3-04 打開策を考えろ

 その頃、夢のふくろうカフェの店内では、青葉がカウンターの上に一羽でいた。


「どうしよう……。らいむちゃんには、帰ってもいいって言われたけど……」


 独り言を言いながら、カウンターの上を行ったり来たり。店内の壁に掛けられている時計を、意味もなくちらちらと見てしまう。まだ、ゆずとらいむが出て行ってから、十分しか経っていない。それでも青葉は耐えきれないというように、翼で頭を抱えた。


「うーん、ゆず、大丈夫かな? スマホがあれば、すぐに連絡が取れるのに……」


 頭を掻きながら呟くと、首から提げていた小さな巾着袋が胸の前で揺れた。

 青葉はなにかをひらめいて、片足をあげる。くちばしと足を使いながら、器用に巾着袋を首から外し、中にある物を取り出した。


「もしかして、これを使えば……」


 カウンターの上に転がったのは、黄色く輝く夢玉。


「フクロウのゆずと、これを通して話ができるんだったら、スマホみたいに通話できないかな?」


 現実で、青葉はフクロウのゆずと夢玉を通して会話ができるようになっているらしい。それならば、離れたところからでも、話ができないだろうか。せめてゆずの声だけでも聞けないだろうか。

 ものは試しにと、青葉は夢玉に向かって言葉を掛けてみた。


「ゆず! ゆず! 聞こえる?」


 夢玉は黄色い輝きを放っているだけで、変化がない。しばらく待ってみたが、なんの返事も聞こえてこない。


「やっぱり、ダメかな……」


 青葉はため息を吐き、夢玉をくちばしの先で軽く小突いた、その時。


『青葉、さん……?』


 頭の中で、ゆずの声が聞こえた。



   *   *   *



 キメラの夢鼠がいる部屋で、ゆずたちは瓦礫と壁の隙間に身を潜めていた。

 ゆずは外の様子をのぞいてみる。キメラの夢鼠は、夢の結晶のそばで座り込み、辺りを見回している。近くに扉があり、その周囲は炎に包まれている。いずれ自分たちが出てくるだろうと、待っているようだ。


「このままじゃあ、一生この夢の中に閉じ込められちゃうよ~」

「その前にあの夢鼠に喰われるのがオチでしょ」

「そんな、嫌だよ~! どうしよう、みかん~!」

「騒ぐな。気づかれるぞ」

「叱ってるヒマあるなら、打開策を考えてよね」


 すだちとみかんとはっさくが話し合っているが、この状況を乗り切る案は出ていない。いつも指示を出す司令塔であるはずのらいむは、はっさくの腕の中で、未だに顔をしかめて頭を抱えている。


「どうすればいいんだろう……」


 ゆずは独り言を零した。似たような状況を思い出す。青葉と初めて出会い、ハリネズミの夢鼠と戦った時も、最初は打開策が見つからずに途方に暮れていた。


「青葉さんだったら、どうするかな……」


 そう呟いた時、頭の中で、自分の名前を呼ぶ青葉の声が聞こえた気がした。


『――ず! ゆず! 聞こえる?』


 最初は空耳だと思った。けれども声はしだいに大きくなり、自分を呼んでいるようにはっきりと聞こえだす。


『やっぱり、ダメかな……』


 ゆずは周囲を見回した。もちろん、青葉の姿はない。けれども、ものは試しにと、虚空に向かって声を掛けてみた。


「青葉、さん……?」

『ゆず? やった! 聞こえる!』

「なんで、青葉さんの声が聞こえるの?」

『夢玉を使ってみたの。できるかわからなかったけど、繋がって良かった!』


 青葉の嬉しそうな声があがり、パタパタと翼を羽ばたかせる音も聞こえる。

 夢玉にそんな機能があったなんて。ゆずは驚きつつも、青葉の声を聞けて、少しだけ心が安らいだ。


「ちょっとそこ、なにブツブツ言ってんのさ」

「ゆず~、どうしたの~?」


 みかんは半目になって、すだちは不思議そうに、ゆずに問いかける。


「えっ!? あ、いや、なんでも……」


 いぶかしげにこちらへ向けられる視線から逃げるように、ゆずは皆に背を向けた。


『ゆず? どうしたの?』

「いや……、実は今、まずいことになっていて……」


 ゆずは身をすくめながら、口もとに手を当てて小声で話し出す。

 キメラの夢鼠と出会い、劣勢であること。退路を塞がれ、身動きがとれないこと。

 状況をひと通り話し終えると、「うぅーん」と青葉の唸る声が聞こえた。


『やっぱり、キメラの夢鼠って、キマイラのことだったんだね』

「キマイラ?」

『ギリシア神話に出てくる怪物だよ。頭はライオンで、背中にヤギの顔があって、尾はヘビなの。ゆずが言ってる夢鼠と同じでしょ?』


 確かに、青葉の話しているキマイラと、部屋にいるキメラの夢鼠は同じ特徴を持っている。


『キマイラは確か、ギリシア神話で英雄に倒されたの。どうやって倒したんだったかな……。昔読んだ本に書いてあったんだけど……』


 青葉はそう言うと、『本……。本……』とブツブツ呟きだした。きっと、ハリネズミの夢鼠と戦った時のように、頭の中でイメージして、物を出そうとしているのだろう。


「ねぇ、青葉さん、そのキマイラって怪物は、回復したりする?」


 ゆずはひとつ、気がかりなことを訊いてみる。


『えっ、うーん、回復するって話は聞いたことないよ』

「やっぱり……。似ているけど、少し違うのかな。キメラの夢鼠は、夢の結晶を食べて回復するんだ。だから、倒し方がわかったとしても、すぐに回復されたら意味がないかも……」


 一瞬、打開策が見つかるかと期待したが、やはり無理なようだ。ゆずはそう思い、小さくため息を吐いた。

 けれども、青葉はさらっと言葉を返してきた。


『夢の結晶を食べて回復するの? それって、ゆずならなんとかできない?』

「えっ?」


 思いもよらない言葉に、ゆずはまばたきを繰り返す。


『だって、ゆず、わたしの夢の中に来た時に――』


 青葉の話を聞いていくうちに、ゆずは視界が開けていくような興奮を覚えた。無意識に胸へ手を当てると、心臓の高鳴る音が聞こえる。

 それでも、一抹の不安が拭いきれず、ゆずは声を零す。


「ぼくなんかが、できるのかな……」

『大丈夫! ゆずならできるよ!』


 青葉の声に背中を押され、ゆずは大きくうなずき、顔をあげる。


「ありがとう、青葉さん」

『うん。わたしはその間に、キマイラの倒し方を調べておくから。ゆず、無理しないで、気を付けてね』


 青葉の声が聞こえなくなる。 

 ゆずが振り返ると、みかんとすだちとはっさくがそれぞれ不審な表情でこちらを見ていた。小声を出していたつもりだが、狭い空間では余計に怪しまれたようだ。

 ゆずは三人分の視線にたじろぎ、目を泳がせる。それでも、青葉のおかげで思いついた作戦を打ち明けるために、前を向いて口を開ける。


「あの、みかんさん、すだちさん、はっさくさん」


 この作戦は自分にしかできない。けれども自分だけではできない。


「おとりになってくれないかな?」

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