第2章 マザーの指令

2-01 床に正座で反省会

 ハリネズミの姿をした夢鼠狩りを終え、一日が経った夜。

 「定休日」と書かれた札がさがった扉の向こう側は、夢のふくろうカフェ『dream owl』だ。今日は休みであるにも関わらず、店内には五人の青少年がいた。


「ゆず、昨日の続きです。どうして一人で夢鼠狩りに行ったんですか?」


 ゆずは扉を背にして、床に正座をしている。

 目の前に立っているのは、褐色の髪をした青年――らいむだ。エプロン姿でいつもカフェのカウンター奥にいるが、今は店内の真ん中に立って、腕を組みながらゆずを見下ろしている。黒い垂れ目を細め、丁寧な口調で問いかけるが、その言葉には逆らえない迫力があった。


「ごめんなさい……」


 床に正座するゆずは、首をすくめ、下を向く。膝に置いた両手は握られていて、身体は小刻みに震えていた。


「どうして一人で行ったのかを訊いているんです」


 らいむが首を傾げ、優しい口調で問いかける。

 ゆずの肩がビクンッと跳ねた。


「そ、その……、あの時、ぼく一人しかいなかったから……。一人で、狩れるかなと思って……」


 ゆずは視線をあちこち泳がせながら、答えになっていない言葉を返す。

 前方から、小さく息の吐く音が聞こえた。


「いいですか? 夢鼠は、姿を変えて強くなるんです。狩りは危険を伴いますから、最低でも二人以上で行動するのが鉄則ですよ。それに、ゆずは……」

「で、でもぼく! 昨日の夢鼠、狩れたんだよ!」


 ゆずは顔を上げ、らいむに向かって、必死に声を上げた。

 その瞬間、横から飛んできたコルク栓が、ゆずのこめかみに当たる。


「その話、どうも嘘臭いんだよね。だって、夢玉もってきてないでしょ?」


 視線を横に向けると、キッズスペースに小柄な少年――みかんがいて、玩具の銃口をこちらへ向けていた。クリーム色の髪をしており、金色の目はいぶかしげにゆずを睨みつけている。

 ゆずは蛇に睨まれた蛙のように縮こまり、うつむいて、また目を泳がせる。


「そ、それは、その……、持ってくるのを、忘れて……」


 その返事に、みかんは大袈裟なほど大きなため息を吐いた。


「夢鼠狩って夢玉忘れてくるとか、バカしかしないでしょ?」


 呆れきっている言葉に、ゆずはただ、身を小さくするしかできない。


「ねぇ~、もう許してあげようよ~? ゆずがかわいそうだよ~」


 カウンター席に座りながらそわそわと事態を見守っていた少年――すだちが、我慢できなくなったように立ち上がり、らいむの腰に抱きついた。藍色の長い髪はツインテールにして側頭部に結ばれており、身体を揺らすたびに左右になびく。


「ねぇ、ゆず? 反省してるでしょ~?」


 すだちはらいむの腰に抱きついたまま、ゆずに向かって首を傾げた。

 ゆずは人形のように、首を何度も何度も上下に振る。


「はい。してる。すごくしてる」

「ほらね~。反省してるって言ってるんだから、許してあげようよ~?」


 すだちがそう言って、らいむを仰ぎ見る。

 らいむは片頬に手を当てて、困ったような顔をしながらも、小さく息を吐いた。


「しかたないですね」


 ようやく解放されるかと、ゆずはパッと身体の力を抜いて、顔を上げた。

 その時、らいむの横を、長身な青年――はっさくが通り過ぎて行く。左目に黒い眼帯をつけており、黄色い虹彩を持つ片目は鋭くすがめられている。ゆずのそばまで行くと、不意に頭をわしづかみにした。


 ガンッ!


 なんの躊躇もなく、ゆずの頭を床に押しつける。


「言葉だけで取り繕えると思うな。行動で示せ。いいな」


 冷たく言い放ち、はっさくは頭から手を離す。


「……はい」


 ゆずは痛みを堪えながら、顔をゆっくりとあげる。鼻血がポタポタと垂れていた。

 それを見たすだちが、「ひっ!?」と身体を震わせる。


「はつ、やりすぎですよ」

「なにかあってからだと遅いだろ」

「そうですが……」


 らいむとはっさくが話しているそばで、鼻を押さえるゆずのもとへすだちが駆け寄った。


「ゆず、大丈夫~?」

「う、うん……。ちょっと、顔を洗ってくるね」


 目に涙をため、鼻を押さえながらヨロヨロと立ち上がる。

 その時。


 カランカランッ。


 ドアベルの音が鳴った。今日は定休日のはず。ゆずは反射的に、背後にある扉へ振り返った。


「ゆずー!」


 もふんっ。


 若い女性の声とともに、顔面に直撃したのは、小さくて黄色いかたまり。もふもふのかたまりはクッションのように柔らかくて、当たっても痛くはなかった。小さなそれは、ゆずの目の前で翼を羽ばたかせる。


「昼間お店に行ったら定休日だったから、こっちに来たよ。何度もイメージして、やっと来られたの。……って、ゆず、鼻血が出てるよ? というか、なんでそんなに顔が大きいの……って、なんでわたし、こんな姿になってるのーっ!?」


 目の前の黄色い鳥は、混乱しているように自身を見回し始めた。頭には冠羽があり、興奮している今はそれがピンッと立っている。顔には赤く丸い頬のような模様の羽がある。オカメインコという鳥にそっくりだが、その目には黒縁の小さな眼鏡が掛けられていて、首にはお守りのようななにかを巻いている。

 発せられる声は、ゆずにとって聞き覚えがあった。手を前へ持っていくと、眼鏡を掛けたオカメインコが人差し指にとまる。ゆずは半信半疑のまま、口を開いた。


「青葉さん……?」

「うん、そうだよ。ゆずに会いたくて、また来ちゃった」


 鳥の姿となった青葉の言葉を聞き、ゆずは目を丸くする。周りにいる他の四人もそれぞれ、青葉が来て以来、驚きを隠せずに固まっていた。すだちは大きく開いた口に両手を当てて、みかんは持っていた玩具の銃を落としている。いつもは取り乱さないらいむやはっさくですら、目を見開いて青葉を見つめている。


「えぇぇぇぇえええええーーーっ!?」


 カフェにいるフクロウたちの気持ちを代表するように、驚愕したゆずの声が店内に響いた。

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