、れもんってだれ? なんでだれも教えてくれなかったの?」


 だれにも止められないよう、らいむのそばでまくしたてる。

 ゆずにとっては、わからないことだらけだった。れもんというフクロウの存在も、皆の反応も。だから知りたかった。わからないことを知ろうとするのは当たり前だ。

 そう、思っていた。


「れもん……」


 らいむの形の良い唇から、その名前が発せられる。

 彼は目を弓なりに曲げ、穏やかな微笑みを見せた。


「誰ですか、それ?」


 軽く首を傾げ、当たり前のように答えるらいむ。

 ゆずはなぜか這うような悪寒に襲われ、言葉を失った。

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