2-11 なんのために狩るか

 その日の夜。夢の中のトレーニングルームでは、銃声が響いていた。

 荒野の景色が広がる中、三十を超える夢鼠が、一人の少年を取り囲んでいる。真ん中に立つみかんは、両手に拳銃を持ち、迫ってくる夢鼠の脳天に弾丸を撃ち込んでいく。金色の瞳は鋭く細められ、感覚を研ぎ澄ませている。背後から飛びかかってきた夢鼠ですら、振り返らずに腕だけ後ろへ回して引き金を引いた。

 取り巻く夢鼠はすべて撃ち抜かれて消えた。みかんは翼を羽ばたかせて、宙へ舞い上がる。二丁の拳銃を捨て、自身の翼の羽根を抜く。羽根は形を変え、ライフル銃となった。


「隠れても無駄だよ」


 ライフル銃を構え、照準を合わせる。岩の影に身を潜ませていた夢鼠に向かって、弾丸を放った。頭を撃ち抜かれた夢鼠が、弾けて消える。みかんは岩陰に隠れる夢鼠を、空中から次々と撃ち倒す。

 すべての夢鼠を倒し、景色が荒野から体育館のような広間へ変わる。

 みかんは床に降り立って、軽く息を吐いた。だしぬけにライフル銃を構える。


「わわわっ!? み、みかんさん、落ち着いてっ!」


 銃口を向けられたゆずが、焦りながら両手を挙げる。その両手には、飲み物の入ったグラスがふたつ握られていた。

 その様子を半目になって見ながら、みかんがわざとらしくため息を吐く。


「なんの用?」

「みかんさん、自主練してるっていうから。らいむさんに言われて差し入れを持ってきたんだけど……」


 ゆずはばんざいの姿勢のまま、足を震わせながら言う。

 みかんはライフル銃を降ろし、床に捨てた。手から落ちた銃は羽根へと形を変え、どこかへ飛んでいく。

 それを見て、ゆずはようやく腕を降ろした。


「あの鳥は?」

「青葉さんなら、カフェですだちさんと遊んでるよ」


 みかんは変身を解いて歩き出し、すれ違いざま、ゆずの手からグラスをひとつ奪っていく。

 ゆずは目を泳がせたあと、みかんのあとを追いかけた。トレーニングルームの壁際にふたりで座り、グラスに口をつける。

 らいむの作ってくれたのは、はちみつ入りのレモンティー。甘酸っぱさなかに紅茶特有の苦みも感じられ、ゆずは思わず眉を寄せた。


「美味しいけど、ちょっと苦いね。ぼく、あんまり紅茶が好きじゃなくて……」


 思わず出てしまった言葉を、みかんはなにも言わずに横目で見ながら聞いている。


「あっ、でも、らいむさんには言わないで。せっかく出してくれるのに、申し訳ないから……」


 初めてカフェに来てから、ずっとらいむは、ゆずの前に紅茶を出してくれる。特になにが好きか聞かれたわけではないが、それぞれの好みに合わせて作ってくれているのだろう。だから今さらになって、苦手だとは言いにくかった。


「バカなことするのは似てるけど、そこは似てないんだ」


 隣からみかんの呟きが聞こえた。どういう意味かわからず、ゆずは首を傾げる。

 みかんはなにも言わず、グラスの中を一気に飲み干した。それから、呆れたような顔つきになり、ゆずを横目で睨んだ。


「今さら聞くけど、なんで外へ出るなんて、バカな真似しようと思ったのさ」


 みかんが言っているのは、チラシ配りの時、自分も青葉とともに外へ出たことを言っているのだろう。アイデアを思いついた時、他の皆に信じられないような顔をされたことを思い出す。


「だって、青葉さんひとりだと心細いだろうと思ったから……。それに、ぼくもいれば、宣伝になるかなと思って……」

「ロストすれば、生きていけない。人間だって、良いやつばかりじゃない。外に出ることがボクらにとってどれだけ危険か、わかってるわけ?」


 鋭い言葉と視線が、ゆずを刺す。小柄な少年に対して、ゆずは身を小さくさせながら、首をすくめた。


「それは、ごめんなさい……。らいむさんにも同じこと言われたよ。はっさくさんにもすごく反対されたし」

「はっさくは捨てフクロウだから、外の怖さが身に染みてるんだよ。あの片目だって、野生のカラスにやられたらしいし」


 チラシ配りの時、建物の上から黒い鳥がこちらを見ながら鳴いていたことを思い出す。もしもリードが外れ、なにかの拍子に青葉から離れてしまったとしたら、ゆずは自力でカフェに戻ってこられる自信がない。今さらながら、危険なことをしているのだと自覚する。


「それでも、なにもしないなんてできなかったから。ぼくなりに、できることは全部やりたいと思ったんだ……」


 半分中身の残ったグラスを両手で握り、ゆずは小声で言葉を紡ぐ。

 みかんはなにも言わず、わざとらしいため息を吐いた。


「ところで、みかんさんは、カフェに来る前はどこにいたの?」

「なんで急にそんな質問が来るわけ?」

「いや、だって、気になって……。はっさくさんは捨てられたところを店長さんに拾われて、すだちさんは移動動物園からオーナーにスカウトされて、らいむさんは『dream owl company』から直接ここに来たんだよね。みかんさんだけ、聞いてないなと思って」

「別にいいでしょ。どこだって」


 素っ気なく言って、みかんは立ち上がる。


「そんなことより、案外のん気にしてるよね。今日までにキメラに取り憑かれた客が来ないと、あの鳥の記憶が消されるんでしょ」


 その言葉を聞いて、ゆずの表情に影が差す。


「うん……。でもやれることは全部やってきたから……」


 さきほどまで、ゆずはカフェの店内で落ち着きなくソワソワと歩き回っていた。それで「うるさい」とはっさくに怒られて、らいむに差し入れを頼まれたのだ。

 残っていたグラスの中身を、意を決して飲み干して、ゆずは顔をあげる。


「みかんさんって、意外に心配してくれますよね、ぼくのこと」


 不意を突く言葉に、みかんの目が一瞬丸く見開いた。「はぁっ!?」と変に裏返った声を出し、そっぽを向く。


「べ、別に。ボクはキメラの夢鼠を狩れればそれでいいだけだよ」

「どういうこと?」


 ゆずが首を傾げる。

 その時、扉の向こうから「カランカランッ」とドアベルの音が鳴った。


「わぁぁぁあああああ~~~っ!?」


 少し間を置いて、なぜかすだちの悲鳴も聞こえてきた。


「お客さん、来たのかな!」


 ゆずの顔がパッと晴れる。立ち上がって、扉のほうへと駆けていく。


「待って」


 しかし途中で、みかんに呼び止められた。

 はやる気持ちを堪え、ゆずは振り返る。

 みかんがこちらをまっすぐに見つめていた。


「言っとくけどさ、ボクらはお前のためにやってるわけじゃないから」

「どういうこと?」


 みかんはよく、ゆずにとって意味のわからないことを言う。さきほどと同じ問いを口にするが、みかんはそれ以上はなにも言わずに歩き出す。

 ゆずとすれ違う瞬間、唇がかすかに動いた。


かたき討ちだよ」

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