1-08 力を合わせて
青葉の作戦を聞き、ゆずはうなずく。
背後ではもうすぐそばまで夢鼠が来ていて、壁にはひびが入っていた。
「わかった。青葉さんは、無理しないで。準備ができたら、合図して」
「うん。ゆずも気を付けてね」
ゆずは青葉から手を離し、一人でトイレから外へ出た。夢鼠が動きを止め、鼻をひくつかせてゆずのほうへ顔を向ける。
「夢鼠、こっちだ!」
ゆずは翼を羽ばたかせ、素早くエントランスを出て夢鼠の背後に回り込む。
夢鼠も方向転換して、ゆずのほうへ向く。体を丸め、針だらけの玉になると、回転しながらゆずを追いかけてきた。
「よし」
ゆずは呟き、翼を羽ばたかせて低空飛行をしながら道の上を飛んでいく。ちらっと後ろを振り返ると、転がってくる夢鼠の向こうで、ゆずとは反対方向へ歩いていく青葉の姿が見えた。
「夢鼠、そのままついてこい!」
ゆずは夢鼠とつかず離れずの距離を保ちながら飛んでいく。丸まって回転している状態では、針は飛ばしてこないらしい。ゆずはときおり道を曲がりながら、キャンパス内をぐるぐると飛び回る。
ピィーーーッ!!
建物の反対側から、ホイッスルの鳴る音が聞こえた。
「準備、できたみたいだね」
ゆずは翼を羽ばたかせて、建物の裏へ回り込む。夢鼠も建物の壁を壊しながら、その後を追いかける。
道から外れた場所に、芝生の広場があった。その真ん中に、青葉が立っている。
「青葉さん、お願い!」
ゆずは青葉の隣まで飛んでいき、地に足を着ける。夢鼠が二人めがけて転がってくる。青葉は両手を前にかざして目を閉じ、頭の中でイメージを膨らませた。
「大きい……大きい……発砲スチロールっ!」
目を開けて叫ぶと同時に、目の前に巨大な発砲スチロールの壁が現れる。夢鼠は勢い止まらず、その白い壁にぶつかった。針が発泡スチロールに刺さり、壁が揺れて二人のもとへ倒れ込んでくる。
「青葉さん!」
ゆずは青葉の脇を抱えて、その場から飛んで逃げた。
発泡スチロールの壁は地面に倒れる。夢鼠は針が壁に刺さって抜けず、仰向けの状態になってじたばたしている。もがくほど針が食い込み、丸まった体勢も解けて、腹が丸出しになる。
「ゆず、今だよ」
「うん!」
青葉を地面に降ろしたゆずは、腰からナイフを取り出した。地を蹴って飛び立ち、夢鼠の真上へ飛んでいって、両手で握ったナイフを振り上げる。
「くらぇぇぇぇえええええええーーーーっ!!」
夢鼠の腹めがけて急降下し、ナイフを突き立てた。
夢鼠の体がくの字に曲がる。刺した箇所から光の粒子が溢れ出し、次の瞬間、体が光の粒子をまき散らしながら破裂した。
発泡スチロールの壁も消え、ゆずは光が舞う地面の上に着地した。ナイフを腰にしまい、足先に転がってきたビー玉ほどの小さな玉を拾い上げる。
「やった……」
手のひらで転がる黄色い玉を見つめながら、ゆずは言葉を零す。息があがっていて、肩も上下している。さきほどまでとは違う興奮で震え出しそうな身体を堪え、前を向く。
「ゆず、やったね……きゃっ!?」
嬉しそうに声を掛けた青葉に向かって、ゆずは喜色満面の笑みを浮かべて飛びついた。身体を抱き締め、勢いで芝生の上に二人で転がる。
「青葉さん、やったよ! ぼく、夢鼠を狩れた! 青葉さんを、守ることができた!」
「ゆ、ゆず……。重いし、痛いよ……」
「あっ、あぁっ! ご、ごめん!?」
青葉が怪我をしていることを思い出し、ゆずは慌てて離れて跳び起きる。
青葉は顔をしかめていたものの、ゆずと目が合うと、また嬉しそうに微笑む。ゆずから差し伸べられた手を握って立ち上がると、心地よい風が二人の髪を揺らした。
「ところで青葉さん? あの白い壁、どうやって思いついたの?」
「ふくろうカフェで、店員さんがキャンディを渡してくれたの。そのキャンディが串についていて、その串が発泡スチロールに刺して並べられてたのを見たんだよ。それでひらめいたの」
「へぇー、青葉さん、よく観察してるんだね。ぼくも見習わないと」
そう言って、互いに顔を見合わせてはにかむ。
二人は手を繋いだまま、どちらともなく歩み出した。
「夢鼠が狩れたから、ぼくはもう帰るね」
「どうやって帰るの?」
「さっきの扉を通っていけば、カフェに戻れるんだ。青葉さんはここにいて、夢が覚めれば現実に戻れるはずだよ」
「そっか」
青葉がそう言って、少し寂しそうな顔をする。
しばらく二人は黙って歩いていくと、始めに出てきた黄色い扉の前まで着いた。
ゆずは名残惜しそうに青葉と手を繋いだまま、なにか言おうかと口を開きかける。
「あっ、待って」
しかし、最初に口を開いたのは青葉のほうだった。
ゆずの手を引き、再び歩き出す。やってきたのは、キャンパスの中心にある噴水広場。そこに夢鼠が壊した噴水があり、そばには黄色い結晶が倒れている。そして結晶の中には、青葉とそっくりな人物が閉じ込められていた。
「ねぇ、この結晶はなんなの?」
「これは夢の結晶だよ。確か、人の夢が具現化したものだったかな」
「なんでわたしとそっくりな人が閉じ込められているの?」
「これは青葉さん自身なんだ。夢の結晶の中に人が閉じ込められているのは、その人がその夢に囚われているからだって、らいむさんが言ってた」
青葉はそっと手を伸ばし、夢の結晶に触れる。まるで氷のように冷たい。閉じ込められている自分は、顔が歪んでいて、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「なんだか悲しそう……。ねぇ、ゆず? なんとかできないの?」
青葉の問いに、ゆずは申し訳なさそうに首をすくめた。
「ごめん。ぼくたちは、夢の結晶を食べる夢鼠を狩ることしかできなくて、人の夢に干渉することはできないんだ」
「そうなんだ……」
青葉は残念そうに目を伏せ、再び夢に囚われている自分を見る。
ゆずも青葉の見ているほうへと視線を移した。すると、結晶の角に、欠けてヒビが入っている部分を見つける。
「あっ、これって……。ごめんなさい。たぶんぼくが最初にナイフを突き立てた時にできた傷だ。青葉さんの夢の結晶を傷つけてしまってたんだ……」
夢鼠を刺そうとしたが逃げられて、結晶を刺してしまったことを思い出す。
ゆずは何の気なく、その傷を撫でるように結晶へ手を触れた。
不意に、結晶が光を帯びる。転がっていた状態から立ち上がり、二人の前で軽く宙に浮いた。
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