第3章 キメラの夢鼠討伐

3-01 わかってたんだよ……

 暗闇の中、光る小鳥を追いかけて飛ぶはっさくとすだちとみかん。


「本当に、これで良かったのかな~……」


 すだちがうつむきがちに言葉を零した。

 横を飛んでいるみかんが、短く息を吐いて口を開く。


「あぁでも言わないと、ついてくるでしょ。関係のないヤツは来てほしくない。キメラの夢鼠は、ボクたちが狩るって決めてたことだからさ」

「そう……だけど……」


 すだちは眉尻をさげながら、頷いて前を向く。

 前方にひとつの扉が見えていて、小鳥がその中へすり抜けて入っていった。三人は、扉の前で飛びながら立ち止まる。

 赤い木の扉には、爪で引っ掻いたような跡がいくつも残されていた。


「この先、入ってすぐにキメラの夢鼠がいるんでしょ?」

「あぁ。音がする。間違いない」


 みかんの問いに、はっさくは耳を澄ませながら片目をすがめた。

 三人は互いに顔を見合わせる。最初は後ろめたい思いを持っていたすだちだったが、今は気持ちを切り替え、真剣な顔をで扉を見据えた。

 それぞれが胸にブレスレットを押し当て、変身を遂げる。名乗りもせずに、はっさくが真新しいドアノブを握った。


「行くぞ」


 部屋の中へ入ると、そこは石造りの宮殿のようだった。先の見えない薄暗い空間が広がっていて、何本もの柱があり、高い天井は石の屋根に覆われている。

 そして真ん中には、半分ほど欠けた大きな赤い夢の結晶が浮いていて、小さな黒い鼠がその結晶をカリカリと食べていた。


「さっさと終わらせるよ」


 みかんは自身の翼から一枚の羽根を抜き、ライフル銃に変化させる。片膝をついて構え、照準を合わせて引き金を引く。

 小さな黒い鼠の腹に、穴が空いた。さらに二発三発四発と弾が撃ち込まれ、鼠は原型をなくす。



   *   *   *



 夢のふくろうカフェでは、残されたゆずがトレーニングルームの隅で、膝を抱えてうずくまっていた。

 青葉が飛んできて、その肩に乗る。

 ゆずは顔を膝に押し当てていて、表情は見えない。


「本当は、わかってたんだよ……」


 うつむいた顔から、震えた声が聞こえてきた。


「どれだけ特訓したって、みんなみたいに強くなれない……。狩りに行ったって、なんの力にもなれない……。みんなを頼ってばっかりで、こんなんじゃあ、足手まといだって言われても、しかたないよね……」


 ゆずがさらに身を小さくする。腕を握る手に、ギュッと力が込められる。


「やっぱりぼくは、出来損ないだよ……」


 青葉は、なんて言葉を掛けていいかわからず、ゆずの頭に身を寄せた。

 その時、ゆずの腕に、そっと細い指が置かれる。いつのまにか、らいむが両膝を折って、目の前にいた。


「らいむちゃん、他のみんなは?」

「はつたちは、夢鼠狩りへ行きましたよ。私も、残るように言われました」


 青葉の問いに答え、らいむはうつむくゆずを見つめる。


「はつたちには、きっとなにか考えがあるんでしょう。ですから、ゆず? 気を落とさないでください」


 らいむはそう言って、微笑みを見せる。

 それでもゆずは、下を向いて、身を小さくしたまま。沈黙の後、乾いた笑いの含んだ声を吐き出す。


「そうかな……」


 身体が震え出し、堪えきれなくなったように、顔を上げる。くしゃくしゃに歪んだ顔でらいむを睨みつけ、怒鳴るように大声を上げた。


「らいむさんだって、思っているんじゃないの! 変身できないぼくなんて、役立たずだって! 出来損ないだって……っ!」


 言葉がせきを切って出てくる。喉からせり上がってくる感情に、目頭が熱くなる。頭がぐしゃぐしゃになって、わけがわからなくなって。そんな顔を見られたくなくて、ゆずはまた、額を膝に押し当てた。


「……そうですね」


 聞こえてきたのは、らいむの少し冷たい声。

 肩に乗る青葉が、「らいむちゃん!」と驚いたように声を上げた。

 次の瞬間、ゆずの頬を細い指が撫でていく。そのまま両頬を、らいむの手に包まれた。そしてクイッと持ち上げられ、ゆずは顔を前へ向かされた。

 目の前には、真剣な表情でこちらを見つめるらいむがいた。


「今、私がどれだけ否定しても、ゆずはその言葉を受け入れませんよね? だって、出来損ないだと思っているのは、ゆず自身なんですから」


 ゆずはハッと目を見開いた。

 らいむがいつものように微笑みを浮かべ、話を続ける。


「自分の価値を決めるのは、だれでもない、自分自身ですよ。ゆずは、どうなりたいんですか?」


 肩の上から、青葉がゆずを覗き込んで、くちばしを開けた。


「ゆずは、出来損ないなんかじゃない! わたしは何度でも言うよ! ゆずは、出来損ないなんかじゃない! ゆず、わたしといっしょにチラシ配りしてくれたじゃない? ゆずが頑張っているの、わたし、一番知ってるよ!」


 一生懸命に声を張り上げ、励ましてくれる小さな青葉。

 ゆずの目頭が、また熱くなる。でもそれは、さきほどとは違う感情。目を閉じて、溢れ出そうになる涙を必死に堪えながら、自分の思いを言葉にする。


「ぼくは……、まだわからない……。自分に自信がない……」


 紡ぐ思いを、目の前のふたりは静かに聞いてくれる。


「だから、証明したいんだ。自分が本当に出来損ないじゃないって」


 目を開き、瞳を潤ませたまま、決意を新たにする。

 らいむが微笑みながら軽くうなずき、そっと、ゆずの頬から手を離す。

 青葉が体を伸ばして、ゆずの頬へすり寄る。

 ゆずは青葉の頭を軽く指で撫でてから、意を決して立ち上がった。


「やっぱり、ぼくも行くよ!」


 ゆずは自分の手を胸に当て、思いを口にする。


「ぼくが行って、なにができるかはわからないけど。でも、ぼくが青葉さんの記憶を守るために狩るって約束した夢鼠だから。ぼくだって戦いたい。そうすれば、自分自身が出来損ないじゃないって証明できる気がするんだ」


 肩の上で青葉が、ゆずを見つめながら頬を染めた。


「ゆず、ありがとう。わたしはゆずのこと、ずっと応援しているから」

「うん。こちらこそ、ありがとう、青葉さん。ずっと励ましてくれて」


 そう言って、ゆずはようやく笑みを取り戻す。

 ふたりのやりとりを見ていたらいむは、軽く笑みを浮かべて立ち上がった。子どもを温かく見守るように、それでいて心配するように、片頬に手を当てる。


「行ったら、きっとはつに怒られますよ」

「それでも行く!」

「殴られるかもしれませんよ」

「そ、それは……、嫌だけど……。でも、行く!」


 はっさくに鬼の形相で睨まれるのを想像し、身体を震わせるゆずだったが、それでも気持ちは揺るがない。行くと決めたからには、なにを言われても行くつもりだ。


「あっ……」


 と、決意したはいいものの、肝心なことを忘れていたと気づく。


「どうしたの、ゆず?」

「行くって言ったはいいけど、どうやって、はっさくさんたちの行った夢へ行けばいいんだろう?」

「えっ、行き方、わからないの?」

「う、うん……。普通は、夢移しをして、小鳥の姿になったお客さんについていけば、そのお客さんの夢にたどり着けるんだ。けど、たぶんもう、はっさくさんたちは夢の中に入っていて、今から追いかけても、どこにいるかわからないかも……」


 さきほどの決意はどこへやら。ゆずの顔はどんどんと青くなっていき、頭を抱えてうずくまった。


「あぁ……、どうしよう……。みんなが行った夢がどこなのか、わかる方法ないのかな……?」


 頭をくしゃくしゃと掻きむしり、唸り出す。

 そんなゆずの前から、不意に優しい声が掛けられた。


「ありますよ」


 思わぬ返答に、「えっ?」と顔を上げる。

 そこには、余裕の微笑を見せるらいむがいた。

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