2-02 招かざる客

 カフェの店内で、ゆずは再び床に正座をさせられていた。膝の上には、オカメインコの姿をした青葉がちょこんと乗っている。

 目の前で立っているらいむは、垂れ目を細めて問いかける。


「ゆず、どういうことなのか説明してください」

「ぼ、ぼくにもわかりません……」


 鼻にティッシュを詰めているゆずは、こもった声で正直にそう答えた。

 周りからの視線が痛い。奥のテーブル席で足を組んでいるはっさくも、カウンター席に座っているすだちも、キッズスペースにいるみかんも、じっとこちらを見ている。

 膝の上で、青葉が不思議そうにキョロキョロと辺りを見回して、上を向いた。


「ねぇ、ゆず? なんでこうなってるの?」

「それは、ぼくが訊きたいんだ……。青葉さん、なんで昨日のことを覚えてるの?」


 夢のふくろうカフェ『dream owl』へ来た客は、目が覚めるとカフェで起きた出来事を忘れてしまうはずだった。万が一、覚えていたとしても、普通の夢のように、曖昧ですぐに記憶から薄れてしまう。

 青葉は驚きもせずに、素直な言葉を口にする。


「わたしね、明晰夢が見られるの」

「めいせきむ……ってなに?」


 突然出てきた知らない言葉に、ゆずは膝に乗る小さな青葉を見ながら首を傾げた。

 その問いに答えたのは、青葉ではなく、目の前に立つらいむ。


「明晰夢というのは、夢だと自覚して見る夢のことですよ。自覚していますから、起きた後でも夢の内容を覚えていることが多いそうです。また、明晰夢を見ている本人は、ある程度夢をコントロールすることもできるそうですよ」


 説明を聞きながら、ゆずは青葉と夢鼠狩りへ行った時のことを思い出す。


「そういえば青葉さん、『これは夢だ』って自分で言ってたよね? それに、なにもないところに物を出したりしてた。夢に行く時に階段を出したり、夢鼠を狩る時だって、ホイッスルを出したり、壁を出したりしてたよね?」

「うん。小さい頃から明晰夢を見てたから、あれくらい簡単にできるよ」


 青葉はこともなげにそう言ってのける。

 するとまた、目の前に立つらいむが、微笑みを浮かべながら口を開く。


「ゆず、お客様夢へ行って、夢鼠狩りをしてきたとはどういうことです? 夢移しはしなかったんですか?」


 的を射る言葉に、ゆずの肩がビクンッと跳ねた。

 青葉が首を傾げて、ゆずを見上げる。


「夢移し……ってなに?」


 青葉の問いに答えたのは、また、らいむ。


「夢移しとは、やってきたお客様の夢へ導いてもらうために、カフェと夢を繋ぐ方法です。明晰夢を見られる人だとしても、夢移しさえすれば、その人の意識は夢の中へ入っていくはずですよ」


 ゆずは首をすくめて話を聞いていた。身体が小刻みに震えているのがわかる。

 青葉は夢のカフェに初めて来た時のことを思い出した。このカフェでゆずと出会った時、夢へ行く準備をすると言われて、立たされて、目を閉じさせられた。その後、確か、唇を寄せられかけたような……。


「も、もしかして、夢移しって、あの時のキスのこと!?」


 翼で口もとを押さえながら、青葉が思わず声を大きく出してしまう。

 ゆずの顔が、パッと赤く染まった。


「ち、違うよ! あれはキスじゃないんだ! 相手の夢へ行くための、大切な儀式で……。キスじゃないんだよ!?」


 なぜか必死になって、ゆずが首をぶんぶんと大きく横に振りながら叫ぶ。


「それに結局、青葉さんと夢移しできなかったし……」


 最後に目をそらしながら、ぼそりと呟く。

 あの時、青葉はゆずに平手打ちをくらわせたことを思い出した。


「あっ、ごめんね、あの時は……。でも、やっぱり急にキスされるのは……」

「だから、キスじゃないんだよ!?」


 耳まで赤くなりながら、また必死に否定を始めるゆず。

 そんなふたりのやりとりに、コホンッとひとつ、咳払いが割って入った。


「だいたいわかりました。まず、ゆず。あなたは夢移しをしないまま、お客様を連れて夢鼠狩りへ行ったんですね」


 らいむが微笑みを浮かべながら、穏やかな口調で話を始める。

 ゆずは首をすくめつつ、視線をさまよわせて、「はい」と小さく返事をした。


「そして、青葉さん、でしたね。あなたは明晰夢を見ることができて、昨夜の出来事の一部始終を覚えているんですね」


 らいむは青葉に微笑みかけて、話をまとめる。

 青葉は首を縦に振り、「はい」と軽く返事をした。

 らいむはふたりから目をそらし、腕を組んで、片手をあごへ添える。


「困りましたね。夢のふくろうカフェのことや、夢鼠狩りのことは、人には秘密にしなければいけないのですが……」


 微笑んでいた表情を崩し、なにか考えるように眉をひそめる。

 ゆずは膝の上にいる青葉と目を合わせた。青葉はまだ今の状況がわかっていないように、目をぱちぱちとまばたかせる。そしてらいむに向かって、くちばしを開いた。


「あの、ずっと気になってたんですが、どうしてわたしは鳥の姿なんでしょう? 昨日は普通に人の姿だったのに」

「それは貴女が、招かざる客だからだ」


 不意に聞こえてきたのは、凜とした女性の声。

 らいむがハッと、声のした扉のほうへ目を向ける。ゆずも背中にある扉を一瞥すると、青葉を手の中へ抱いて、すぐさま立ち上がった。ソファ席に座っていたはっさくも、カウンター席に座っていたすだちも、キッズスペースにいたみかんも立ち上がり、五人は素早くカフェの空いたスペースに横一列に並んだ。


「えっ? なに?」


 ゆずの手の中で、青葉は困惑したように声をあげる。

 カフェの扉を背にして、左からゆず、はっさく、らいむ、すだち、みかんが並び、皆が一斉に片膝をついた。


 カランカランッ。


 カフェの扉が開かれ、ドアベルの音が鳴る。五人の頭上を、大きな翼を広げた鳥が通り過ぎていく。カウンターにとまったのは、小さな子どもほどの大きさがある鳥だ。全体的に灰褐色の斑模様がある羽で、足には鋭い鉤爪を持ち、こちらへと振り返る目は黄色い虹彩をしている。

 その鳥は、シマフクロウとそっくりだった。


「ようこそ、マザー」


 真ん中で片膝をつくらいむが言うと同時に、横一列に並んだ皆は、そのフクロウへ向かってうやうやしく頭を下げた。

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