3-07 一撃

 その頃、瓦礫と壁の隙間では、はっさくとらいむが身を潜めていた。はっさくはらいむを抱きかかえながら、耳をそばだてている。外から聞こえてくる声で、状況はつかめている。はっさくは眉間にしわを作り、無意識にらいむを抱く手に力を込めていた。


「は……、はつ……」


 その時、はっさくの頬に、伸ばされた手が触れた。

 視線を下へ向けると、らいむが苦しそうに顔を歪めながらもこちらを見上げている。


「私の……ことは……構わないで……。みなさんの……ところへ……行って……ください……」


 片手で頭を押さえながら、絶え絶えに声を吐き出す。もう片方の手は、小刻みに震えながらも、はっさくの頬を撫でる。

 はっさくは、さらにらいむを抱く手に力を込めた。それでも、外の状況へ意識を向ける。らいむの身体を壁に預け、耳もとへ顔を寄せて口を開く。


「すぐ戻る」


 言った瞬間、翼を広げ、目にも留まらない速さで外へ飛び出した。


「うぅ……。くっ……」


 はっさくがいなくなり、一人になったらいむは、外へと目を向ける。頭の激痛に耐えながら、手を伸ばし、這うようにして出入り口へと近づいていった。

 身を伸ばし、顔を上げて、外の様子をうかがう。目に飛び込んできたのは、キメラの夢鼠に押さえつけられている、ゆずの姿だった。


「っ……!?」


 次の瞬間、頭の痛みが激しさを増す。らいむは両手で頭を抱え、苦痛に身もだえる。耐えがたい痛みの先で、脳裏に覚えのない映像が次々と現れては消えていく。


「……れ――」


 まぶたの奥で、白い羽が揺れて、消えた。



   *   *   *



 キメラの夢鼠に押さえつけられ、身動きのとれないゆずは、迫り来る炎に思わず目を閉じた。

 次の瞬間、襲いかかってくるはずのブレスがやってこない。それどころか、身体が急に軽くなる。恐る恐る目を開けた先には、翼を羽ばたかせながら宙にとどまる、はっさくの姿があった。


「はっさくさん!」


 はっさくが右の拳を握り締めながら見つめる先には、床に倒れているキメラの夢鼠がいる。どうやら、殴り飛ばして助けてくれたらしい。

 はっさくはゆずへ目を向けることなく、自身の翼から羽を抜いて、鉤爪へと変化させた。


「こいつは俺が倒す」


 鉤爪を両手に装着したはっさくが、翼を大きく一打ちさせ、キメラの夢鼠へと突っ込んでいく。


「はっさくさん! 背中をねらって! そこが弱点かもしれない!」


 ゆずは立ち上がりながら、声を上げた。夢の結晶を壊し、キメラの夢鼠が回復できない今ならば、倒せるはずだ。

 はっさくは聞いているのかわからないが、両腕を振り上げ、キメラの夢鼠の背中へ向かって振り下ろそうとする。


「メェェェエエエエエエエエーーーッ!!」


 しかし、背から生えたヤギが首をもたげ、はっさくに向かって雄叫びをあげた。


「くっ……!?」


 キメラの夢鼠を切り裂く寸前で、はっさくの動きが止まる。

 その一瞬の隙を突き、キメラの夢鼠は片足をあげ、はっさくの身体を叩き飛ばした。


「はっさくさん!?」


 受け身をとることもできず、はっさくは壁へと叩きつけられる。壁に亀裂が走り、そのまま力なく床へと落ちていった。


「そんな……。はっさくさんまで……」


 回復は止められたが、それでもキメラの夢鼠は強敵だ。特に、あのヤギの鳴き声をなんとかしなければ、攻撃ができない。

 そう思っている間に、キメラの夢鼠がゆずのほうを向く。

 すだちもみかんもはっさくも、床に倒れ、助けてくれる者はだれもいない。


「青葉さんだったら、どうする……」


 ゆずは無意識に、青葉の名前を呼んだ。もう、声は聞こえてこない。それでも、ハリネズミの夢鼠を倒した時、助言をくれたことを思い出す。今ここに彼女がいてくれたら、なにを教えてくれるだろう。


 パラ……、パラッ……。


 その時、ゆずの耳に、なにかの落ちる小さな音が聞こえた。対峙するキメラの夢鼠に注意を払いつつ、視線を移す。

 見えたのは、ゆずが逃げ回っている最中に、ヘビの尾が噛みついて壊した柱だった。根もとの一部が、半分ほど欠けている。柱はかすかにぐらついて、天井から小さな欠片が落ちてきていた。


 ――あれだ!


 ゆずが駆けだしたのと、キメラの夢鼠が飛びかかってきたのは、同じタイミングだった。

 攻撃を避けたゆずは、そのまま一直線に走っていく。柱までたどり着くと立ち止まり、追いかけてくるキメラの夢鼠と正対した。


「ゆず!? 逃げてよ!」

「アレ、なにしてんのさ!」


 すだちとみかんの焦った声が耳に届いた。それでもゆずの足は動かない。迫ってくるキメラの夢鼠を真正面に見つめ、震える身体に力を込める。


「来い! 夢鼠!!」


 叫ぶと同時に、ライオンの頭が大口を開けながら跳び上がり、ゆずへと襲いかかる。


 ――今だ!!


 身体が牙に噛み砕かれる寸前、ゆずは翼を羽ばたかせて、真正面に飛んだ。キメラの夢鼠の足もとをくぐり、攻撃を避ける。

 獲物を失ったキメラの夢鼠は、そのまま柱へと激突した。巨体の突進を受けて、半分欠けていた柱が崩れる。根もとから折れるようにして、石造りの柱がキメラの夢鼠のほうへ倒れ、天井の一部も崩れ落ちていく。

 轟音とともに、土ぼこりが周囲に舞い上がった。


「……どうだ」


 ゆずは離れた場所で着地して、土ぼこりの広がる中心を見つめる。

 ほこりが徐々に収まり、見えるようになった先に、キメラの夢鼠がいる。瓦礫の下敷きになっていて、動かない。背から生えたヤギの頭は、だらんと胴体の横にぶらさがっている。


「今なら!」


 ゆずは腰にしまっていたナイフを取り出した。翼を羽ばたかせ、天井の抜けた夜空へと舞い上がる。ナイフを振りかざし、瓦礫の隙間から見えるキメラの夢鼠の背中へ向かって、急降下する。


「くらえぇぇぇぇえええええええーーーっ!!」


 ナイフが、キメラの夢鼠の背中に深く突き刺さった。

 痛みで気を取り戻したように、ライオンの頭が悲鳴のような声をあげる。

 ナイフの突き刺さった箇所からは光の粒子が漏れ出すが、巨体が消えることはない。


「傷が浅いのかな……!?」


 キメラの夢鼠が起き上がり、背に乗るゆずを振り払おうと体を揺らす。

 ゆずは振りほどかれないよう、突き刺したままのナイフを握り締めた。けれども、これ以上攻撃する手段がない。


「ゆず! 後ろ!」


 すだちの声が聞こえ、ゆずは首を回して後ろへ振り返る。尾から生えたヘビが、口を開けて迫ってくる。紫色の毒々しい唾液をしたたらせる牙が、ゆずに噛みつこうと襲いかかる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る