2-03 マザー
「マザー?」
現れた大きなフクロウに対して、
「ねぇ、マザーって?」
「マザーは、ぼくたちのマザーだよ」
青葉の問いに、ゆずはそう答えた。
「マザーの前ですよ。静かにしてください」
真ん中で片膝をつくらいむが、ゆずと青葉をたしなめる。青葉は慌てて翼でくちばしを隠した。
カウンターの上にとまっているマザーは、鷹揚とした態度で五人を見下ろし、最後に一番隅にいるゆずへと視線を移した。
「本来、夢のふくろうカフェは夢鼠に取り憑かれた者だけが来られる場所だ。その
マザーの声は、凜とした貴婦人を思わせる。きびしくひきしまっていて、有無を言わせない威圧感がある。ゆずは頭をさげながら、唾を飲み込んだ。
真ん中にいるらいむが、マザーに向かって深々と頭を下げる。
「申し訳ありません、マザー。この失態は、リーダーである私の責任です」
「不問だ。始末は我がする」
そう言うと、マザーはゆずの手の中にいる青葉へ鋭い視線を向けた。
「その者を寄越せ」
青葉は猛禽に狙われた小鳥のように、体を震わせて身をすくめた。その様子を見て、ゆずは両手に力を込める。顔をあげ、マザーを見据える。
「青葉さんに、なにをするんですか?」
その問いを発した瞬間、横に並ぶ四人が頭をさげつつ一斉にゆずのほうを見た。
マザーはゆずの視線を受け止めながら、片目をすがめて答えを返す。
「記憶を消す」
「ダメですっ!」
放たれた言葉を打ち消すように、声をあげる。
店内の空気が、緊張に包まれた。
「ゆず、マザーのお言葉は絶対です。今すぐ青葉さんを渡してください」
らいむが落ち着きを払った声で指示を出す。その声色は命令に近い。隣では、すだちがそわそわと落ち着かない様子で、「ゆず~」と不安そうに視線を送ってくる。
「マザーに逆らうとか、頭がどうにかしてるでしょ」
奥にいるみかんは、ぼそりと独り言を吐いた。ゆずの隣にいるはっさくは、片目でゆずを睨みつけ、今にもつかみかかってきそうだ。
それでもゆずは首を振る。青葉を両手で包んだまま、立ち上がった。
「記憶を消すなんて、簡単に言わないでください! あったことがなかったことになるのが、どれだけ辛いか……」
「普段来る客も、すべて夢だと忘れている。同じ扱いをするだけだ」
「そうですけど……」
ゆずは声を震わせながら、手に包む青葉へと視線を向けた。
「青葉さんは、どうしたい?」
マザーを見て震えていた青葉が、ゆずの声に振り返る。答えはすぐに返ってきた。
「わたしも、ゆずと出会ったこと、忘れたくない。マザーさん、この夢のことはだれにも言いません。だから、記憶を消さないでください」
怯えつつ、それでも自分の気持ちをはっきりと伝える。
ゆずがその言葉を聞いて、ほっと口もとを緩めた。再び、マザーと向き合う。
「青葉さんもこう言っています。お願いです、記憶を消さないでください」
「いい加減にしろ!」
その時、我慢できずに立ち上がったのは、はっさくだった。ゆずの胸倉へつかみかかり、強引に引き寄せる。
「はつ、やめてください。マザーの前ですよ」
すかさずらいむも立ち上がり、二人の間に割って入る。
「わかった」
荒れかけていた店内を静めたのは、マザーの声。
らいむとはっさくがハッと向き直り、もとの位置に戻って片膝をつく。
ゆずは青葉を包み込んで立ったまま、真剣にマザーを見つめた。
「条件がある」
「条件ですか?」
マザーはゆずを見ながら、言葉を続けた。
「一ヶ月以内に、キメラの夢鼠を狩ってこい」
聞いた瞬間、片膝をついていたはっさく、すだち、みかんが、かすかに身体を震わせた。
「キメラ?」
知らない言葉に、ゆずは首を傾げる。青葉がゆずを見上げながら、説明を始めた。
「キメラっていうのは、異なる遺伝子を持った細胞が共存している個体のことをいうの。キメラマウスとかが実際、人工的に作られているんだよ。ギリシア神話に出てくるキマイラっていう怪獣が由来しているんだって」
青葉の話は難しくて、ゆずは上手くイメージができない。それでも、今までの夢鼠とは違うものだということは理解できた。
「キメラの夢鼠、そんなものがいるんですね」
真ん中にいるらいむが頭をさげながら、マザーに確認する。
マザーはらいむを一瞥すると、再びゆずへ視線を戻し、話を始めた。
「最近、この町に巣くっていると聞く。その夢鼠を狩れば、その者の記憶は消さないでおく」
「本当、ですか……?」
「あぁ」
マザーはまっすぐにゆずを見ながらうなずいた。
「ですが、ゆずは……」
「やります!」
らいむが言いかけたところで、ゆずは大きく声をあげた。包んでいた両手を離すと、青葉が飛び立ち、ゆずの肩の上に乗る。
両手を握り締め、決意のこもった瞳が、マザーを見据える。
「ぼくは、青葉さんの記憶を守るために、キメラの夢鼠を狩ってきます!」
その宣言を、唖然とした様子で、横にいる四人は見つめていた。
マザーは一度ゆっくりとまばたきをし、青葉へと視線を向ける。
「もうひとつ、条件がある」
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