3-02 夢見鶏の指すほうへ
カフェの店内に戻ると、らいむはカウンターの奥に入り、屈んで、下の棚をあさりだす。ゆずと青葉が顔を見合わせて待っていると、手になにかを持って立ち上がった。
「ありましたよ」
そう言って、持っている物をカウンターに置く。
それは小さな鳥かごだった。アーチ状に囲まれた銀色のかごの中に、鶏の形をしたオブジェがある。鶏は矢の上にとまっていて、その下には十字の矢印が伸びていた。
「これって、ただの鳥かご?」
「中にあるのは、
ゆずは初めて見る物に首を傾げるが、肩に乗る青葉は見覚えのある物に興味を持って身を伸ばした。
「カザミドリって、なに?」
「風見鶏は、風の吹いてくる方向を示してくれる風向計だよ。家の屋根につけることが多いの」
青葉の話を継いで、らいむがかごを撫でながら、説明を始めた。
「これは
ゆずはらいむの話を聞きながら、夢見鶏をまじまじと覗き込んでいた。銀色の鶏は少し埃がかぶっているがキラキラと光っている。底も、だれかが拭いたあとが残っていた。
「今まで一度も使ったことはなかったのですが、案外きれいですね。だれか使ったのでしょうか?」
らいむが独り言を漏らしながら、細い指をかごの隙間に入れ、鶏のオブジェを軽く弾く。鶏はくるくると回りだし、カフェの扉があるほうへと顔を向けた。
この鶏の指す先に、はっさくたちはいるのだろう。
「ありがとう、らいむさん。これではっさくさんたちのところへ行けるよ」
ゆずは夢見鶏のてっぺんにある持ち手を持って、さっそくカフェを出ようとした。
けれども、「待ってください」とらいむに止められる。
「私も行きますよ」
「えっ、でも……」
「ゆず一人では、心配ですからね」
らいむがカウンターの奥から出てきて、ゆずに微笑みを向けた。
自分一人だけだと頼りないのかと一瞬思ったが、やはりらいむがいてくれれば心強い。特にはっさくに怒られた時に、なだめてくれるのはらいむしかいない。
「わ、わたしも行きます!」
ゆずの肩の上で、青葉も飛び跳ねながら声を上げる。
しかし、青葉はらいむにそっと掴まれ、カウンターの上に優しく置かれた。
「青葉さんは残っていてくださいね」
「えっ……」
「夢鼠狩りには危険が伴います。人である青葉さんを危険にさらすわけにはいきませんから」
「で、でも、これって夢ですよね? 夢でなにかあったとしても、ただ目が覚めるだけじゃ……」
「いいえ」
らいむは青葉の頭を指の腹で軽く小突く。普段通りの微笑みを浮かべているが、その声色は真剣に話を続けた。
「ここは特殊な夢ですから。もしも夢の中で、夢鼠に食べられてしまえば、その意識はもとに戻ることはありません。つまり、二度と目覚めることはなく、死んでしまうんです」
思わぬ事実に、青葉は声が出ずに固まってしまう。思い出すのは、ゆずと初めて出会い、ハリネズミの夢鼠と戦ったこと。あの時は、なにかあっても夢が覚めるだけと思っていたが、実はとても危険な真似をしていたのだと自覚すると、青葉の顔がどんどん青くなっていく。
「ゆ、ゆず!? なんで説明してくれなかったの!?」
「ご、ごめん!? ぼくもよくわかってなくて……」
扉の前に立つゆずは、首をすくめて頭をさげる。
ゆず自身も、あの時、らいむたちにこっぴどく怒られた理由を改めて理解した。
「でも、どうしてそんな危ないことを……? みんな平気なんですか? 怖くないんですか?」
「私たちはただ、マザーの
青葉の問いかけに、らいむはいつもの優しい顔でそう答えるだけだった。
代わって、青葉の前にゆずがやってくる。人差し指を出して、青葉をその上にとまらせ、顔の前まで持ってくる。
「大丈夫だよ、青葉さん。キメラの夢鼠を倒して、必ず帰ってくるから」
そう言って、安心させるためにできるだけの笑顔を浮かべた。
「うん。気を付けてね、ゆず」
青葉は身を伸ばし、ゆずの鼻の先をくちばしで甘噛みする。
くすぐったい感覚とともに、ゆずの頬が赤く染まる。それを見られるのが恥ずかしくて、でももう少しこうしていたくて。ゆずは肩に力が入ったまま、意味もなくまばたきを繰り返した。
「そろそろ行きましょうか?」
らいむの声に、ゆずと青葉はハッと今を思い出す。
名残惜しい気持ちを残して、青葉をカウンターに戻す。ゆずは夢見鶏を掲げて歩き出し、扉を開けた。らいむもその後ろへ続く。
「それじゃあ、行ってくるね」
一度振り返り、青葉に手を振って、ゆずは暗闇の中へ翼を羽ばたかせた。
* * *
いくつもの扉が浮かぶ暗闇の中、ゆずとらいむは夢見鶏が指す方向へと飛んでいく。
「……らいむさん、どうしたの?」
さきほどから、ゆずはらいむの温かな視線を受けていた。耐えきれずに、思わず訊いてしまう。らいむはゆずの横を飛びながら、微笑みを見せる。
「いいえ。好きなら、もっと積極的にいけばいいと思いますよ」
聞いた瞬間、ゆずの顔がボンッと真っ赤に染まった。
「え、えっ、そ、そんな!? でも、青葉さんは人で、ぼくはフクロウだから……」
「私は、青葉さんだとは一言も言っていませんよ?」
「えぇっ!? い、いや、青葉さんは、ぼくにとって、その……」
「その? なんでしょうね?」
「もうっ、らいむさん、からかわないでよっ!」
耳まで真っ赤になりながら、ゆずは堪らず声をあげた。らいむはクスクスと笑いながら、どこか心配するように目を細める。
「すみません。でも、自分の気持ちに正直になることは大切なことですよ」
「それは、そうだけど……」
二人でそんな話をしているうちに、夢見鶏はひとつの扉を指していた。
ゆずとらいむは赤い扉の前までたどり着く。夢見鶏はくるくると回り出した。
「どうやら、この扉の先に、はつたちがいるようですね」
ゆずは赤い木の扉の下半分に、なにかで引っ掻いたような跡が無数に残されているのを見つける。新しいものではなさそうだが、なにかはよくわからない。それよりも、この扉の先にいる皆との合流を急いで、ドアノブに手を掛けた。
「はつたちのことですから、もう狩り終わっているかもしれませんね」
「それでも、行って、確かめてみたい」
決意を再確認して、扉を開けた。
ゆずとらいむが部屋に入ると、そこは薄暗く、広い空間だった。
夢鼠は人の夢の深いところに潜んでいることが多い。だから最初の扉で狩りがおこなわれているとは思わず、二人とも油断をしていた。
暗がりの中、目の前の光景を見て、ゆずは息を呑む。
「えっ……?」
そこには、瓦礫とともに、傷だらけで倒れている三人の姿があった。
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