2-12 お前は来るな

 カフェの店内に戻ってきたゆずは、顔を引きつらせて固まった。

 目の前にいるのは、ボサボサな長い髪をした女性だった。すだちに抱きついて、身体のあちこちを触っている。服はスウェットシャツにジャージ姿。


「イイ。実にイイ。ツインテール男子よ、このままワタシと夜の逃避行へ行かないか?」

「わぁ~っ!? お姉さん、離れてよ~!」


 もがくすだちの頭の上から、オカメインコ姿の青葉が飛んできて、ゆずの肩に乗る。見覚えのある人物を前に、ゆずと青葉は互いに顔を見合わせた。


「このお客様、カフェに来ていませんよね」


 カウンターの奥にいるらいむが、あごに手を添えながら不思議そうに言う。


「この人、チラシ配りをしていた時に出会ったんだ」


 ゆずは、すだちをもてあそぶ客から身を引きつつ、らいむに言葉を返した。

 先に部屋に来ていたみかんは、ゆずの隣に立っていた。ソファ席に座っているはっさくに視線を向け、互いに頷き合う。


「みかんさん、どうしたの?」


 その様子を見たゆずが問いかけるが、みかんはなにも言わずにやってきた客をじっと睨みつける。


「ゆずと触れ合ったせいで、カフェと夢が繋がったのかもしれないですね。それでは、ゆず、お相手をお願いします」

「えっ、ぼくが?」


 らいむに言われ、ゆずはまた客を見た。すだちが胸を揉まれながら、「助けて~」と手を伸ばしてくる。夢でやってきた客の相手をするのは、青葉が来た時以来だ。ゆずは緊張で身を強張らせながら、女性の前へ歩み出た。


「よ、ようこそ、夢のふくろうカフェ『dream owl』へ」


 言った瞬間、隈のできた目が、ゆずへ向けられる。すだちから手を放したと思えば、ゆずの肩をガシリッと捕まえた。驚いた青葉がカウンターのほうへ飛んでいき、解放されたすだちはへなへなとその場に倒れた。


「イイ。こちらもイイ。地味で無能な主人公はパーティを追放されるが、実は世界を揺るがす秘めた力を持っていたというのは定番だ。さぁ、お前の力を聞かせてくれ」

「えっ、あっ、あの……」

「精霊王から授けられた未知の力か、いにしえに途絶えた禁忌術か、あるいは転生時に刻まれたチート能力か!」

「あっ、えっ、その……」


 客はゆずの肩に爪を食い込ませ、黄色い前歯を覗かせながら舐めるように見つめてくる。口から出てくる意味不明な言葉の数々に呑み込まれ、ゆずはたじろぐしかできない。

 頭が真っ白になりかけた時、不意に客の肩に細い指が置かれる。いつのまにか、らいむがカウンターの奥から出てきて、隣に立っていた。


「失礼しますね」


 言うや否や、客の口をふさぐように、唇を寄せた。

 途端、客の姿が光に包まれる。光はしだいに小さくなり、小鳥の形になって、らいむの伸ばす指のうえにとまった。


「こういったお客様に対しては、説明するよりも、先に行動してしまうほうが良いですよ」

「は、はい……」


 ゆずはらいむの素早い行動に、呆然としながら返事をする。

 カウンターの上では青葉が、「これが夢移し……!?」と、初めて見た夢移しに頬を染めながら翼をパタパタ動かしていた。その仕草に気づく余裕は、今のゆずにはない。


「らい」


 その時、テーブル席の端から声が聞こえた。はっさくがソファから立ち上がり、らいむのそばへ歩いていく。


「その客は、キメラの夢鼠に取り憑かれている」


 その言葉を聞いた瞬間、ゆずの目が丸く見開いた。


「本当!?」


 でも同時に、違和感を覚え、首を傾げる。


「なんで、わかるの? このお客さんがキメラの夢鼠に取り憑かれているって……」


 その問いに、はっさくは答えない。すがめた片目をゆずへ向け、口を開いた。


「お前は来るな」

「えっ……?」


 一瞬、なにを言っているのかわからなかった。

 はっさくはゆずから目を離し、扉へ歩いていく。

 その背中に向かって、ゆずは震えそうになる唇を動かす。


「来るなって、夢鼠狩りへ来るなってこと?」

「…………」

「なんで? キメラの夢鼠を狩るって言ったのは、ぼくだよ?」

「…………」

「そのために特訓もして、実戦だってやってきたのに」

「…………」

「はっさくさん!」


 はっさくはなにも答えない。扉の前で立ち止まり、微動だにしない。


「はつ? 説明してください。ゆずが困っていますよ」


 堪らずらいむも、声を掛ける。それでもはっさくはなにも言わない。

 代わって、言葉を発したのはみかんだった。


「今までの特訓と実戦で、もうわかりきってるでしょ。はっきり言って、邪魔なんだよ。変身できないお前がいたって、足手まといなだけでしょ」


 ゆずの横に立ち、見上げる瞳は鋭く細められている。

 ゆずの胸が、握り潰されるように締め付けられる。


「みかん、言い過ぎですよ」


 すぐさま、らいむがたしなめに入る。

 それでもみかんは、ゆずへと軽蔑するように視線を向け続けた。


「仲間だって、言ってくれたのに……」


 ゆずはその視線から逃げるようにうつむいた。痛む胸に手を置くと、輝きのないブレスレットが目に入る。それを見たくなくて、目をつむりながら声を上げる。


「助け合うのが仲間だって、いっしょに夢鼠を狩ろうって、言ってくれたのに!」


 堪えきれず、ゆずは駆けだした。トレーニングルームがある扉を開け、中へ入っていく。青葉がとっさに羽ばたいて、「ゆず!」とその後を追いかけていった。

 残された四人の中に、気まずい静寂が流れる。


「はつ、みかん、どうしたんですか? 急にあんなことを言って」


 らいむが戸惑っているように、二人に声を掛けた。

 扉の前で立っているはっさくが、首を軽くひねる。


「らい、お前も今回は来るな」

「えっ?」


 らいむにとっても予想外の言葉に、きょとんと目が丸くなる。

 そばにすだちがやってきて、作った笑顔を見せた。


「ゆずのこと、お願いね。オレたち三人でキメラの夢鼠を倒して、すぐに帰ってくるから」


 そう言って、らいむの腰にギュッと抱きついた。


「行くぞ」


 はっさくの声を聞き、すだちはらいむから離れ、みかんも頷いて歩き出す。

 扉を開けると、らいむの手にとまっていた小鳥が飛び立ち、暗がりの中へ羽ばたいていく。はっさくとすだちとみかんは、それぞれ表情を引き締め、翼を広げて飛び立った。




   【第二章 終】

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