2-05 特訓開始だよ~!

 夜が訪れ、夢の中のふくろうカフェにて。

 体育館のような広間に、フクロウたちは集まっていた。ゆずは中央に立ち、目の前にはすだちがいる。らいむとはっさくとみかんは、壁際の離れた場所で二人を見守っている。らいむの手には、オカメインコ姿の青葉も乗っていた。


「それじゃあ、ゆず、キメラの夢鼠を倒すために、特訓始めるよ~!」

「う、うん! よろしくお願いします!」


 すだちが片手をグーにして頭上に突きだし、ぴょんっと軽く飛ぶ。ツインテールの髪がひらりとなびいた。

 ゆずは顔を強張らせながら返事をし、深々と頭をさげる。


「そんなに緊張しなくてもいいよ~? 先輩のオレが、教えてあげるから~」


 すだちはその場で跳ねるように身体を揺らしながら、ゆずに笑みを向ける。

 離れたところで見ているみかんが、呆れたように息を吐いた。


「また始まった、すだちの先輩づら

「すだちにとっては初めての後輩ですから、嬉しいんでしょうね」


 みかんの隣にいるらいむが、準備体操をしているすだちたちに目を細める。

 一方、らいむの手に乗る青葉は、キョロキョロと辺りを見回していた。


「夢のふくろうカフェに、こんな部屋があったんですね?」


 高い天井に、バスケットコート二つ分はある広い空間は、学校の体育館に似ている。カフェの休憩室を挟んだ隣の部屋にこんな広間があるとは、思ってもいなかった。

 らいむが青葉の頭を指の腹で撫でながら、言葉を返す。


「ここはトレーニングルームです。実戦を想定した訓練ができる場所になっていますよ」

「実戦を想定した訓練? なにもないですけど……」


 いったい、どんな特訓をするのだろう? 青葉は不思議そうに首を捻った。

 準備体操を終えたすだちが、足もとに置いてあった大きな袋を持って、ゆずに声を掛ける。


「始めは、初級モードで行こうか~。エリアは洞窟で、強さは弱で、数は二十匹~!」


 言葉を紡いでいくと、周囲の景色が揺らぎ、形を変えていった。辺りは土壁の薄暗い洞窟の中となる。

 すだちが持っている袋の中身を両手で取り出した。抱えているのは、どれもネズミのぬいぐるみだ。それを頭上へ放り上げる。

 ぬいぐるみはポンッと煙を出して、人の二倍ほどある大きさとなった。すだちとゆずを取り囲むようにして床に着地し、ヒゲをひくつかせる。


「えっ!? なにこれ? VRですか?」


 青葉は突然変わった光景に、驚きの声をあげた。


「トレーニングルームでは、戦う場所や敵やその強さを、自分のイメージ通りに作ることができるんです。青葉さんが明晰夢でしていることと同じ原理ですよ」

「そうなんですね。あのぬいぐるみは?」

「あれはすだちの趣味なだけでしょ。別にぬいぐるみを使わなくたって、イメージすれば敵は出てくるよ」


 青葉の問いに、隣に立つみかんが前を見ながらそっけなく答えた。


「お、多くないかな……?」


 洞窟の中央に立つゆずが、自分を取り囲む夢鼠を見て、顔を引きつらせる。

 前に立つすだちは、腰に手を当て、余裕そうに笑みを浮かべた。


「夢鼠は、仲間を呼ぶこともあるからね~。このくらいよくあることだよ~」


 そう言うと、自身の翼から一枚の羽根を抜く。羽根はとたんに形を変え、鎖鎌となる。

 それを見た青葉は、以前、ゆずが言っていたことを思い出した。


「そういえば、みなさんは変身をして、夢鼠を狩るんですよね?」


 らいむに向けた問いだったが、その言葉を耳にしたすだちの目がキランと輝いた。


「なになに~? 青葉ちゃん、変身が見たいの? じゃあ、見せてあげよっか~」


 すだちが自信満々にそう言うと、ブレスレットのついた右手首を胸に押し当てた。言葉を紡ぐと同時に、身体が青い光に包まれる。それは一瞬の出来事で、光が収まると、そこには衣装の変わった姿が立っていた。


「新たな夢へ巣立つ者――巣立すだち!」


 メイドのような濃い青色の衣装を身にまとい、ツインテールと鎖を揺らしながらくるりとその場で回るすだち。

 洞窟のはずなのに、彼の周りにはキラキラと光が溢れているように見える。思わず青葉は感嘆の声を漏らした。


「か、可愛い……! みなさんも、あんな感じに変身するんですか?」

「変身はするけど、アレには絶対にならないからね」

「それぞれの個性に合わせた変身をしますよ」


 興奮する青葉に対して、みかんは半目になって即答し、らいむがその言葉に付け加える。

 青葉にちやほやされて嬉しいのか、すだちは調子に乗って手を振り、決めポーズをとりまくる。その様子を見て、ゆずは自分の右手首に目を落とした。つけられたブレスレットにはめこまれた結晶は、相変わらずなんの光も帯びていない。


「それじゃあ、特訓始めよっか~! ゆず~?」

「あっ、うん!」


 すだちの言葉に、ゆずはハッと前を向いた。

 今まで動きを止めていた夢鼠たちが、一斉にこちらへ向かってくる。


「まずはオレがお手本を見せるから、見ててね~」


 いつも通りの緩い口調だが、言った直後、すだちの橙色の瞳に鋭さが帯びた。

 右手に持つ鎖を回し、真正面からやってくる夢鼠に向かって投げつける。鎖が夢鼠の前歯に巻き付くと、すだちは素早く引っ張った。夢鼠がすだちのもとへ引き寄せられ、すれ違いざま、左手に持つ鎌が喉もとを切り裂く。夢鼠はポンッと煙を出し、地面に綿の零れたぬいぐるみが転がった。


「すだちもずいぶん成長しましたね。もうひとりでも十分に夢鼠狩りができるようになりました」


 端から見ているらいむが、微笑みながら呟く。

 すだちは再び右手で鎖を回して、勢いよく夢鼠に投げつけた。迫ってきた五匹が、鎖に絡め取られ、頭上へ高々と放り投げられる。すだちは地面を蹴って飛び立ち、空中に浮かされてジタバタしている夢鼠たちの急所を、鎌で切り裂いていった。


「は、速いですね」


 すだちは翼を羽ばたかせ、さらに夢鼠へと攻撃を仕掛けていく。鎖で相手の動きを封じ、鎌で的確に急所を突いていく。

 なびくツインテールが、まるで踊っているように見える。楽しげに、それでいて音もなく動き回るすだちの様子を見ながら、青葉は夜に飛び回るフクロウの姿を思い浮かべた。


「すだちは、小回りをきかせながら飛び回るのが得意なんです。フライトショーをするのが好きですからね」

「それ、小美美さんから聞きました。すだちちゃん、カフェに来る前は移動動物園にいたんですよね」


 移動動物園では、フライトショーをよくしていたらしい。今のふくろうカフェでは係留されているが、リードを外して客に飛ぶ姿を見せることもあるのだそうだ。

 見ているうちに、夢鼠の数は半分ほど減った。地面に綿の零れたぬいぐるみが転がっている。飛んでいたすだちは地面に降り立ち、振り返る。


「次はゆずの番だよ~!」

「えっ、あっ、う、うんっ!」


 突っ立っていたゆずは、慌てて腰から一本のナイフを抜いた。


「ゆずが言ってましたけど、変身しないと自分専用の武器は使えないんですよね? あのナイフって、どうしたんですか?」

「あれは私が渡したものですよ。本来は投擲とうてき用のナイフなんですが、ゆずは近接戦のほうが性に合っているようです」

「いろいろ試した結果でしょ。はっさくの鉤爪は重くて扱えなかったし、すだちの鎖鎌は自分で巻かれてたし、ボクの銃は頭に穴を開けそうになったし、結局、らいむの使ってるナイフに落ち着いたってわけ」


 青葉とらいむとみかんが話をしているうちに、ゆずの周りには夢鼠が集まってきていた。ゆずは両手でナイフの柄を握り締めつつ、一歩二歩と後退していく。


「ゆず~、前の夢鼠に狙いを定めていこ~!」

「ゆず、頑張って! 右から来てるよ」

「左にもいますよ、注意してください」

「どこ見てんのさ。後ろのやつにやられるよ」


 飛んでくるアドバイスを懸命に聞くが、どこを見ればいいのかわからなくなる。


「えっ? えっ? えっ?」


 ゆずは半ばパニックになりながら、キョロキョロと周りを見回す。けれども周囲は夢鼠の顔ばかり。頭上へ飛べば逃げ道はあったものの、そんなことを気づく間もなく、ゆずは迫ってきた夢鼠の集団にそのまま埋もれた。


「わぁーーーっ!?」

「ゆずー!?」


 夢鼠の山の下敷きとなったゆずを案じて、青葉が飛び立った。らいむは苦笑いを浮かべ、みかんはため息を吐いて頭を抱える。

 周囲の景色が洞窟から体育館のような広間に戻り、夢鼠たちもポンッとぬいぐるみに形を変える。青葉がそばへ行くと、ゆずがネズミのぬいぐるみに埋もれながら目を回していた。


「ゆずー! ゆずー!」

「ゆず、大丈夫~?」

「う、うん……」


 青葉がゆずの肩に乗って、翼で身体を揺する。ぬいぐるみを腕に抱えながら、すだちもやってきて、心配そうにゆずの顔を覗き込んだ。

 ゆずはなんとか首を振って、目を開け、半身を起こす。


「ちょっと休憩してから、もう一回やろっか~。オレ、ぬいぐるみ直してくるね~」

「あっ、それ、手作りなの?」

「そうだよ~。見てみる? オレの部屋にいっぱいあるよ~!」

「えっ、あっ、すだちさん!?」


 すだちは片手でぬいぐるみを抱えながら、もう片方の手でゆずの手を取る。そのまま立たせると、嬉しそうに跳ねながら、扉へと駆けていく。ゆずは青葉を肩に乗せつつ、すだちに引っ張られるまま連れていかれる。

 その後ろ姿を、ずっと黙ったままのはっさくが、片目をすがめて見つめていた。


「二人が戻ってくるまで、手合わせしましょうか? はつ?」

「……いや」


 らいむの問いかけに、はっさくは短く答える。みかんと視線があったが、互いになにも言わない。先に中央へと歩き出したらいむを追うように、はっさくは前へ歩み出した。

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