3-06 回復を止めろ
すだちとみかんは低空飛行で飛んでいき、離れた場所に降り立つ。足音に気付き、キメラの夢鼠が二人のほうへ顔を向けた。
「こっちだよ、デカブツ」
「今度こそ、負けないからね~!」
みかんが右手に持つ拳銃を一発放ち、すだちは大袈裟に鎖鎌を頭上で回す。
ライオンの頭部が吠え、二人めがけて駆けだしていく。
振り下ろされた爪を、すだちとみかんは互いに反対の方向へ走って避けた。
「よし、今なら……」
様子を見ていたゆずは、キメラの夢鼠が移動したことを確認して、瓦礫と壁の隙間から出た。
すだちとみかんは挑発しながら、キメラの夢鼠の注意を引いている。
ゆずは翼を羽ばたかせ、音を立てずにさきほどまでキメラの夢鼠がいた場所へと向かった。
「熱っ」
扉の付近で燃えている火の粉が顔に掛かり、顔をしかめる。扉の横を通り過ぎ、宙に浮かんでいる夢の結晶のもとへ。食べられて半分欠けている赤い結晶の下にたどり着き、足音を立てずにゆっくりと、床に着地する。
「うわっ!? みかん、大丈夫!?」
「これくらい……、なんともないでしょ!」
遠くから、苦戦する声が聞こえてくる。
ゆずは急いで、結晶へと両手を伸ばした。一瞬、他人の夢を壊していいのかと躊躇する。けれども今は、ピンチを乗り越えることが先決だ。
「ごめんなさい……」
呟き、結晶に手を触れる。すると夢の結晶が淡く光り出した。次の瞬間、音もなく砕け、消えていく。
『ゆず、わたしの夢の中に来た時に、夢の結晶を壊していたじゃない? キメラの夢鼠が夢の結晶を食べて回復するなら、その結晶を壊せばいいんだよ』
青葉が教えてくれたことを思い出す。
これで、キメラの夢鼠は回復できなくなった。ゆずは心の中で、ほっと息を吐く。
「嘘……。なんで、ゆずがその力……、うわぁーっ!?」
「すだちっ!? ……くっ!?」
すだちとみかんの悲鳴が聞こえ、ゆずはハッと首をひねった。
二人が壁に叩きつけられ、床に力なく落ちる姿が目に入る。
「すだちさん! みかんさん!」
思わずゆずは叫んだ。その瞬間、背中に悪寒が走る。
振り返るとそこには、殺気に満ちた双眼でこちらを見下ろすキメラの夢鼠がいた。
「グルルルル……」
キメラの夢鼠が目の前で、ゆずを見下ろす。頭のライオンも、背中のヤギも、尾のヘビも、殺気立った目でこちらを睨みつけている。
恐怖を通り越し、ゆずは思わず引きつった笑みを浮かべた。
「もしかして、夢の結晶を壊したから、怒ってる……?」
呟いた瞬間、ライオンの頭部が大口を開け、ゆずに飛びかかってきた。
「うわぁああああああーーーっ!?」
ゆずは慌てて後ろへ振り返り、走り出した。キメラの夢鼠が追いかけてくる。鋭い爪の生えた足を床に叩きつけ、ゆずを捕まえようとする。ゆずは左に跳び、爪をかわす。前転をして立ち上がり、息つく暇もなく再び走る。
「どうしよう!? どうしようー!?」
前方に見える瓦礫の山を、叫びながら翼を羽ばたかせて飛び越える。キメラの夢鼠は、瓦礫をひと払いでなぎ倒し、追いかけてくる。
「くっ……、アレ、ヤバいでしょ……」
「ゆ、ゆず……、逃げてっ!」
離れた壁のそばで、みかんとすだちが倒れながら顔を上げていた。助けに行きたいものの、さきほど夢鼠から受けたダメージで身体が動かない。
ゆずは二人の声を聞く余裕もなく、宮殿の中を走り、飛び、逃げ回る。
「はぁっ、はぁっ、ど、どうしよう……っ」
息が切れ、足が痛み出す。頭の中で必死に打開策を考えようとするものの、逃げ回るので精一杯だ。
走っていく前方に、宮殿の柱がある。右に逃げようか、左に逃げようか。迷った瞬間、後ろから声があがった。
「メェェェエエエエエエエエーーーッ!!」
ヤギの異音。
頭の割れるような痛みが走り、ゆずは思わず足を止めて、耳をふさぐ。ちょうど柱の目の前で、身動きが取れなくなる。
「うぅっ……!」
顔をしかめながら首だけ回す。キメラの夢鼠の尾から生えたヘビが、大口を開けながら迫ってきていた。
「う、動け……っ!」
ゆずは必死に足へ力を込めて、床を蹴る。右側に飛び跳ねると、ヘビの牙が一瞬前までゆずのいた場所を通り過ぎていった。そして、柱に食らいつき、石の壁を食いちぎる。口から放り投げられた瓦礫の一部が、ゆずの身体に直撃した。
「痛っ!?」
そのままゆずは、床に身体を打ち付けた。痛みに耐えながら顔を上げると、ライオンの頭部がこちらを見ている。ゆずは手足に力を入れて起き上がるが、身体中に痛みが走り、足がもつれて膝をついてしまう。
『ゆず! ゆず! 聞こえる? キマイラの倒し方がわかったよ!』
その時、頭の中から青葉の声が聞こえた。
「青葉さん!?」
『ギリシア神話によると、キマイラは、英雄ベレロポンがペガサスに乗って空中から背中に矢を射って倒したそうだよ。だから、背中が弱点なのかも!』
「背中が、弱点……」
青葉の声を聞きながら、言葉を繰り返した。
「ゆず、危ないっ!!」
すだちの叫びに、ハッと我に返る。
後ろに振り返った瞬間、身体が床に押し付けられた。痛みと重みに、顔をしかめる。身体が獣の足に押さえつけられ、顔の両側には鋭利な爪が床に食い込んでいた。そして前方には、ライオンの顔。
「うぅ……」
『ゆず? どうしたの!? ゆ――』
青葉の声が、しだいに遠くなっていく。
ゆずは力を入れ、抜け出そうと試みるが、キメラの夢鼠の片足はゆずの身体をがっちりと押さえつけている。肺が圧迫され、息をするのでさえも苦しい。
遠くから、すだちとみかんの叫び声が聞こえる。けれどもなんと言っているのか、ゆずの頭に言葉は入ってこない。
目に映るのは、ライオンの頭。品定めするように首を揺らしながらゆずを見つめている。そして、ゆずを真正面に見据えると、口の奥から炎が漏れ出す。
――丸焼きにされる!!
押し寄せる熱波に、ゆずは目を閉じた。
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