4-01 みんなでパーティー!

「みんな~、昨日はお疲れ~っ!」


 夢のふくろうカフェで、カウンター席に座るすだちの元気な声が響いた。

 両手で持っている水色のクリームソーダを頭上に掲げたあと、グラスの縁を口につける。炭酸の刺激に顔をしかめ、パッと目を開ける。幸せそうに口もとをほころばせ、唇についたクリームを舌でペロリとなめた。


「大仕事を終えたあとの飲み物は、やっぱりサイコーだよね~」


 カウンターの奥で、いつものようにエプロンを着けて作業しているらいむが、すだちへ向けて微笑みを浮かべた。


「昨日のすだちは、頑張ったそうですね。はい、どうぞ。今日は特別ですよ」


 カウンターの上に、イチゴのショートケーキが置かれた。


「わぁ~、今日はイチゴが二個もある~!」


 すだちはグラスを置いて、ケーキののった皿を手に取る。身体を揺らし、長いツインテールの髪をなびかせながら、フォークでイチゴを取ると、一口でぱくついた。

 落ちそうになる頬を支えるように手を当て、イチゴと同じ至福の色に染まる頬。


「美味しい~っ! らいむ、ありがとう~!」

「いえいえ。ゆっくり食べてくださいね」


 らいむも目を優しく細めて、幸せに満ちた顔を見つめる。

 お盆を手にカウンター奥から出ると、ソファ席に座るはっさくのもとへ行った。


「はい、はつ」


 はっさくの座るテーブルに、コーヒーとガトーショコラが置かれる。

 はっさくはすぐにコーヒーへ手を伸ばし、口に付けた。

 らいむはお盆をいったんテーブルに置き、ガトーショコラののる皿を持つ。


「夢玉は何個集まった?」


 視線をそらしながら、はっさくが訊く。

 突然の問いに、らいむは一瞬目をまばたかせたが、すぐに笑みを戻す。


「まだ正確に数えてはいませんが、五百近くは集まったと思いますよ」

「そうか」


 はっさくはぼそりと呟き、またコーヒーに口をつける。

 らいむはガトーショコラをフォークで切り分け、一欠片を自分の口へ運んだ。

 不意の行動に、今度ははっさくが一瞬らいむへ視線を向ける。


「今日も美味しく焼けましたよ。はつも、食べてください?」


 らいむははっさくの肩に手を置き、身を近づける。口に含んだガトーショコラは軽く咀嚼そしゃくしただけで、飲み込んでいない。顔を寄せ、ショコラで茶色く染まった口内を少しだけ覗かせながら、唇が――。


「ピィッ!?」

 

 一部始終を見ていたすだちが、頬を染めながら首を勢いよくひねり、視線を外した。


「み、みかん~! アレがアレで、アレだよね~!?」

「ごまかしが下手すぎるでしょ」


 キッズスペースでチーズケーキにかじりついていたみかんは、呆れたように半目になりながら、玩具の銃ですだちのひたいを撃った。

 コルク栓の当たった額に手を当て、すだちが涙目になる。席から立ち上がり、同じタイミングで立ち上がったらいむの腰に抱きついた。


「痛い~! らいむ~、みかんがいじめるよ~!」


 らいむはすだちの頭を撫でながら、微笑みを絶やさずみかんへ顔を向ける。


「みかん。食べながら玩具で遊ぶのは、行儀が悪いですよ」

「はーい」


 みかんは素直に返事をするが、依然、左手で玩具の銃をくるくる回している。

 頭を撫でられたすだちは機嫌を直してカウンターに戻り、ケーキを再び突き出す。はっさくはなにも言わずにコーヒーを口にして、みかんは玩具の銃をいじりながらグラスに入ったオレンジジュースをあおる。

 

 その光景は、いつもと同じ夢のふくろうカフェだった。


「おかしくないかな……?」


 カウンター席の真ん中に座るゆずが、言葉を発するまでは。

 隣に座るすだちの手が、止まった。

 呼吸を忘れたかのように、辺りが水を打ったようになる。


「ゆ、ゆず~、どうしたの~? もしかして、青葉ちゃんが来ないから、寂しいの~?」


 すだちが笑顔を作って、ゆずの腕をつつく。

 紅茶の水面を見ていたゆずは、顔をあげた。視線の先には、カウンターの奥で、変わらず微笑みを浮かべているらいむがいる。


「どうしました、ゆず?」

「らいむさん、昨日のことだけど……」

「ゆ、ゆず~! 昨日はすごかったよね! 夢鼠相手に一人で戦って、倒しちゃったんだから~! 青葉ちゃんの記憶も、消えなくて良かったね~!」


 すだちが肩をつかみ、話に割って入る。明らかに、話をそらそうとしている。

 みんなの助けを借りて、夢鼠を倒せたのは嬉しい。マザーは約束を守り、青葉の記憶を消していない。それも飛び跳ねたいほど喜びたい。

 けれども、頭に浮かぶのは、夢鼠を倒したあとの光景ばかり。


「ありがとう、すだちさん」


 ゆずは軽くすだちの腕を押し退けて、改めてらいむを見た。


「らいむさん、昨日はなにがあったの?」


 また、部屋の空気が凍る。

 複数の視線を感じつつ、ゆずは身を乗り出した。

 らいむだけはいつもと変わらず。温かい微笑みを浮かべながら、眉を少し歪めた。


「すみません。私、昨日のことはよく覚えていなくて。みなさんに迷惑を掛けてしまったみたいですね」


 肩をすくめ、申し訳なさそうに謝罪を口にする。

 らいむが嘘をつくようなひとではないのはわかっている。だからゆずは、さらに踏み込んで話を続けた。


「らいむさん、何度も言ってたよ。『返してください』って。どういう意味」


 ガンッ!


 不意に、陶磁器が強く叩かれる音が響いた。

 ゆずはビクッと身体を震わせて、音のしたほうを見る。コーヒーの入ったカップをソーサーに叩きつけたのだろう。ソファ席にいるはっさくが、殺気さえ漂わせるように、片目を鋭く細めてこちらを睨みつけていた。

 無言の圧力に、ゆずは息とともに、言葉を呑み込む。


「ボク、ちょっと気分悪いから、部屋で休んでる」


 後ろからみかんの素っ気ない声が聞こえた。キッズスペースから出ていき、スタッフオンリーと書かれた右側の扉を開けて、中へ入ってしまう。


「き、昨日のゆずの活躍、すごかったんだよね~! 柱のそばに行ってね、夢鼠が突進してくるところをさっと避けてね、夢鼠が柱に当たってね、それから――」


 すだちがソワソワと落ち着かない様子で、笑顔を貼り付けたまま早口で話し出す。

 らいむは何事もなかったかのように、微笑を絶やさずその話に耳を傾ける。


 ゆずは胸の中でうごめくなにかを感じながら、それをどう説明すればいいかわからず、視線を落とした。紅茶と、手のついていないフルーツタルトがカウンターに置かれている。フォークを手に、フルーツタルトの端を切り取って、口へ運んだ。

 タルトの甘みと、フルーツの爽やかな酸味が広がるはずの口内は、なんの味も感じなかった。

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