1-09 似た者同士

「えっ? えっ?」


 ゆずはなにが起こっているのかわからず、わたわたと手足を動かす。

 光に包まれた結晶に、ゆっくりと亀裂が走っていく。次の瞬間、音もなく砕け、中に閉じ込められていたもう一人の青葉が、ゆずのもとへ落ちてくる。


「わっ、わぁーーーっ!?」


 ゆずはとっさに落ちてきたもう一人の青葉を抱き留めるが、その場に尻もちをつく。

 もう一人の青葉はゆずの肩に顔を置いて、嗚咽の声を漏らしていた。


「わたし、ダメだ……。受験に失敗して……、親にも怒られて……」


 ゆずは状況がつかめずに、おろおろと辺りを見回してばかり。

 もう一人の青葉は、目をきゅっと閉じる。目から涙が零れ、地面に落ちた。


「やっぱりわたしは、出来損ないなんだ……」


 絞り出された言葉を聞いて、青葉は自分の胸に手を当てた。

 あわてふためくゆずを置いて、そっと、泣きじゃくるもう一人の自分のそばへ寄る。


「そっか。わたしも、同じこと思ってたんだね」


 膝をついて手を伸ばし、もう一人の自分の身体を抱き寄せる。優しく身体を包み込んで、頭を軽く撫でてあげる。


「大丈夫だよ。さっき言ったじゃない。今はできないかもしれないけれども、諦めなければきっとできるようになるって」


 泣いているもう一人の青葉が、うっすらと目を開けた。


「ほん、とう……?」

「うん、大丈夫。だからいっしょに頑張ろう」


 もう一人の青葉の涙はまだ引かない。それでも、温かなものに包まれてほっとしたように、顔を緩める。その身体は徐々に薄くなっていき、最後には光の粒子となって、青葉の身体へ吸い込まれていった。


「青葉さん、すごい……」


 地べたに座り込んだまま呆然と見ていたゆずが、言葉を零す。

 青葉は自分の胸に手を置きながら、ゆずへと顔を向けた。


「わたしも、ゆずと同じだったんだよ」

「同じ?」

「うん。受験に失敗してから、自分に自信がなくなって、自分を出来損ないだと思ってた。親に認めてもらえないのが怖くて、けれども認めてもらいたくて、焦っていたんだと思う」


 その言葉を聞いて、ゆずは自分のことを振り返る。自分自身も、変身ができなくて、仲間に怪我まで負わせて、出来損ないだと思っていた。仲間に認めてもらいたいという焦りから、夢鼠をひとりで狩ろうと行動してしまった。

 青葉とゆずは立ち上がる。互いに顔を見合わせて、青葉は微笑んだ。


「似ているね、わたしたちって」

「そうだね」


 ゆずも青葉に、笑みを返す。互いに、初めて会ったときよりも、表情がすっきりして明るくなったように見えた。

 すると、ゆずは「あっ」と思い出したように、さきほど砕けて跡形もなく消えた結晶のあったほうへ目を移した。


「ごめんなさい。夢の結晶を壊してしまって。青葉さんの大切な夢だったのに」


 その言葉に、青葉はきょとんと目を丸くする。


「ううん。わたし、獣医になりたいって夢はなくしてないよ。むしろ、なんだかすっきりした。もう一度、一から頑張ろうって思えるようになったよ」

「そう? あっ、代わりにこれをもらって?」


 ゆずはそう言って、手に持っていた物を青葉へと渡した。青葉の手のひらに転がったのは、ビー玉のような黄色い玉。見る角度を変えるたび、宝石のようにキラキラ輝く小さな玉を見ながら、青葉は不思議そうに首を傾げる。


「これは? そういえば、夢鼠を倒した時に拾ってたよね?」

「これは夢玉っていうんだ。夢鼠が食べた夢の結晶が凝縮されてできた物だよ。この中には、青葉さんの夢も詰まっていると思うから」


 ゆずはそう言って微笑み、それから扉のほうへ目を向けた。


「それじゃあ、ぼくは帰るね。青葉さん、さようなら」


 軽く手を振り、名残惜しそうにゆっくりと歩を進める。

 青葉はその場に留まり、手を振り返した。離れていくゆずの後ろ姿を見つめながら、とっさに口が開く。


「ゆず!」


 ゆずが立ち止まり、後ろを振り返った。

 

「また、会えるよね?」


 その言葉に、ゆずは一瞬、口を噤む。けれども笑みを作って、言葉を紡いだ。


「ふくろうカフェ『dream owl』に来れば、いつでも会えるよ。待ってるから」


 そう言って前を向き、再び歩き出す。もう後ろへは振り返らず、扉を開けて、中へと入っていった。

 ガチャリッと、扉の閉まる音が、夢の世界に静かに響いた。



   *   *   *



「……んん」


 青葉が目を覚ますと、そこは自室のベッドの上だった。

 起き上がり、辺りを見回す。まだ外は暗く、枕もとに置かれたスマホで時間を確認すると、深夜を過ぎた頃だった。


「やっぱり夢、だったんだ……」


 上半身を起こし、しばし呆然となって天井を見つめた。ふと、自分の左手が握られていることに気づく。顔の前に持っていき、ゆっくりと指を開く。

 そこにあったのは、黄色い輝きを帯びた夢玉だった。



   *   *   *



「やっと帰ってこられた……」


 無数の扉が浮かぶ暗闇の中、ゆずは木の扉の前で膝に手を置いて息を吐いた。

 青葉の夢から出たはいいものの、カフェの扉がどこにあるのかわからず、危うく迷子になりかけていた。

 ゆずは扉に手を置きつつ、最後に見た青葉の顔を思い出す。


「青葉さん、今日あったことは全部夢だって忘れちゃうんだろうな。もっといっしょにいたかったな……」


 胸にくすぶる想いを口にしながら、扉を開けた。


 カランカランッ。


 澄んだドアベルの音を聞きながら、ゆずは青葉のことばかり考えながらカフェへ入っていく。


 ドンッ!!


 刹那、ゆずの頬をかすめるように、伸びてきた片手が扉を強く叩いた。

 ゆずは肩を跳ね上げ、注意を前方へ向かされる。

 目の前にいたのは、ゆずよりも背が高く、褐色の短い髪をした青年だった。紺色のエプロンを身につけ、背中には褐色と白の斑模様が入った翼を生やしている。垂れがちな優しい目をしているが、今はそれが鋭く細められ、ゆずを離すことなく見つめていた。

 さらにその後ろにあるカフェの店内には、カウンター席に座って心配そうにこちらを見つめるツインテールの少年や、キッズスペースで呆れたような目を向けている小柄な少年、そして、テーブル席から威圧的な眼差しを向ける眼帯をつけた青年の姿があった。


「どこへ、行っていたんですか?」


 周囲に目を向けていると、不意に丁寧な言葉が掛けられ、あごに細い指が添えられる。目の前の青年が、扉につけているほうとは反対側の手で、ゆずのあごを軽く持ち上げた。「こっちを見ろ」と言わんばかりに、目を合わせざる得なくなる。

 ゆずは、さきほど夢鼠と対峙した時以上の恐怖を覚え、顔を引きつらせた。




   【第一章 終】

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