2-04 オーナー

 次の日の昼間、青葉はふくろうカフェ『dream owl』にいた。


「まぁっ、素敵じゃない!」


 店長が両手を合わせ、嬉しそうに声を上げる。

 青葉は白いワイシャツを着て、黒いズボンをはき、腰には紺色の小さなエプロンを巻いている。その服装は、ふくろうカフェの制服だった。

 

「サイズは大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございます」


 女性店員に訊かれ、青葉は緊張した面持ちで頭を下げた。


「あ、あの、本当に、わたしでいいんでしょうか? アルバイトなんて、初めてですし……、予備校で、あんまりシフトに入れないかもしれないですし……」


 制服に着替えたものの、青葉はまだ気持ちが決まらないらしく、そわそわと視線を泳がせている。

 そんな青葉を見て、店長と店員は顔を見合わせ、互いに笑みを浮かべた。


「大丈夫よ! 青葉ちゃん、フクロウに詳しいんだから、自信を持って!」

「シフトのほうも、私が入れない日にちょっとお願いするだけだから。お手伝い感覚で来てもらえばいいよ」


 店長と店員は、そう言って温かく迎え入れてくれる。

 その時、頭上にある飾り棚から一羽のフクロウが飛んできて、青葉の肩にとまった。


「ゆずちゃんも、青葉ちゃんがバイトに入ってくれて、喜んでいるみたいよ」


 青葉は、肩にとまったモリフクロウのゆずへ視線を向けた。ゆずも青葉の顔を覗き込んでいる。


 ――青葉さん、頑張って。ぼくも応援してるよ。


「えっ?」


 どこからか声が聞こえた気がして、青葉は目を丸くして辺りを見回した。


「どうしたの、青葉ちゃん?」

「い、いえ。なんでもないです……」


 不思議そうに首を傾げる店長と店員に向かって首を振り、青葉はまたゆずに視線を移した。ゆずは青葉の目を見つめていて、撫でてというように頭をさげる。

 青葉はふっと笑みを零し、その頭を優しく撫でてあげた。


「それじゃあ、今日は初日だから、お仕事の内容を説明するわ。小美美こみみ、よろしくね」


 店長はそう言って、カウンターの奥へと入っていった。代わって、小美美と呼ばれた店員が、青葉に説明を始める。


「青葉ちゃんには、接客やフクロウのお世話をお願いしたいの。お客さんのオーダーを取ったり、会計をしたり、フクロウのご飯を作ったり。あとは掃除とかお皿洗いとか」

「い、いっぱいありますね。覚えられるかな……」

「やりながら覚えていけばいいよ。まず、お客さんが来たら、フクロウの説明をしないといけないから、そこから話すね」


 小美美は木のペイントが施された壁へと近づいた。壁には木のうろのようなくぼみがいくつかあり、その中に止まり木があってフクロウが係留されている。

 青葉はゆずを肩に乗せたまま、小美美の後に続いた。


「フクロウの種類や特徴は、青葉ちゃん、詳しいからしなくていいよね。まずは名前を覚えてほしいの」


 そう言って、小美美はフクロウを一羽ずつ手に乗せて、青葉に説明をしていく。

 青葉はエプロンのポケットからメモ帳とペンを取り出して、メモを取っていった。それぞれのフクロウを見ながら、頭の中では、昨夜夢の中で出会った青年や少年たちの姿が思い浮かぶ。

 うろの中にいるフクロウたちをすべて説明すると、カウンターの奥から店長がやってきて、小美美の話を継いだ。


「小美美が説明してくれたとおり、今のふくろうカフェには、ウラルフクロウのらいむちゃん、カラフトフクロウのはっさくちゃん、ミナミアフリカオオコノハズクのすだちちゃん、コキンメフクロウのみかんちゃん、そしてモリフクロウのゆずちゃんの五羽がいるの。性格はバラバラだけど、みんないい子だから安心してね。扱い方も、青葉ちゃんならすぐ慣れるわよ」


 話を聞いていくうちに、ようやく青葉は、このふくろうカフェでアルバイトを始めることに自覚を持ち始めた。気を引き締め、「はいっ!」と返事をする。


「ところで、店長? 今さらだけど、どうして青葉ちゃんをバイトに雇うことにしたんですか? 昨日、急に来るって話になったから、私びっくりしたんですけど」


 小美美が首を傾げて、店長に尋ねる。確かに、一昨日初めて店に来て、定休日をはさんだ二日後に、青葉はバイトとして働くことになった。応募をしていたわけではなく、面接を受けたわけでもない。


「それはね、オーナーから雇ってくれって連絡があったのよ」


 店長が言ったタイミングで、ドアベルの音が鳴り、店の扉が開かれた。


 カツッ、カツッ。


 杖を鳴らしながら現れたのは、銀髪の老婦人だった。長い髪をひとつに結び、上品な黒いワンピースを身にまとっている。胸もとには宝石のきらめく首飾りをつけ、両手の指にも宝石のついた指輪がいくつも輝いていた。


「よ、ようこそ、オーナー」


 強面な店長が、珍しく緊張しているように、オーナーと呼んだ老婦人に頭をさげた。小美美もそれに続いて頭をさげ、それを見た青葉は二人にならって同じく頭をさげる。

 オーナーは店内の真ん中に立つと、杖をカツンッと鳴らし、辺りを見回す。それから、フクロウたちがとまっている壁へ歩き出した。


「我が子たちの調子はどうだ?」

「はい。みんな健康で、元気で、特に問題ありません」


 店長の言葉を後ろで聞きながら、オーナーは一羽一羽に手を伸ばし、体に触れて観察する。触られているフクロウたちも、どことなく気を張っているように見えた。

 オーナーはうろにいる四羽のフクロウたちを見終えると、青葉のほうへ振り返る。杖を鳴らし、近づいてくる。こちらへ手を伸ばす老婦人に、青葉は思わず身をすくめた。


「この子も、ずいぶん懐いたようだな」


 オーナーは、青葉の肩に乗るゆずの体を触りながら呟いた。手を引いて、今度は青葉を見る。青葉も恐る恐る顔をあげて、オーナーを真正面に見た。鼻が高く、しわこそあるものの化粧の施された顔は気品が感じられる。黄色がかった虹彩の瞳は鋭く、正面で見ると射すくめられてしまう。


「鳥木青葉さん、だったな?」

「は、はい」

「このふくろうカフェにいるのは、すべて我が子たちだ。壊さないよう、丁重に扱え」

「は、はいっ!」


 凜とした声に怯えながら、青葉は大きく返事をする。

 オーナーは目をすがめ、青葉を数秒見つめていたが、すっと視線を外して歩き出した。扉を開け、なにも言わずに店から出ていく。

 オーナーの姿がいなくなると、店内に漂っていた緊張感が解ける。店長も小美美も青葉も、ふっと脱力したように息を吐いた。


「私、あのオーナーさん、ちょっと苦手なのよね……」

「アタシもよ。いつも急に現れるの。フクロウについては、とても大切にされてる方なんだけど」


 小美美と店長が話しているのを聞きつつ、青葉は気になっていることを訊いてみる。


「あの人がオーナーさん、なんですよね?」

「そうよ。『dream owl company』の社長でもあるの」

「えっ、社長さんなんですか!?」


 青葉は驚いて声をあげた。眼鏡の横を、くいっと押し上げる。


「『dream owl company』といえば、フクロウを専門とする世界的なペット企業ですよね。フクロウの人工繁殖方法を確立して、ペットとしての販売や、ふくろうカフェの経営などをおこなっていると聞きます。業界をほぼ独占していて、ペットとして出回っているフクロウのおよそ九割は、『dream owl company』で生まれた個体だといわれています」


 興奮気味に話し出した青葉に対して、店長は苦笑いを浮かべた。


「青葉ちゃんのいうとおりよ。うちは『dream owl company』が出資してくれて、経営しているふくろうカフェなの」

「そうだったんですね」


 店長の話に頷いて、青葉は肩に乗るゆずへ視線を移した。

 さきほどのオーナーの顔が頭をよぎる。思わず身をすくめてしまう鋭い視線は、夢の中で会ったシマフクロウのマザーに似ていた。


「オーナーさんとマザーさんは、なにか関係があるのかな?」


 実際、青葉は昨夜の夢で、マザーに「カフェで働くように」と指示を受けた。起きてから、マザーに言われたとおりふくろうカフェへ行くと、すべての手続きが済んでいて、店長たちに迎えられた。

 肩に乗るゆずは、青葉を見て、首を傾げる仕草をする。


“ごめん。ぼくにも、よくわからないんだ”


「そっか。ゆずにも、わからないんだね」


 わからないことはあるが、それでも青葉は、ここで働けることに後悔していない。獣医になるために、動物の扱いに慣れておくという理由もある。けれども第一に、ゆずのそばにいられるのが、なぜだかとても嬉しかった。


「……って?」


 自分の気持ちを確かめていたら、なにか重大なことを忘れていた気がする。

 青葉はもう一度、ゆずと目を合わせた。


“どうしたの、青葉さん?”


 まただ。夢の中でも聞いたゆずの声が、頭に直接伝わってくるように聞こえてくる。でも、目の前にいるのはフクロウのゆず。ここは夢の中ではない。


「ゆずの声、なんで聞こえるの?」


“えっ? 青葉さん、ぼくの思ってること、わかるの?”


 ゆず自身も、青葉に言葉が伝わっているということを、今理解したらしい。

 青葉とゆずは、互いを見つめながらまばたきを繰り返す。


“「えぇーーーっ!?」”


 突然大声を出した青葉を見て、店長と小美美はぽかんと首を傾げたのだった。

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